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「えー、では、今日はゲストがきておりまーす。お悩み相談をしてくれるTさんです!」
青葉坂りんごは動画投稿をするたび少しずつ成長が見え、この新しい動画では堂々とした話し方だった。成長しているなと感心しつつ「お悩み相談をしてくれるTさん」のことが気になって仕方ない。これはたんぽぽのTだろう。もし全く違う人物だったら俺は暴れるかもしれないなと思いつつ、祈るように両手を組んで握る。
たんぽぽの声が、聞きたい。
画面の中から、すっと呼吸する音が聞こえた。蒼次郎の呼吸が少し、止まる。
「初めまして、Tと申します。いつも青葉坂りんごさんの動画を楽しく拝見させていただいています」
落ち着いた声だった。想像していたよりも柔らかな声で、高すぎず低すぎず、心地いい。じわりと目が潤んだことに気づき、蒼次郎は慌てて瞬きをし、涙の気配を吹き飛ばす。
青葉坂りんごとたんぽぽが挨拶を交わし、すぐに本題へと移った。
「何かネタがあったらくださーいとSNSで募集したらTさんがお悩み相談動画を作ったらどうか、と言ってくださって、じゃあそれならゲストに来てください! ということでゲストでお呼びしました。それでは、早速ですがTさんのお悩みを聞かせてください!」
「実は、りんごちゃんを推す前はある配信者の方を四年ほど推していました。でも先日、気づいてしまって」
「なにを?」
「お相手を推しているんじゃなくて、ガチ恋してるって、気づいたんです」
その声がやけに大きく聞こえた。思わず胸に手を当てる。心臓がどきどきして痛い。
たんぽぽは確かに「ガチ恋」と言った。その言葉がぐわりと心臓を揺らして、頭を揺らした。恋をしているのか。たんぽぽ。
「誰に?」
そう思わず言う。自分の名前を呼んでくれるんじゃないかと期待が大きい。
――俺の名前を呼んでくれるなら、すごく都合のいい夢を見ているみたいだ。
「俺の推しは」
その言葉のあと、軽快な音楽が鳴り響いた。テロップでは「とある配信者さん(そこそこ有名)」とあり、テロップが表示される。名前を音で伏せたのだと気づき、息を吐いた。
「な、名前、呼ばねーのかよ……」
自分の名前が呼ばれなかったことにがっかりし、肩から力が抜ける。そこで自分がひどく緊張していたことに気づいた。こんなに緊張したのは、活動初期くらいだ。
そうだよなあ、と思う。いくら青葉坂りんごが無名バーチャル配信者とはいえ、不用意にほかの配信者の名前を出さないだろう。もし名前を出せば、ネット上にいる見知らぬ誰かに噛みつかれることになりかねない。
たんぽぽの声が聞こえる。
「配信者さんの活動初期から動画を観ていて、応援のコメントも書いていました。なので俺は純粋なファンだと思っていたんです。でも」
はい、と相槌を打つ青葉坂りんごの声の後にたんぽぽの声が続く。
「詳細は伏せますが、この前、俺、突然けがをしたんです。縫うほどでしたが、とくに神経も傷ついていないし、いまは問題なく過ごしています。でも、俺、そのとき思ったんです。会いたいなって。こんなときなのに、いや、こんなときだからこそ、その配信者さんに会いたいなって。一方的に画面越しに知っている人だから、会えないのは分かっているんですけど」
一呼吸おいて、たんぽぽが言う。
「こんなに会いたいのはもう恋だって、自分の気持ちに気づきました」
蒼次郎は呻き声をあげた。
「俺だって会いたいよ……。お前が俺のことを好きなら、なおさら……」
会いたいと言ってくれた。たんぽぽが会ったことのないすみれに、画面の中で一方的にしか知らないであろうすみれのことを、本気で好きになってくれた。それがいま、手が震えるほど嬉しい。
蒼次郎は両手を握りしめた。自分が好きな男の声を待つ。
「俺は配信者さんに本気で片思いをしています。でももう終わらせたい。会えるはずのない人に会いたい、付き合いたいと思い続けるのは正直辛いです」
その言葉に心臓がぐっと痛む。この動画を観続けるのが怖い。でも最後まで観たい。
沈黙の後、青葉坂りんごが言う。
「Tさんは一回、その人にすぱっと振られたほうがいいと思います」
青葉坂りんごの声は冷静で、聞きやすいからこそ蒼次郎の肩がびくついた。すぱっと、と言った青葉坂りんごの声はすぱっと音がしそうなくらい、切れ味がいい。
たんぽぽの「あ」と言う声が聞こえた。それきり続かないので言葉が出ないのだろう。姿が見えないのにたんぽぽの動揺している姿が想像できる。青葉坂りんごが言う。
