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 蒼次郎はシャワーを浴び、濡れた髪のままゲーミングチェアに座った。時刻を確認すれば夜九時過ぎ。一時間ほど前に動画を投稿したので、リスナーの反応が気になる。

 パソコンで自分の動画について検索すれば、SNS上でぽつぽつとすみれの動画の感想が投稿されている。そのうちたんぽぽが観てくれるだろう。いつもコメントを残してくれるし、今回も残してくれるといいなと思いながら、マウスを操作する。

 日課であるたんぽぽのアカウントを見たとき、異変に気付いた。


「なんか……沢山書いてる……?」

 たんぽぽは毎日ひとつだけ文章を投稿する。いくつも投稿をすることは珍しく、高校卒業時に連続して五つ投稿していたことと、亡くなった飼い猫のひげが部屋の掃除をしていたら出てきたときに「さみしい」という内容を連続で六つ投稿していたことがあった。

 そのくらい、たんぽぽは感情を揺さぶられないと連続して投稿することはない。


「え、なん、なんかあったの? たんぽぽ」

 ひとりごとを呟く声が上擦った。今日最初の書き込みは、夜九時過ぎの時刻だ。

「けがをしました。初めて救急車に乗りました。元気です」

 その投稿に一瞬、頭が真っ白になる。


――救急車に乗るほどの怪我をしたのに、「元気です」って何?

 蒼次郎はたんぽぽの投稿を次々に見ていく。

 何度か読み返し、大きく息を吐く。


 投稿を見る限り、たんぽぽは夜七時過ぎに路上で何かしらのトラブルに巻き込まれて怪我をしたようだった。救急車に運ばれたのはたんぽぽだけではなく、たんぽぽの周囲にいた人々も多少怪我をしたらしい。

 たんぽぽの投稿を何度も見返す。心配と不安がどっと腹の奥からわきだしてくる。


「傷口を縫ったので時間がかかりました。あんなふうにけがをするとは思いませんでした。大けがの人がいなくてよかったです」

 その投稿に、たんぽぽ、と呟く。色々な思いが溢れ、蒼次郎は呟いた。


「傷口を縫うほどのけがをして救急車に乗ったのに、人のことを心配する、優しい男だな、お前は」

 たんぽぽが好きだ。名前も、どこに住んでいるのかも、正確な年齢だってわからない。たんぽぽは配信者すみれをずっと応援し続けてくれ、すみれに淡々と好意を伝える姿に蒼次郎も好意を持って、恋に育った。


 蒼次郎はゲーミングチェアに座り直し、深呼吸を数度し。気持ちを整える。よし、と呟く。自分のネット検索技術を総動員して調べ、少しでもたんぽぽに何があったのか知りたい。

 今からやろうとしていることはネットストーカー以外の何物でもない。たんぽぽへの恋心を自覚してからその投稿を何度も読み返し、少しでも情報を読み取ろうとネット検索を重ねてきた身としては、今更である。


 投稿から個人を特定しようとする行いはしていけないことだと理解している。それでも恋心は止まらず、たんぽぽへの執着心が蒼次郎をネットストーカーにした。

 本当はたんぽぽを特定するためのネット検索を止めたい。でもやめられない。

 蒼次郎はSNSで検索を始める。たんぽぽの投稿から推測し、けがの原因に関連しそうな単語を次々と打ち込んで検索した。その後、ほかのユーザーの投稿を見ていく。


 検索エンジンも使って検索をしたところで、蒼次郎は思わず、あ、と呟いた。パソコン画面には火災を報じるネット記事が映し出されている。

 東京都内のとある雑居ビルに入っている店から出火し、上階の窓ガラスが割れたとのことだった。店から出た火はすぐに消し止められたものの、上階の窓が割れてその破片が落下、近くを通行人たちがけがをしたらしい。ネット記事上の小さな写真をじっと見る。


 出火した店がある地域名と写真も掲載されている。それを取っ掛かりにSNSなどで検索を重ねた蒼次郎はふっと息を吐いてゲーミングチェアの背もたれに背中を預けた。ぎしりと音が鳴る。


 ――だいたい、何があったかわかっちゃった。俺のネット検索技術、あがったな……。

 自画自賛なのか自嘲なのかわからない感想を持ちつつ、蒼次郎はゲーミングチェアから立ち上がる。気分を落ち着かせるために深呼吸をし、軽いストレッチをする。

 本日の夜七時過ぎ、都内にある雑居ビルから出火し、火は消し止められた。しかしその影響で上階の窓ガラスが割れ、路上を歩いていた人々にガラスが降り注いだ。幸いにして人々はいずれも軽傷。大事に至っていない。

 そのことにほっとし、蒼次郎は呟く。


「割れたガラスが降ってくるなんて早々あるもんじゃないんだけど……そんなことにあっちゃうか、たんぽぽ」

 たんぽぽがけがをしたことに驚き、不安な自分と、たんぽぽが都内に住んでいるかもしれないという事実を知った高揚感がせめぎ合い、蒼次郎は唸り声をあげる。


 ――こんな状況なのに、住んでいる場所が東京だと知れて嬉しいって思うの、不謹慎すぎる……。

 平日の夜七時過ぎ、しかも場所は駅からも店が密集したあたりからも離れた場所だ。そんなところを歩いているなんて、仕事帰りだと思っても仕方ないのではないか。


 蒼次郎は立ったままスマートホンを見る。たんぽぽのSNSのアカウントは九時半以降沈黙している。たんぽぽのけがの理由を調べていたのでいつのまにか時間が経ち、現在時刻は夜の十一時過ぎだった。

 行っても何もできない。そうわかっているが、蒼次郎はスマートホンを操作し、アプリでタクシーを呼んだ。着替えて玄関を出る。


 住んでいるマンションから出て大通りに行き、呼んだタクシーを待っている間に地図アプリを使って事故現場の住所を特定した。事故現場は流石に入れないだろうからと事故現場近くにある適当な目的地になりそうな場所を探す。近くにコンビニがあったのでそこに行くことにした。

 タクシーが来たので乗り込む。運転手に事故現場近くのコンビニの住所を告げるとなんでそんなところに、と言いたげな顔をされたが、タクシーはすぐに動き出した。目的地に着き、代金を払って降りる。

 髪を触り、自分の髪が濡れていることに気づいた。髪が濡れたままタクシーに乗る男。奇妙すぎてホラー映画の序章みたいだ。


 コンビニ前で降りたがコンビニ前を通り過ぎ、事故現場に向かう。

 事故現場にはドラマのような規制線は張っていなかったが、警察官が立っている。野次馬たちが少し離れた場所から見ていた。


 見回すと、たんぽぽらしき若い男はいない。当たり前か、と思う。事故が起きたのが七時過ぎ、たんぽぽと周囲にいた人々はけがをしたのだ。病院に行って手当てをして、おそらくは事情聴取もあったに違いない。

 道路に落ちた割れたガラスの破片を見る。

 蒼次郎は、たんぽぽ、と小さく小さく呟く。


 ――たんぽぽ、会いたいよ。お前が大変な時に会えないのは、さみしくて、辛すぎる。

 事故現場を後にし、蒼次郎は最寄り駅まで歩く。道すがら空を見れば、星も月も見えない夜だった。

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