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直弘の最寄り駅周辺でもなければ、利用しているハローワーク周辺でもない。
普段直弘が使わないであろう駅と駅の間に直弘がいる。地図をよく見てようやく気付く。
――直弘、線路の上にいる?
線路? どうして。
血の気がひく。余程のことがない限り、線路に立ち入らないだろう。直弘は冗談で線路に立ち入るような人でもない。
自分を落ち着かせるために自分の胸を撫でた。ここで取り乱しても意味はない。
ゲーミングチェアに座り、数度深呼吸をして、パソコンに向かった。
直弘が線路を歩いているなら、大きな理由があるはずだ。
――事故か、事件に巻き込まれているのかもしれない。
直弘が歩いている付近の駅名を検索し、事故があったか調べる。ネットニュースをざっと見てもそれらしき情報はなく、SNSで検索をかける。
蒼次郎は「あ」と声を上げた。
直弘が歩いている付近を挟む駅と駅で電車が止まっている、電車が来ないという投稿がいくつかあった。
「線路を歩いている人たちがいる。暑いのに大変そう」
そんな投稿があり、息が浅くなる。夏の暑さは年々辛いものとなっている。この暑いなか、直弘は具合が悪くなっていないだろうか。
人たち、とあるので一人で歩いているわけではないのがまだ救いか。
調べる協力者が欲しい。そう思い、青葉坂りんごの言葉を思い出した。
普段なら、社交辞令だと思ってまともに受け取らない。だがいまは余裕もなく、誰かに少しでいいから助けてほしかった。
蒼次郎はスマートホンを掴み、青葉坂りんご宛てのメールを作成する。
電車が止まっている二つの駅名と、その駅周辺で何があったのか調べて欲しい旨をメールで送れば、すぐに青葉坂りんごから返信が来た。
「了解。調べたらすぐに連絡します。通話がいいですか、メールがいいですか」
通話して、とメールを送ると、簡潔に「了解です!」と返ってきた。
思わず呟く。
「詳しいこと、聞かねえのかよ……」
人がいいなと思った。蒼次郎が困っていることを察して、素早い行動をしてくれた。
ありがとう、と呟いて、出かける用意をする。青葉坂りんごが手伝ってくれるから、少し心に余裕が生まれる。
出かける用意をし、蒼次郎はタブレットを操作した。直弘の位置情報を確認する。
直弘はとある駅の方面へ向かって歩いている。蒼次郎は鞄にタブレット、羊のぬいぐるみを突っ込んで、部屋を出た。マンションを出て大通りに出、タクシーを拾う。
駅名を告げればタクシーは走り出した。ざわざわと気持ちが落ち着かず、鞄の中に手を入れて羊のぬいぐるみに触れる。そのとき、スマートホンが震えた。
スマートホンを取り出せば、青葉坂りんごからの着信だった。応答ボタンを押す。
「すみれです。りんご、なんかわかった?」
「わかりました。すみれさんが調べてほしいと言った駅と駅の間を走っていた電車のなかでモバイルバッテリーが燃えたそうです」
「えっ」
うろたえる蒼次郎に、青葉坂りんごが慌てて言う。
「怪我人はいないみたいです。出火してすぐに乗客みんなで火を消し止めたようですけど、誰かがびっくりして電車の緊急停止のボタンを押して電車が止まったと、SNSの投稿でありました」
聞けば、その投稿は蒼次郎がメインで使っているSNSではないSNSでの投稿だという。どうりですぐに見つからないわけだ。やはり青葉坂りんごに助けを求めてよかった。
「ありがとう、ほっとした」
「え、まさかその電車の中にたんぽぽさんいるんですか」
「多分」
多分? と不思議そうな青葉坂りんごに詳しく話したいが、タクシーの中で言いにくい。
あとで詳しく話すよとごまかすしかないのが申し訳ない。
蒼次郎は窓から景色を眺めた。スマートホンを触れば不安が波打つから、いまはただ景色を眺めるしかできないのが、歯がゆい。