「俺は恋愛のこと、よくわかんないです。憧れたり目で追っちゃうのはあったけど、恋愛ってちゃんとしたことないんで。でも受験は失敗しました。本命の、絶対行きたかった大学を受験して、落っこちたんです」
はい、とかすれるたんぽぽの相槌が聞こえ、青葉坂りんごが続ける。
「俺が行きたかった大学は俺のレベルだと自分の実力よりちょっと上だったんです。ちょっと上、だから希望を持っちゃったんですね、高三のときの俺は。でも受験した結果、落ちました。そのとき、受験してよかった、すっぱり落ちてよかったと思いました。希望の大学を受験しなかったら諦められなかったし、落ちたことで自分の現在の力量を知ることができたから」
それに、と続けた声には苦みが滲んでいた。
「俺が入りたかった理由って、この大学に入れたら俺が嫌いな人を見返せる、というのが一番の理由だったんです。そこで絶対に学びたいことがあったわけじゃなかった。それって健全じゃないよなって後から思いました」
青葉坂りんごがTさんと呼ぶ。
「あなたはなんでその人が好きなんですか。有名だから? お金持ちそうだから?」
「違う!」
強い声に青葉坂りんごは「じゃあどうして好きなんですか」と怯まない声で問う。
「あ、あの人が、笑う姿が好きだから。かわいいあの笑顔で、何度も救われたから……」
「じゃあ、それを言うべきですよ。それですぱっと振られましょう。駄目になって、前を向けることってあるんですよ。ここで自分の気持ちを自分で諦めようとしたら、絶対未練で頭の中いっぱいになりますよ」
絶対、と言い切る青葉坂りんごの声は初めて聞く、冷静で強かな声だった。
たんぽぽが沈黙し、息を吸い、言う。
「……わかりました。勇気を出して、振られてきます。メッセージを送ってみます。読んでくれるかわからないけど」
「そうしましょう。大丈夫、俺はTさんの気持ちは健全だと思います。振られてもその気持ち、少しはお相手さんに伝わると思います」
「そうだといいです」
たんぽぽは青葉坂りんごに礼を言い、少し雑談をして動画は終わった。
動画が終わってもその場から動けない。足が石になってしまったようだった。
蒼次郎はペットボトルを鷲掴み、キャップを開け、水を喉に流し込む。勢いよく飲んだので咳き込み、大きく息を吸う。
たんぽぽから、メッセージがくるかもしれない。何度も何度も見続けた、あのたんぽぽのアカウントから。
ふと気づいた。
「え? もしかしてもうメッセージが送られている可能性、ある……?」
たんぽぽが青葉坂りんごの動画に出て動画が投稿されるまで時間があるはずだ。その間にたんぽぽの勇気は出たのだろうか。
もう自分のもとにメッセージが届いているのかもしれないと思うと、心臓が痛くて手に汗をかく。蒼次郎は何度も深呼吸をして、マウスを操作する。自分のSNSのアカウントにはいくつかメッセージがきていた。見知らぬリスナーからの「本気で付き合いたいです」という内容のメッセージや「くそつまんねーなお前」という貶す内容のメッセージに並んで、たんぽぽからのメッセージが届いていた。
届いたのは青葉坂りんごの動画が投稿された時間とほぼ同刻。たんぽぽは青葉坂りんごに背中を押されるようにすみれにメッセージを送ったのだ。それがちょっと悔しいが、自分にメッセージを送ってくれたことが嬉しい。
大きく息を吐き、蒼次郎はメッセージを読む。
すみれ様、から始まるその文章はたんぽぽの真面目な性格がにじみ出る文章だった。誤字脱字のない、読みやすい文章。この整った文章を書くためにどれだけ時間を費やしてくれたのだろう。そう思うと、喉の奥が熱い。
蒼次郎が今まで投稿した動画の感想のあと、たんぽぽは今までの活動への感謝を述べ、そしてすみれへの恋心を綴った。
「あなたが好きです。直球な物言いになりまして、申し訳ありません。あなたに恋をしています。付き合えるとは思っていません。ですが、返事がほしいです。お前とは付き合えないよと言って頂けたら、この恋と距離を置ける気がするからです」
それからメッセージを読んだことへの感謝を述べ、すみれを気遣う言葉でメッセージは締めくくられた。
蒼次郎は大きく息を吐いて、息をゆっくり吸った。心臓がどきどきし続けていて、苦しい。でも苦しい以上に、嬉しい。
自分に恋をしてくれた。勇気を出してメッセージを送ってくれた。その気持ちが、愛おしい。
「その恋に距離を置かなくていいよ」
蒼次郎はキーボードに手を置いた。たんぽぽが勇気を出してくれた。だから、自分は誠意を持って、その勇気に応えたい。




