16
蒼次郎も同じ音声チャットツールのアカウントを持っている。自分のアカウントのURLを送信し、そちらのほうにスマートホンからログインした。
青葉坂りんごのアカウントをフォローし、かけてもいいかと聞くと「かけてください」とすぐに返信がきた。
通話をかけるとすぐに繋がった。
「はい、青葉坂りんごです……」
警戒なのか不安なのか青葉坂りんごの声は低く沈んでいる。いつもの明るい声とは違うな、と思ってなんだかおかしくなった。まるで自分が青葉坂りんごのファンのような感想ではないか。
そのおかげか、蒼次郎の声から力が抜けた。
「はじめまして、青葉坂りんごちゃん。配信者のすみれです。急に連絡してすまんね」
ええ、ああ、と声を上げた青葉坂りんごが深呼吸をし、言う。
「単刀直入に言いますけど……、底辺配信者の俺に何の用っすか?」
青葉坂りんごが切り込んできたので、蒼次郎も前置きなしに言う。
「りんごちゃんを推してるリスナーのたんぽぽ、俺の彼氏なんだよね。彼氏と連絡取れなくて困ってる」
沈黙の後、
「かれしいっ?」
と青葉坂りんごの裏返った声が聞こえた。
「かれ、かれし。あ、彼氏!」
かれしという単語が彼氏とようやく頭の中で変換されたらしい青葉坂りんごが大きく息を吐く。
「たんぽぽさんと付き合ってんすか? ほんとに?」
「付き合ってるよ。その節はどうもありがとう、りんごちゃん。りんごちゃんの動画にたんぽぽが出演したことがきっかけで、俺に告白してくれた」
「えっ! そういや動画を撮ったとき、たんぽぽさんが言っていた片思い相手の名前ってすみれだった!」
「いま気づいたのかよ」
蒼次郎の突っ込みに構う余裕はないらしい青葉坂りんごは「えええ」と一頻りうろたえ、それからずずずと音が聞こえた。ストローで何かを飲んだらしい。
初対面で失礼ともいえる行為だが、なんだかおかしい。こいつ割と図太いなあ、と呆れながらも笑ってしまう。
「お二人の付き合ったことについてめちゃくちゃ詳細を聞きたいですけど、我慢します。で、本題は彼氏のたんぽぽさんと連絡が取れないことですよね」
うろたえても蒼次郎の用件を覚えていることから、青葉坂りんごの賢さが垣間見える。
その通りだと蒼次郎が言うと、青葉坂りんごは怪訝そうに言う。
「で、なんで俺っすか? 俺とたんぽぽさん、すごく仲がいいわけではないですよ。プライベートな話、したことないっす」
青葉坂りんごが続ける。
「だってあのお悩み相談のあとのことも聞いてなかったし、付き合ってる人がいるなんて知らなかったくらいっすからね!」
「俺はそこまで深く考えてたわけじゃない。ただ時系列で考えて、りんごちゃんに聞きたいことができたってことで」
「時系列?」
蒼次郎が青葉坂りんごに自分の現在の状況と、直弘が頻繁に連絡をくれていること、そして連絡が取れないことを説明した。
「たんぽぽと最後に連絡を取ったのは、りんごちゃんだと思う」
少しの間、黙った青葉坂りんごが言う。
「あのお、つかぬ事を聞きますけど……。たんぽぽさんと連絡が取れなくなってどのくらいなんですか?」
「最後に連絡を取ってから四時間くらいかな」
わーっと青葉坂りんごが声をあげた。
「こっわあ! なにそれ怖い! 恋人と四時間連絡が取れなくなっただけで、わざわざ配信して自分がすみれだって証明して! 俺とこうして通話しているの、まじで怖い!」
「遠慮ねえな、りんごちゃん」
だが確かに、青葉坂りんごの言う通り、自分の行動は怖い。四時間連絡が取れないからといって、ここまでしないだろう。
だが、蒼次郎は「ここまでしないこと」を実行した。たんぽぽを恋しいと思う気持ちが狂気じみた行動に走らせる。その怖さを、自分が一番理解している。
「怖いよな。俺も自分が怖い。でも」
蒼次郎は無意識のうちに微笑んでいた。
「そんな俺を、たんぽぽは許してくれる」
ネットストーカーである蒼次郎を、直弘は許してくれた。怖がったり気持ち悪がったりして当然のことなのに。
その直弘の思いだって怖さを孕んでいる。だけど、蒼次郎は直弘のそんな怖さもひっくるめて好きなのだと、いま再認識する。
――俺たち、怖い者同士、お似合いだよ。
愛情はきっと、きれいなものばかりじゃない。でも自分たちは、それでいい。
青葉坂りんごが息を吐いたのがわかった。
「息を吐いた音聞こえましたよね。言い訳がましいけど、ため息じゃないですよ、感心して息を吐きました」
青葉坂りんごがしみじみと言う。
「そこまで人を好きになるの、すごいですね」
「うん。すごいと思う」