タクシーが目的地の駅に到着し、蒼次郎は金を払って外へ飛び出した。駅に駆け込んで、改札口付近の壁に背中を預けた男が目に入る。
直弘だった。名を呼ぶ前に直弘と目が合う。
「蒼次郎さん? どうしてここに?」
目を丸くする直弘の顔を見て堪らない気持ちになった。勢いのまま、直弘に抱き着く。
直弘の肌は熱く、自分の指先は冷えている。
「そ、蒼次郎さん」
直弘がぐっと力を込めて蒼次郎を引き剥がす。
「な、なんで、俺のこと、剥がすの?」
「剥がしたいわけじゃなくて……」
直弘の眉根を寄せ、苦しそうに言う。
「見られて、また炎上してほしくない……。あなたが酷い目にあってほしくないです」
ぐっと熱の塊が喉を通って、言葉になった。
「こーのっ、あほんだら~っ!」
「へえっ?」
直弘の頬を両手で挟むと、直弘が目を丸くした。
「俺はっ四年配信者やってんだよっ! ゴミだのなんだの口の悪いネットの住民にボロカスに言われてきて、それでもっ! 配信者で銭を稼いで生きてんだよっ」
だから、と続ける。
「もう一度燃えても、俺は自分でなんとかするっ! 直弘は心配し過ぎないでいいっ!」
ぱちりぱちりと瞬きをした直弘が、くしゃりと顔を歪ませたかと思うと、嬉しそうに笑った。目に涙が滲んでいる。
「蒼次郎さん、強くてかっこいい~……」
直弘の目を見て、力強く頷く。
「かっこいいんだよ、俺は。ずっと見てくれていた直弘は、それをわかってんだろ」
「わかってました。でも自分の気持ちばかり見て、目の前の蒼次郎さんを見えてなかった」
直弘が笑い、涙がほろりと落ちていく。直弘が蒼次郎の手に自分の手を重ねる。
「帰りましょうか。沢山、話したいことがあります」
「うん。俺も聞きたいこと、話したいこと、沢山ある」
直弘から離れるが、なんだか強い何かで繋がっている気がした。
ひとまず駅を出て、近くにあるコンビニで飲み物を買い、水分補給をしたところでスマートホンが震えた。
「りんごから通話がきてる。ごめん直弘、ここでりんごと話していい?」
りんご、と呟いた直弘が目を見開く。
「えっ、青葉坂りんごちゃんですか?」
「そう、青葉坂りんご」
直弘と連絡が取れず、最後に直弘と連絡を取った青葉坂りんごにメールを送ったことなどを話すと、直弘は「すごい」と息を吐いた。
「蒼次郎さん、俺のために頑張ってくれたんですね」
「頑張ったよ。だって好きだし」
直弘が咳き込み、かすれた声で「どうぞ、通話してください」と言うので、応答した。
スマートホンを耳に当てれば、青葉坂りんごの声が聞こえた。
「すみれさん、いま通話しても構いませんか」
「構わないよ。りんごのおかげでたんぽぽに会えた。手伝ってくれてありがとうな」
りんごの顔は見えないが、ほっとしているのが漏れる息でわかった。
「よかったあ、すみれさんとたんぽぽさん会えたんですね」
「うん、りんごのおかげ」
何もしていませんと笑う青葉坂りんごに、蒼次郎は改めて礼を言いたいと話をし、通話を終えた。
スマートホンを鞄にしまい、直弘を見る。
「タクシー、乗って帰ろっか」
はい、と頷いた直弘とともにタクシー乗り場へ行き、タクシーに乗り込んだ。
運転手に蒼次郎のマンションの住所を告げ、タクシーが動き出した。タクシーに揺られながら、直弘が息を吐く。
「涼しくて安心します」
「暑いなか歩いてたんだろ。大変だったな」
直弘が項垂れるように深く頷いた。
「今日はいつもより暑くて、疲れました……」
シートに身を預けた直弘は体が重そうだ。話を聞きたいが、運転手がいるし、家に帰ってからがよさそうだ。
「眠ったら?」
「そうします……」
直弘が目を閉じる。蒼次郎がその手を軽く叩くと、直弘が目を閉じたまま笑った。
それだけで胸に甘酸っぱいものが広がる。
――もう一生、こんな恋、しないだろうな。
そう思い、蒼次郎はシートに身を預けた。




