第11話
一日経ってもグルフロウは現れません。
休むことなく歩き続ける女鹿をこちらも休むことなく追っていたので、そろそろ疲れて来ました。
ワタクシも女鹿も疲労困憊だというのに、グルフロウが襲って来る気配はありません。
とはいえずっと気を張っているのもキツイですわね……。少し、眠気が――。
「――!」
いつの間にか眠ってしまっていたようです。
辺りは薄暗く、さっきは昼間だったのに茜色が森に差し込んでいます。
「そうだ! 鹿は……」
と、すぐに見つかりました。木に寄りかかって息絶えています。
その死骸にはワタクシが付けた以外の傷は見当たりません。この近くにグルフロウは居ないのでしょうか。
眠っている間に襲われなかったことに安心し、獲物が引っかからなかったことに落胆します。
そうして心に余裕が生まれたからでしょうか。間違っていたのだと気づかされました。
ねばついたような視線がじっとりとワタクシにまとわりついています。どうやらその視線の主は一体だけではない様子。
どこかで感じたことのある視線でした。
「ようやく、ですね」
いつの間にか囲まれていたようです。これに気づかなかったワタクシは何をしていたのでしょうか。
こちらが気がついたことに向こう側も気づいたのか、その視線の主達は姿を現しました。
四体のグルフロウ。
必要な数の半分にも届きませんが、放っておく手はありません。
ただ一つ気になるのがグルフロウの姿。前に襲われた時と比べて今回のグルフロウは、四体共が痩せ細っていたのです。
何日もご飯を食べていなかったかのようにガリガリの足。食べ物を求めて口からは舌やら涎やらが覗いています。
「だからといって手心を加えるつもりはありませんが」
剣を抜きます。
食べ物にありつけないで弱っているのは、ワタクシについては好都合です。森に何か異変が起こっているようですが、それを調べるのはワタクシの仕事ではありません。
せっかく弱った相手であれば、この大きな剣を使いにくい場所でどう戦うか。その練習になりましょう。
木の陰から出て来たり隠れたりしながらグルフロウは距離を詰めて来ます。
消えたり現れたり、それを繰り返すせいで数を錯覚してしましそうです。
迫って来るグルフロウを避けつつ、素早く後ろに下がります。
「妙、ですわね……」
前に戦ったグルフロウは見事な連携を見せてくれました。
別の群れ、別の個体だったとしてもそれはこのグルフロウ達も同じなはずです。しかし簡単に包囲の輪から抜け出ることができました。
数が少なくて、なんてことはなく、体力がなくて反応できなかったような、そんな様子でした。
「簡単なのは良いことですが」
一番近くに居たグルフロウを切りつけます。その一撃で動かなくなりました。
今のも、避けられない攻撃ではなかったでしょう。いったいどれだけ体力が落ちているのでしょうか。
続いて飛び掛かって来た二体もまとめて切り払います。そして最後の一体も。
拍子抜けするほどアッサリと終わってしまいました。討伐の証を取り終えても、何だかモヤモヤとした気持ちが残っています。
魔物とはいえ生き物ですので、それを殺す仕事に爽快感なんてありませんが、弱い者いじめをしていたような気持になります。
この時のワタクシはとても油断をしていました。
今さっき戦ったグルフロウが弱っていたこともあり、そこに隙が生じていたのでしょう。それでも攻撃を避けられたのは相手が弱っていたからです。
たった今こちらへ向かって来たグルフロウも、気づいてから避けられる程度の速さしかありませんでした。
「ボス、ですか……」
一般的なグルフロウの毛色が暗い茶色から黒色だとして、目の前に居るグルフロウは若干白みがかっています。
きっと群れのボスでしょう。体格も一回り大きいです。
しかしボスとはいえ、さっきのグルフロウと同様、痩せ細っていました。
哀れ。
どれだけ群れの中で強くとも、食う物に困り、ワタクシに易々と攻撃を躱される。心情的には見逃しても良いのですが仕事なので仕方ありません。
どこかで戦うことを楽しんでいたワタクシが居るのでしょう。落胆しているワタクシです。
流石はボスを務めていただけあって、そんなワタクシの隙も見逃しませんでした。
「オォォォォォォォォン!」
と、高らかにグルフロウのボスは吠えました。
「……負け犬の遠吠え、なんて言うのは意地が悪いですか――⁉」
右足。左腕、そして胴に走る痛み。
見ると、黒い塊がそれぞれ噛みついていました。
気づいた瞬間、腕と足からグルフロウを振り落とします。
「っつぅ……」
ブチィ、と嫌な音を立てて肉が持って行かれました。
灼けるように痛み、右足は踏み出すだけで全身に痛みを訴えます。そして左手の感覚はほとんどありませんでした。
右手にあった大剣を手放して魔剣ムスニアを手にします。そして、未だ胴体に噛みつくグルフロウのその首へ突き立てます。
「あああああっ!」
最後の抵抗か、より一層噛む力が増しました。傷口に塩を塗られると言いますか、ナイフを突き立ててグリグリやられるような痛みで、このままだと狂ってしまいそうです。
額には脂汗が滲み、ムスニアを持つ手に力が入ります。
それでもこうして冷静で居られるのはきっと、神様のせいでしょう。
痛みを痛みと認識していても、それで意識を失うことはない。この痛みを受け止め続けるのと正気を失うのと、どちらがマシでしょうか。
とりあえず今はそれに救われました。
「あ、危ないところですわ……!」
正直、息をするのも辛いです。
胴体に噛みつくグルフロウの力は衰えるどころかどんどん力を増し、その目はなおも強い光を放っています。
そこに意識の外に行っていたボスが飛び掛かってきました。
何とか身を捩って躱したものの、それだけで再び、激痛が全身を巡ります。
「絶体絶命……ですわね……」
相手は痩せ細ったグルフロウ。
それでも、神様のターゲットにされていたボリスよりも恐ろしく見えました。
神様の手によってどんどん化け物に変えられてっている気がする・・・




