第10話
宿屋に帰ると、ベッドの上に真新しいドレスが置いてありました。
最初に着ていたのが真紅のドレス。対して新しいドレスは爽やかな緑色です。
「まぁ……! これもかわいらしいですわね」
早速着替えてみます。姿見がないので全身は見られませんが、それでもきっと似合うことでしょう。
全体的なシルエットは変わらないものの、色に合わせて細部の装飾が違っています。
あの神様にしてはセンスが良いです。
「ではお仕事に行きましょうか」
装いが新しくなると気分も変わるもの。
ボリスが早々に見つかったせいで冒険者としての仕事はまだしていませんでした。次もテンポ良くいくとは思えませんので、今回のターゲットはゆっくり探していくとしましょうか。
クリーニング屋みたいな場所もあるらしいので、今まで着ていたドレスはそこに預けることにします。
神様と会っていたので何だかんだ冒険者ギルドに着いた頃には日は沈みかけです。
依頼を受けるか否かは別として、下見をしておくのも悪くはないでしょう。
扉を開けます。一斉にこちらを向いた視線がまたすぐ逸らされます。ワタクシと目を合わせたくないような、そんな雰囲気がありました。
そういえばここで絡んで来た冒険者をボコボコにしたのは一昨日くらいの話でしょうか。
依頼書が貼り付けられているボードの前は時間も時間だけに空いていました。流石にこの時間はもう酒飲みタイムでしょう。
「本当にこれを受けるんですか?」
一枚の依頼書を取り、ちょうど良くカウンターに居たハルカに手渡します。
最初の一言がこれでした。
「そんなに難しい依頼ですかね?」
依頼の内容はグルフロウ十体の討伐。
確かに群れでは大変でしたが、八体を倒せれば十体も倒せるでしょう。
最終的に依頼を冒険者に受けさせるかどうかは、受付嬢の判断に任されます。ずっと冒険者を見ていてその目が養われているからです。
ここでハルカにダメだ、と突っぱねられてはどうしようもありません。
「いえ……。アマルさんには少し簡単すぎるかな、と思ったんです」
「それなら……」
考えていたことが同じようで良かったです。やはりグルフロウは倒せるレベルです。実際に戦って、受付嬢からのお墨付きともなれば自信も湧きます。
ハルカを待たせて新しい依頼書を一緒に渡します。
「これも一緒に受けてよろしいですか?」
「オーク二体ですか。これくらいなら同時にもできますかね……」
同時、と言っても本当に同時に戦うわけではありません。先にグルフロウを終わらせてからオーク、でも良いですし逆も同様です。途中で街に帰っても良いのですから。
単純に気持ちの問題です。
依頼にも期限はありますから片方が長引けばその分、もう一方の依頼も大変になります。無理だから、と途中で投げ出すのは外聞が悪いですから同時に依頼を受けることはそうないでしょう。
それでもハルカは受領印を押してくれました。
これが信頼の証。それに報いなければいけません。
グルフロウはいつものあの森の中。オークはそこを抜けた先に居るみたいです。森の中だなんて、新しいこのドレスの緑色にピッタリではないでしょうか。
「それではアマルさん、よろしくお願いしますね」
「ええ。頑張りますわ」
いよいよ冒険者としてちゃんと仕事をすることに。
やはり異世界に転生したとなれば、モンスターと戦うのが華ではないでしょうか。オークはボリス以上に手応えがあると良いのですが。
楽しみで楽しみで、自然と鼻歌を歌ってしまいます。それが変に冒険者達の視線を集めてしまいました。
帰り道にパンを買い――怪しまれましたがお使いだと言うと無事に買えました――明日に備えて早く休むことにしましょう。
半分は晩ご飯。半分は朝ご飯です。
そして朝。
太陽が顔を出し始めているもののまだ薄暗く、空気は冷たい朝の雰囲気です。
残しておいたパンを食べて朝ご飯を済ませ、宿屋の外に出ます。すると、玄関先を掃除していた女将さんと会いました。
「おや? 朝が早いんだね」
「はい。これから依頼の魔物を倒しに行きますので」
「そうかい。気を付けて行って来るんだよ」
たったそれだけの会話でしたが何だかやる気が沸いて来ました。
大学に入学してからずっと続けていた一人暮らし。久しく忘れていた誰かが待っていてくれる感覚でしょう。
女将さんとは家族なんかではなく、客と従業員の関係ですがそれでも、誰かが居るというのは心地の良いものです。
そう何日も滞在しているわけではありませんが、朝の街並みはとても新鮮でした。
まだほとんどの店が開いておらず、昨日の夜の喧騒が嘘のようです。
たまたま街を出る商人と出会い、途中まで載せてもらうことになりました。馬車の荷台に乗せてもらうだけですが、それでも自分で歩くよりは早いです。
「では商人さん、ありがとうございました」
「冒険者だから余計な心配だと思うが、気を付けろよ」
では行きますか。
神様に会う時とはまた違った緊張があります。しかしグルフロウなら難しい相手ではありません。
ドレスの裾に気を付けながら森を進みます。
魔力の通った服らしく引っかけたくらいで破れることはないでしょうが、それでも何かに引っかけて動きが止まると危険です。
最初にグルフロウと戦った時は泉の傍で開けた場所でしたので、木々に囲まれた場所で戦うのは避けたいところです。こんな場所では剣も満足に振れませんので。
さて、どうやって探しましょうか。
ここら辺の森から平原の方にまでグルフロウの生息域は広がっています。そこ歩いて探したとして見つかる保証もありませんし、向こうもただ黙って待っているはずもありません。
痕跡を探しつつ他の動物も探しましょう。
弱らせた動物を放っておけばそれを狩るためにグルフロウが集まってくるかもしれません。ついでにワタクシのことを獲物と認識してくだされば言うことはありません。
グルフロウを狩るにせよ他の動物を狩るにせよ、背中の大きな剣では大変でしょう。
こちらの世界で過ごせば過ごすほど大剣の不便利さが目につきます。しかし体の大きなオーク相手にはこちらの方が良いでしょうし、何より見た目のインパクトが違います。
そこはまぁ、好みと言うことで。
「……居ましたわね」
そんなことを考えながら歩き、途中で見つけた小川を遡りながら獲物を探していました。
見つけたのは鹿です。
こちらの世界には魔物以外にもワタクシの知る普通の動物も居ます。とはいえ、単純に知識がないのであの鹿はただの鹿としか認識できません。
ワタクシのと同じくらいの体高で角はなく、チロチロと水を飲んでいます。メスの個体でしょうか。
「さて――」
まだこちらには気づいていません。
剣を下ろして体を軽くし、魔剣ムスニアを抜きます。そしてワタクシは駆け出しました。
横から迫るワタクシに気づいた女鹿は体を翻し逃げ出します。それでも足の速さはワタクシの方が上で、急に走る方向を変えてもそれに対応できる反射神経を持っています。その首を羽交い絞めにし、暴れる女鹿を無理矢理押さえつけます。
身体強化の魔法を使えばもっと楽だったのでしょうが、魔力が少ないのでそれはできません。
「殺しませんから大人しくしていてくださいね……」
そうは言ってもグルフロウを誘き寄せる餌にするつもりですので結果は変わらないでしょう。
ムスニアで後ろ脚を傷つけ、離します。
狙い通り、ヒョコヒョコと逃げますが速さ出ません。
ただのナイフのような使い方をしては魔剣の名が泣きますが、これくらいは許していただきましょう。
大剣を背負って鹿の後を付けます。
これで仕掛けは完了ですが、身体能力だけで野生動物を押さえつける少女はどうなんでしょう。




