↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

9

 直弘とのおうちデートが終わり、帰宅し仕事部屋のゲーミングチェアに沈む。スマートホンを充電していると画面に通知が表示された。

 操作して確認すれば、同業の動画配信者からのメッセージだった。何度か配信者が集まる飲み会で会ったことがあるし、相手の動画に複数人で出たこともある。


 だが、特別親しくしているわけではない。それなのに知人の配信者はメッセージを送ってきた。内容は「すみれとコラボ動画を撮影したい」というものだった。


 蒼次郎はパソコンを操作し、知人のことをSNSで検索し、動画やSNSを見る。

 メッセージを送ってきた知人は元恋人への暴言や暴力行為を暴露されて炎上した男性配信者だった。件の同業者は炎上中とまではいかないが、鎮火もしていない。


 蒼次郎は言葉を選びながら、メッセージを作成する。

 コラボ動画を断ること、心身ともに落ち着いてから動画を作ればいいということを強い言葉にならないよう気を付けて文章にまとめ、メールを送信した。

 すぐに返信がきて驚く。もしかしたら、ずっとスマートホンの画面を見ているのではないか。それはあまりいい状態ではない。


 蒼次郎のメッセージに反発する内容を送って来た知人に冷静になれよと呟く。蒼次郎がメッセージを送ろうと指を動かしていると着信する。いきなり電話をかけてきた相手を無視するともっと相手の反感を買うかもしれず、蒼次郎は応答ボタンを押した。


「はい、すみれでーす」

 気の抜けた声に苛立ったように知人は名前を名乗り、言う。

「コラボ動画、どうしても撮ってくれないんですか」

「撮らないよ。いまは炎上まではいかないけど、リスナーにもネット上の野次馬にも反感持たれてる状態だろ、そっちは。焦らないで休む時間って割り切ったほうがいい。いま動画をあげるのは余計反感を買うだけだよ」


 反感、と呟いた同業者は突然「ああ~!」と声を上げた。びくりと肩を跳ね上げる。これ、結構不安定な状態なのでは。

「俺、ここで終わりたくないんですよ! いままで築き上げたもの手放したくない! あいつら何も分かってないんだから」


 あいつら何もわかっていないんだから。その一言に蒼次郎の眉根が寄った。喉元までテメエ、という言葉が出そうになって飲み下す。


 配信者は動画を観て応援してくれるリスナーあってこその商売だ。人気商売は稼げるときは稼げるが、リスナーの興味が無くなったらすぐに仕事など無くなる。そういう商売。だからこそリスナーに対して、不誠実であることは自分の首を絞めることにもなる。


「あのさ、リスナーを馬鹿にするようなことをしちゃいけないと俺は思うよ。今まで応援してくれた人たちを馬鹿にしたり、悲しませるようなことをするのは違うんじゃないの」

 同業者は黙り、それからくぐもった声で言う。泣いているのかもしれない。


「説教しないでくれます? 俺より登録者数少ねえくせに」

 電話は切れ、蒼次郎はため息を吐いて天井を見上げた。


 何一つ伝わらなかったという疲労が背中を重くする。自分が言ったのは所詮きれいごとだ。不安定な状態の人に言うことではなかった。それでも、リスナーを馬鹿にする発言は容認できなかった。

