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それから和やかに話をしながら飲み食いをした。蒼次郎はまず直弘に、改めて自己紹介をした。あえて真面目腐った顔をする。
「西蒼次郎、二十四歳です。職業は動画配信者です」
「池辺直弘、二十二歳です。職業は」
直弘は言葉を切り、思い切ったように言う。
「職業は、無職です。現在ハローワークに通っています」
あれ、と思った。たんぽぽ――直弘のSNSの投稿では「残業」という言葉が散見していた。そのことから直弘は働いていたはずだが、いつ無職になったのだろう。
「無職になったのってつい最近? 前までSNSに残業しましたって書いてたけど」
直弘が喉を詰まらせたような顔をした後、咳をし、それから頷いた。
「最近、です。よく残業のことを書いていましたけど、すみれさん……蒼次郎さんは、俺のSNSを見たことがあるんですね」
「いや、見たことがあるっていうか」
直弘の目を見ていると気まずい。目を逸らしたいのを我慢して言う。自分の口元が引きつるのがわかった。
「俺の趣味はたんぽぽのアカウントの投稿を逐一チェックすることだった、から」
たんぽぽが目を見開いて固まり、それからいきなり体が動いたかと思うと、身を乗り出す。
「えっ、あ、俺の投稿、そんなチェックしてたんですか。といいますか、俺のことを認知してたんですね、今更ですけど」
「認知してたし、見てたよ、だって好きだもん」
好き、の言葉を聞いた直弘の耳が赤くなる。あ、お前そこから赤くなるのね、と思っていると顔の赤くなる範囲が広がっていく。直弘が片手で口元を覆った。
「す、好きって。ど、どこが、ですか」
「ずっと応援してくれたところ。いつも短い言葉で、でもずっと俺が活動し始めてからずっと、四年間、応援してくれた。それってすごいことだから、好きになったんだ」
「応援した、だけで?」
直弘はぴんときていない様子だった。蒼次郎は苦笑し、頷く。
「動画を観る側、つまりリスナー側だとうまく想像つかないかな。動画を作る作業ってすっげー孤独なわけ。俺はスタッフ雇わず一人でやっているから特に。動画の内容を考えるのも、作るのも俺。責任は俺だけのものだし、自分で全部できるっていうのは精神的に楽ではある。でも、やっぱりさ、どうしても気分が乗らないとか、もうやりたくねえなって思うこともある」
直弘が真剣な顔でこちらの話を聞いてくれるので、口が動く。ああ、聞いてくれている。それがもう応援なんだよ、たんぽぽ。いや、直弘。
「動画を作るのは楽しい。でも楽しいだけじゃ俺は続かない。でも、たんぽぽの応援コメントが嬉しくて、次も作ろうって思えた。最初はたんぽぽだけが応援してくれて、嬉しかった。それだけじゃなく、たんぽぽは応援し続けてくれた。応援し続けるって結構難しいことだ。俺は降りられたこと結構あるし、飽きられたって思うこともある。それでも」
蒼次郎は直弘に手を伸ばし、テーブルの上にあった直弘の手を両手で握った。
「たんぽぽ、ずっと応援してくれてありがとう! ほんとにほんとに、嬉しかったよ!」
直弘が口をぱくぱく動かした後、テーブルに突っ伏して呻き声をあげた。
「突然のファンサをするじゃないですか……」
「嫌だった?」
「そんなわけないですよ。ただ、配信者のすみれさんを間近で見てうわーってなっているだけです。が、画面から出てきちゃった」
画面から出てきた、という言葉に笑い、それから直弘の手を軽く叩く。
「そうだよ、画面から出てきたから俺はすみれじゃなくて蒼次郎で、同じようにたんぽぽじゃなくて直弘なんだ。そう考えると嬉しい。画面越しでしか知らない人と、こうして付きあえる」
直弘が顔を上げた。
「俺も嬉しいです。正直、これは本当に現実なのかなって疑います。だけど」
