↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/16

8

キスシーンがありますので苦手な方はご注意下さい

 直弘と映画を一緒に観て、昼食をともにした。適当に街中をうろつけばどこの店も人でいっぱいだ。直弘といるなら一緒に並ぶのも苦じゃないと思っていると、直弘が真顔で蒼次郎を見る。

「あの、もしよかったら、昼食をうちで食べませんか。デパ地下で総菜とか買って、俺の家にきませんか」

 蒼次郎はぶんぶんと音がしそうな勢いで頷いた。


「い、行く! すごく嬉しい。絶対行く」

 直弘が照れた顔で頭を掻く。

「そう言って頂けると、俺も嬉しいです」

 早速二人で百貨店に向かい、二人であれ食べようこれ食べようと話しながら総菜を買い込み、電車に乗った。


 直弘が住むアパートの部屋はきれいだった。ごみがなく、物も少なくすっきりとしている。聞けば物を沢山持っていると管理できないから持ち物は少なくしているのだと言った。


 二人でデパ地下で買った総菜を食べ、直弘の部屋に行く道すがらコンビニで買ったデザートのアイスを食べ終える。

 食欲を満たして緩んだ空気のなか、カーペットに足を投げ出して座った直弘の隣に座ってくっついた。直弘が呻き声をあげ、片手で顔を覆う。


「今日かわいいですね、どうしたんですか……」

「いやどうもこうもないんだけど。そんなかわいいことしてもないし言ってもないけど」

 蒼次郎をじっと見つめた直弘が「撫でていいですか」と言うので直弘の肩に頭をくっつければ、また呻き声をあげる。


「かわいい……どうしよう……」

「そんなに?」

 かわいいと言う目の前の男がかわいい。直弘に頭を撫でられ、温かい気持ちになる。ふと壁に見覚えのあるものを目にし「うわ」と声を上げた。

「え、なんですか」


「直弘、あれ買ったの? ネタで作ったやつ」

 蒼次郎が指さした壁には、すみれのグッズのタペストリーがかかっていた。着物姿で仁王立ちしたそのタペストリーは、リスナーと話しながら思いつきで作ったネタグッズだ。


 ――まさか恋人の家で自分のグッズを見るとは。しかもウケ狙いで作ったやつ。

 直弘のほうが身長が高いので見上げると、直弘は目元を赤くして言う。


「自分で買いました。蒼次郎さん、自分の画像が入った大きなグッズを出さなかったのに、正月に向けて着物姿タペストリーを出すって言うから、嬉しくて買ったんですよ」

 蒼次郎は自分を指さす。


「ここに本物いるけど、どういう気持ち?」

「めちゃくちゃ嬉しいです。会えない人だと思っていた人がここにいるのが不思議ですけど。それと、画面で見るより何倍もかわいすぎてどうしようって思います」

「す、素直に言うじゃん……」


 照れて直弘の胸を軽く叩くとその手を取られて抱き寄せられる。あ、と思った。キスができるだろうか。

 蒼次郎が顔を寄せると、直弘は固まった。蒼次郎が身を引こうとすると、我に返ったように蒼次郎を強引なくらい力強く抱き寄せ、唇を合わせる。勢いに任せた、ぎこちないキスだった。

 男同士は嫌なのだろうかと不安になる。唇を離した直弘の顔は先ほどまでの柔らかさはなく、表情がなかった。


「すみません、キスが下手で」

「いや、大丈夫」


 下手というよりは躊躇っているように見えた。そのことに傷ついている自分をごまかすように直弘に笑いかけると、直弘はほっとしたように笑った。

「実は、蒼次郎さんに直接、感謝したいことがあったんです」


 直弘が立ち上がり本棚に行き、小冊子を持って戻って来た。隣に座った直弘が中を開けば猫の写真があり、アルバムだと気づく。


「俺が高校生の時に飼っていた猫のたんぽぽです」

「あ、たんぽぽってそこから取ったのか」

「はい」


 たんぽぽは直弘が高校二年生の時に拾った捨て猫だった。段ボールの中に入った猫は老いて弱っており、もう長くないと動物を飼ったことのない直弘でもわかる状態だった。

 そんな猫を放っておけず連れて帰り、なんだかんだ一人息子に甘い両親は老いた猫を飼うことを許してくれた。

 直弘は猫をたんぽぽと名付けた。温かい春の光を浴びるようなそんな日々を送ってほしいと思ったから。


 たんぽぽは一年近く頑張り、直弘が高校三年生の秋に亡くなった。


「たんぽぽがいなくなって、すごく辛かったんです。俺、友達いなくて学校で浮いてたし、ストレスで頭痛が酷くて、このまま卒業できるのかなって不安でした」

 学校から帰って頭痛に悩まされながらベッドに転がる。そんなとき、たまたま見た動画はすみれが作った動画だった。人を傷つけず明るく笑うその姿に勇気をもらった。


「その当時、すみれさんは有名ではなかったけど、そんなこと関係なしに応援したくなって、できるだけコメントを残していました。あまり長いコメントだと嫌かなと思い、いつも短くて面白くないコメントでしたが」


「嬉しかった。全部コメント読んだ。俺、直弘がSNSで卒業を報告してくれたこと、すごく嬉しかった。少しは役に立てたんだと思えて」


 蒼次郎は直弘の腕に自分の腕を絡める。体温が心地いい。

「猫のたんぽぽや、高校生の時の直弘のことを教えてくれてありがとう。知れてよかった」

「はい。俺も、知ることができてよかったです。高校卒業したって投稿を見てくれていたって聞いて、嬉しい」


 直弘が手を握ったので、蒼次郎も握り返す。小さなことがちくちくと胸に刺さって不安になる。だがこの体温があるだけで、ちくちくとした不安も痛みも消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。