 あーあ、俺こういうところ、頑固なんだよなあ。そう呟き、蒼次郎はハンモックに移動して身を預け、目を閉じた。



 インターホンで姿を確認した蒼次郎は「いま出る」と応答し、ドアを開けた。廊下に直弘がいて頬が緩む。

「いらっしゃい、たんぽぽ。あ、違う、直弘」

「呼び方どっちでもいいですよ」

「ネット上の名前で呼ぶのもおかしいだろ。せっかく本名を知ったんだし直弘って呼びたいけど、ずっとたんぽぽって呼んでたからつい出ちゃうな」


 直弘の黒い半そでTシャツからのぞく腕は汗ばんでいる。外は暑かったか聞くと「思った以上に暑い」というので窓をしめてエアコンをつける。六月も半ば、晴れると暑い。


「雨が降れば肌寒いくらいなんだけど、晴れていると暑いなあ」

「六月ってそうですよね。エアコンありがとうございます」

 麦茶を二つテーブルの上に置き、直弘と並んでソファに座る。直弘は麦茶をぐっと飲み、息を吐く。


「麦茶を飲んだらほっとしました。六月でこんなに暑いと今年の七月八月は不安です」

「毎年すごい暑さだもんなあ。お互い熱中症に気を付けないと」


 直弘が隣で相槌を打つ。蒼次郎の家に直弘は何度も来ている。最初は二十代の一人暮らしにしては豪勢なマンションの部屋が物珍しかったようだが、今は慣れたようだ。直弘は麦茶を飲んだ後、台所に入る。

 何度も来ているため特に遠慮することなく冷蔵庫を開ける。蒼次郎のほうも相手が直弘だから、冷蔵庫を開けられることに抵抗感はない。直弘以外だったら後ろ頭叩くだろうな――と思ったところで、気づく。俺には家に呼ぶような友達がいないんだった。


 当たり障りのない会話は得意で相手に合わせて会話することもなんなくできる。でも親友と呼べるほど情熱を持って接することができる相手はいない。自分がたんぽぽ――直弘に執着したことが珍しいことなのだ。

 冷蔵庫の中を点検していた直弘が振り向く。


「食材減りましたね。冷凍品は増えましたか」

「増えてる。直弘と食べようと思って、いろいろ買った。冷凍のローストビーフとか」

 豪勢ですねと笑った直弘は冷凍庫をごそごそと確認し、そのままこちらを見ずに言う。


「前回作った作り置きどうでした?」

「美味しかった。毎日むしゃむしゃ食べてたらあっという間に無くなった」


 それならよかったと笑った直弘が冷凍庫の扉を閉めた。直弘は最近、家に来ては作り置きを作ってくれる。直弘が作ってくれた料理はどれもおいしくて、直弘が不在でも直弘のことを思い出して食べるからさみしくない。


 直弘があるものでざっと料理を作ると言うので、蒼次郎は直弘の調理を手伝う。その間、他愛のない話をした。昨日一人で観たドラマ、期間限定ドリンクの味の感想。直弘は笑顔で聞いてくれるから、ついつい話過ぎてしまう。


 ――俺は、些細なことをずっとたんぽぽに話したかった。不特定多数ではなく、たんぽぽだけに話したいこともあった。それがいま叶っていることが不思議で、でも嬉しい。

 直弘が料理を作り終え、出来上がった料理の一部を容器に詰めていく。容器の置き場所を覚えているため手際がいい。

 直弘が自分の家に馴染む姿を見るたび、一緒に暮らしたいと思う。


「ご飯、できましたよ。ちょっと遅いけど、お昼ごはん、食べましょうか」

 微笑まれ、蒼次郎はそうだなと頷いた。二人で食事をしたあと、のんびり過ごす。だがそれも夕方になれば終わってしまう。


 ソファから立ち上がり帰ろうとする直弘の腕を引く。直弘と目が合い、微笑んでくれる。

 ――帰ってほしくない。

 胸に痛みを感じるほど強く思う。直弘とずっと一緒にいたい。


「直弘、帰らないでよ。一緒に暮らそう」

 何一つ繕わず出てきた言葉に直弘が目を瞠り、その目線が下がる。


「……そんなことを言わないでください。俺の背骨が無くなります」

 どういうことだと聞く前に直弘が蒼次郎の頬を撫でた。今度はしっかり目が合う。


「背骨が無くなったら一人で立っていられなくなる。それはすごく怖いし、みっともないことです。だから一緒に暮らせない。それに俺、まだ無職です。一緒に暮らしたらどうしても蒼次郎さんに金銭的負担をかけてしまいます」


 金銭的負担などどうでもいいと思った。直弘と一緒にいられるのなら。それに金なら同世代より多く持っている。

 だが直弘の顔を見ていると、自分の意見を通す気が無くなる。直弘の気が進まないことはしたくない。


 直弘、と呼んで抱き着けば直弘の腕が蒼次郎を包み、背中に回った手の体温に安心する。

 直弘は蒼次郎から体を離すと「また来ます」と言って帰って行った。

 直弘がいない部屋が無性に寂しく、蒼次郎は仕事部屋に入り、ゲーミングチェアの上で体育座りをした。

 今まで直弘が怪我をしても会いに行けなかった。だからこそ今はずっと一緒にいたい。そう素直に言えば直弘の気持ちは変わっただろうか。そう思うと、自分の気持ちを言わなかったことを後悔した。