浅く広い付き合いしか出来なかった自分が、こんなに人を好きになるとは思わなかった。
りんご、と呼ぶ。自然と呼び捨てになった。
「恋愛の話をしたくて通話したかったわけじゃない。本題に戻るけど、りんごと連絡をとった内容が知りたいんだよ。たんぽぽに黙ってこんなことをしちゃいけないのはわかってる。でも、いまは手がかりが少しでも欲しい」
「……正直、心配し過ぎって思わんでもねえっすけど。わかりました、大した内容でもないんで言います。たんぽぽさんに、友達になりませんかーってメールを送りました」
蒼次郎は数秒黙り、言う。
「りんごはなんでリスナーと友達になろうとしたの? リスナーとある程度線引きしないと、後々揉めると思うんだけど」
「正論ありがとうございます。俺もわかってます。配信者がリスナーにすり寄るのは違うって思っていますけど」
でも、と続けた声から力が抜ける。
「推し変が怖いんすよ。リスナーが推し変するのは仕方ないし、リスナーの自由です。でもいつか推し変されるなら、その前に友達になっていたかったんです」
青葉坂りんごの気持ちがわかる。自分を応援してくれた相手の気持ちが離れるのは寂しい。たとえ自分が「相手を楽しませる側でしかない」とわかっていたとしても。
そうかと頷くしかなく、無理矢理、話を戻す。
「それで、たんぽぽに連絡をとったんだ。それが十時半頃だろ。そのあと、連絡した?」
「してないです。メールを送った後も連絡きてないし」
蒼次郎は羊のぬいぐるみを撫でる。
「……わかった。ありがとう」
もう打つ手はない。おとなしく直弘からの連絡を待つしかない。
青葉坂りんごが「あの」と言う。
「めちゃくちゃ落ち込んでますよね。たいしたこと出来ないけど、なにかあったら言ってください。手伝いますんで」
その言葉に笑ってしまう。
「そっか、ありがと。……りんご、お前、いいやつだな」
青葉坂りんごの声には優しさが滲んでいた。そうか、と思う。直弘は青葉坂りんごの良さにいち早く気づいて応援していたのだ。
青葉坂りんごに再度礼を言い、蒼次郎は通話を終えた。
蒼次郎はゲーミングチェアの背もたれに身を預けた。ぎしりと音が鳴る。
羊のぬいぐるみと目が合う。つぶらな瞳を見て、直弘の言葉を思い出した。
――蒼次郎さんがどうしても寂しいとき、辛いとき、このぬいぐるみのチャックを開けて中身を見てください。
「開けようかな……」
呟き、羊のぬいぐるみのチャックを開けた。
中には折りたたまれた紙が入っていた。
――直弘からの手紙?
この羊のぬいぐるみはお守りと言って渡してくれたものだ。手紙の可能性が高いなと思いながら、紙を手に取った。
想像していたより立派な紙だ。折りたたまれたそれを開き、内側に書かれた文章を読む。
「へ」
そんな間抜けな声が口から零れ落ちる。
「蒼次郎さんへ
この手紙を読んだということは寂しい、辛い思いをしたからですよね。
俺が常に持ち歩いている黒い羊のぬいぐるみのなかにはGPSが入っています。
蒼次郎さんの家に置きっぱなしにしているタブレットから俺の位置情報を見られるようにしているので、好きに使ってください。
俺ができるのはこのくらいです。少しでも蒼次郎さんの不安な気持ちが薄れるといいなと思っています」
その文章のあと一行分空けて、直弘が持ち歩いているGPSの位置情報を見る方法が書かれていた。
「じー、ぴー、えす」
自分の声とは思えないくらい、声に力がない。直弘からの慰めの手紙かと思ったのに、まさかGPSを持ち歩いている話とは。
蒼次郎は仕事部屋を出、リビングに置いてあるタブレットを持って仕事部屋に戻った。直弘の行動が、予想と全く違う。
そのことに困惑していた。直弘がGPSを持ち歩き、そのことを隠し続けていたこと、そのことを書いた紙を白い羊のぬいぐるみに入れていたことに驚いた。
じわりと指先が熱を持つ。
――嬉しい。嬉しいって思っちゃいけないのはわかってるけど、嬉しい。こんなに自分のことを考えてくれるのは、きっと後にも先にも直弘だけだ。
直弘のタブレットにある、GPSの位置情報を見る専用アプリを開く。
直弘が持ち歩いているGPSは契約し、月々の使用料を払って使うタイプだった。
直弘は蒼次郎の不安を軽くするためだけに、用意周到と言える準備をした。普通なら怖いと思うだろうが、蒼次郎はそれが嬉しい。
直弘の愛の重さが、愛おしい。そして、愛おしさで直弘が恋しい。
アプリを操作し、直弘の位置情報を見る。
蒼次郎はそこで思考が止まり、ようやくぽつりと言葉をこぼす。
「……変なところにいる」