直弘が蒼次郎の手から自分の手を引っ込めたかと思うと、蒼次郎の手を両手で包む。
「あなたが好きなので、この現実にしがみつきたいと思います。蒼次郎さんはご自分を面倒だと言いましたが、俺も負けないくらい面倒ですので」
「直弘も俺も、面倒なら合っているのかもな。なあ、わかってる? 俺はたんぽぽのアカウントの投稿を逐一チェックしてたって意味。俺はたんぽぽのネットストーカーだったんだけど、そこ、さらっと流していいの?」
ネットストーカー、と呟いた直弘が蒼次郎の目を見る。まっすぐな目だった。
「さらっと流すというか、受け入れています。あなたがネットストーカーをするほど執着したと思うと、嬉しいので」
「う、嬉しいって言うなよ~」
直弘が苦笑するが、嬉しさが滲んでいるように見える。
「俺もあなたも同じくらい駄目ですよね。でも俺はそれでいい。あなたと付き合えるなら」
蒼次郎と付き合えるなら蒼次郎がネットストーカーでも構わないと言う直弘から静かな怖さが伝わってくる。それなのに、自分の頬が緩んでしまうのは、自分だって度が過ぎる執着心を持っているからだ。
「お互い駄目な男同士でお似合いかもな」
蒼次郎と直弘は手を繋いだまま笑った。駄目な二人。でもそれでいい。
ターミナル駅の改札口付近では人がひっきりなしに通っていく。蒼次郎は改札から出てくるはずの直弘を待つ。
直弘と付き合い始めて二週間が経過し、常にメッセージや電話のやり取りをしているものの、まだデートをできていなかった。
今日が初めてのデートなので、気持ちが浮き立つ。
蒼次郎は帽子を被り、マスクをしていた。
中堅配信者なので動画投稿サイトが好きな人にしか蒼次郎は顔が知られていない。だが顔を出して配信者活動をしているので、道端で声をかけられることがある。金髪に青いメッシュを入れている目立つ姿の男がマスクと帽子を身に着けたことに意味はあるかわからないが、今日はデートに集中したい。
改札口向こうの人々を見ていると、改札を通った直弘がこちらに向かって歩いてきた。蒼次郎を見つけた直弘が照れたように笑う。
白いシャツに薄手の黒いカーディガンに紺色のスラックスという地味な出で立ちなのに、胸の奥がじんと痺れる。
――うわあ、めっちゃくちゃ、好き。
蒼次郎の前に来た直弘が蒼次郎の帽子を指さした。
「帽子を被ってるの、かわいいですね」
かわいい、という一言で胸の奥で花火が弾ける。蒼次郎は直弘の腕を軽く叩いた。
「か、かわいいって、こんなところで言うなよ。俺、いますごい顔をしてて、恥ずかしい」
「誰も見てないと思います。かわいいからかわいいって言いたくなって」
そう言った直弘は照れた様子がない。内心、そんな感じなんだ、と驚いた。直弘はさらっと甘い言葉を口にできるのか。SNSでは知れなかった意外な姿だ。
二人で歩き出し映画館へと向かう。
「意外。直弘ってストレートにかわいいとか言えるんだ」
映画館へ入るとちょっと肌が冷えるくらいの冷房がかかっていた。五月中旬にしてはやりすぎではないか。
こちらを見た直弘が躊躇った様子を見せ、あー、えー、と言う。
「その……蒼次郎さんには素直な気持ちを伝えたいと思って。正直恥ずかしいですよ、言うの。でも、あのとき言えばよかったって後悔したくないので」
後悔したくない、に滲む苦さと暗さに驚いた。これは理由を聞いていいのだろうかと思っていると、直弘がごまかすように笑う。
「チケット、発券してきますね」
「あ、うん。チケット、あらかじめ取ってくれてありがとう」
「いえ」
直弘が頭を下げてチケット発券機に向かう後ろ姿を見て、少し寂しくなる。
――いつか、話してくれるといいな。
小さなことでも大きなことでも知りたい。そう思うのは、ずっと好きだったからだ。