 

 直弘を引き留めた日から三日後の夕方、ハローワーク帰りの直弘が蒼次郎の家にやってきた。直弘はリビングに入った瞬間からそわそわしていたので話を聞くと、ライブ配信の感想を言いたかったのだと言う。


「今回もリスナーと言葉のプロレス最高でした。動画配信者の活動初期からやっていましたけど、最近は見なくなっていたのでちょっと寂しかったんです。でも久々に鋭い言葉で応酬するすみれさんとリスナーのやり取り、最高でした」


 蒼次郎は直弘と並んでソファに座りながら笑う。昨日のライブ配信はリスナーと直接やりとりをするもので最初は他愛のない雑談配信だったのだが、いつの間にかリスナーと言葉を使ったプロレスだった。

 悪口の応酬とは微妙に違う。お互いが相手を致命的に傷つけない範囲を暗黙の了解で言葉を使い戦うのが、活動初期のすみれの芸の一つでもあった。


 中堅配信者となり人目に触れるようになり、過激的な言葉のプロレスは頻度が減ったが、全くしないわけでもない。すみれとリスナーのお互いが誹謗中傷や執拗な人格否定にならない線をわかっているからこそできる芸でもあった。浅い付き合いだが一応友人の同業者からは「長年応援してくれた相手とじゃないとできない」と言われる。


 直弘は楽しそうにすみれがリスナーとプロレスをした感想を言うが「あれは嫌い」と言うリスナーたちもいる。明るい直弘の横顔を見ながら、難しいな、と思う。リスナーそれぞれが推しのすみれに求めるものは違う。一枚岩ではない難しさ。


 直弘以外に認知しているリスナーはもちろんいる。それでも推される側と推す側ということは忘れてはいけない。


 ――俺にできるのは、リスナーに過剰に思い入れをしないことだ。

 そう思うのに、古参ファンの直弘に執着し、連絡を取り、こうして付き合っているので自分は矛盾している。矛盾とわかっていながら、直弘のことが好きだし、求めてしまう。


 直弘と夕食を食べ、二人でサスペンスドラマを観ながらああだこうだと考察して盛り上がっていたら、あっという間に直弘が帰る時間になった。

 玄関まで見送るが「帰したくねえ」と引き留める言葉が口から落ちていく。同居の誘いを断られ、これ以上しつこく引き留めたら直弘だって嫌だろうと思うのに、それでも、この部屋にいてほしい。


「また来ます」

 真顔のその言葉に嘘はないとわかる。うん、わかったと蒼次郎は頷く。

「聞き分けのないこと言って、ごめん。直弘にずっと会えなかったから、束縛したい気持ちがある。俺、離れるのが不安なんだと思う」

 直弘が蒼次郎の髪を手で梳く。


「謝らないでください。俺、考えます。どうやったら蒼次郎さんの不安が減るか。すぐに答えは出ないので待ってもらうことになりますけど、待ってくれますか」

「うん。待つ。考えてくれるのが、すごく嬉しい」


 髪に触れる直弘の手を握る。自分の指先が熱い。好きだ。この男がたまらなく好きだ。蒼次郎の不安に向き合ってくれる、その優しさが愛おしくてたまらない。

 蒼次郎さん、と名前を呼んだ直弘の顔が近づいて、あ、と思う間に前髪を上げられて額にキスを落とされた。

「好きなので、また会いにきます」


「うん。待ってる」

 微笑んだ直弘は玄関ドアを開けて出て行った。玄関ドアの鍵を閉め、仕事部屋に入り、ハンモックに転がった。

 寂しい。それでもいつもより寂しくないのは、直弘が「また来ます」「考えます」と言ってくれたからだ。目を閉じる。胸の奥がじんわりと温かい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。