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見知らぬ男と追いかけっこをして相手を見失った二日後の夜、蒼次郎は仕事部屋で動画を投稿し、風呂に入った。
風呂上りに濡れた髪のまま仕事部屋に戻り、パソコンでSNSを開いて、固まった。
「は?」
SNSで蒼次郎が「新しく動画を投稿した」というURL付きの投稿には尋常ではない数の返信がついている。
呆気に取られていると、一緒に動画を撮ったこともある動画配信者の友人からメッセージアプリにメッセージが届いた。
「すみれの暴露動画、出てるよ。大丈夫?」
――暴露動画?
蒼次郎はあわてて動画投稿サイトに移動し、すみれのことを暴露する動画を見つけた。
「皆さんご存じのすみれには古参リスナーの彼氏がいまーす! 彼氏だよ彼氏! しかもリスナーと繋がったんだよ、アウトじゃね?」
やたらと甘い声に爽やかな表情で暴露するのは、自分が知っている男だった。
「おっ、お前かよおおおお」
暴露動画を作った主は、蒼次郎がコラボ動画を断った、以前炎上した動画配信者だった。
蒼次郎は思わず言う。
「俺は皆さんご存じの配信者じゃねえぞ! あくまでこの界隈で中堅だからな~!」
やけくそじみた声が仕事部屋に響き、パソコンの傍に置いたスマートホンには次々とメッセージを知らせる通知が届いた。
仕事部屋のゲーミングチェアに座った蒼次郎はパソコン画面を見、大きいため息を吐いた。いつかは炎上するかもしれないと思っていたが、いまか。
パソコン画面には動画投稿サイトに投稿された、ある動画の静止画が表示されている。その動画を最後まで見て、ともかく疲れた。
蒼次郎は昨日の夜、ある配信者に暴露動画を投稿され、炎上した。
無言でマウスを操作し、SNSを見る。
「すみれ炎上してんじゃん。すみれは恋愛しただけで炎上すんの?」
その投稿は蒼次郎も認知しているリスナーの一人だった。蒼次郎は呟く。
「俺も恋愛で炎上するとは思わなかった……」
昨晩投稿された動画は、すみれが男の古参リスナーと繋がったと暴露する動画だった。
炎上した配信者は昨日蒼次郎が直弘に路上で抱きしめられたところを撮影していた。
おそらく、蒼次郎を以前からつけていたのだろうと思う。そうでなければこんなにタイミングよく動画を投稿できない。
車から蒼次郎を守ろうと咄嗟に動いた直弘に向かって蒼次郎は、たんぽぽと呼んだ。その呼び名から調べ、たんぽぽが蒼次郎の古参リスナーだと突き止めたのだろう。
相当な労力を要したのだろうし、二人が抱きあった姿を動画に収めて二日後に暴露動画を投稿したことを考えると、仕事が早い。
――そんなに仕事ができるんなら、違うことをしろよ。
そう思ってしまう。執念によって為したことなのかもしれない。
暴露動画を投稿した配信者の男は動画の中で嬉々として「すみれは男の古参リスナーと繋がった」と話し、配信者すみれに恋愛感情を持つ「ガチ恋勢」の負の感情を煽る発言を繰り返した。
暴露動画を投稿した配信者が蒼次郎にコラボ動画の撮影の話を持ち掛けた時、蒼次郎としてはただ断っただけなのだが、それが火種になったのだろう。
説教じみたことを言った蒼次郎に反発し恨みになったのか、自身が炎上したから素っ気ない態度を取った蒼次郎を同じ目にあわせたいと思ったのか、真相は分からない。
――わからないことを想像するのはやめよう。答え合わせなんてできるわけないし。
そう思うが、どうしても気が沈む。
SNSでは暴露動画を観たガチ恋勢が怒りと憎しみを吐き出している。ここまで自分のガチ恋リスナーがいるとは思わなかったので驚いたのが正直なところだ。
「男と付き合うなよ! 女のリスナーに媚び売ったのお前だろ。降りる」
その投稿を見て蒼次郎は机の上に置いた白い羊のぬいぐるみを掴んだ。そのままゲーミングチェアからハンモックに移動し、仰向けに寝る。天井を眺めることしかできない。いま、ネットから離れたい。
「リスナーに媚びを売ったことなんていっちどもねーわあ……」
力なく呟いた。確かにライブ配信者でリスナーに恋愛感情を抱かせるような発言をする配信者もいる。
だが自分はそんなことをしていない。なのに、恋愛で炎上した。
あーあ、と呟き、手の中の羊のぬいぐるみを撫でる。頭が動かない。全てが億劫だ。
「まさか暴露されて炎上するとは……」
暴露動画を投稿した配信者の男も無傷ではないのに暴露動画を投稿したのは、配信者すみれを攻撃するためだけではない。
――暴露動画って再生数稼げるから、投稿したんだろうなあ。
動画の再生数を稼げば金も稼げる。暴露動画を投稿した件の配信者は炎上してリスナーが随分離れたとほかの同業者から聞いていた。自分を推すリスナーが離れれば稼ぎだって減ったはずだ。金に執着していたら、なおさら暴露動画を投稿する動機になる。
白い羊のぬいぐるみを指先でつつく。やってらんねえ、と呟いた蒼次郎はしばらくハンモックの上にいた。
少しだけ気力が回復し、仕事部屋からリビングに移動する。テーブルの上に置いたままだったスマートホンを見れば、メッセージアプリの未読メッセージの数を知らせる数字が見たことのない数字だった。動画配信者の界隈で広く浅い交友関係を築いているので、同業者からメッセージが届いているのだろう。返す気力がない。
薄目でメッセージを送ってきた人たちの名前を確認し、直弘とのメッセージのやりとりの履歴を読み返す。それだけでなんだか落ち着いた気持ちになるから、好きな人とのやり取りは不思議だ。
昨日の夜、炎上してすぐに直弘は電話をかけてくれ、二人で話し合った。
幸いにも暴露動画に出ていた蒼次郎と直弘が抱き合う姿の直弘の顔には、モザイクがかかっていた。体格で男だとわかる画像だが、直弘だと特定はできないだろう。
そのことに安堵した。直弘に被害が及ばないでほしい。
電話で蒼次郎が直弘に謝ると、直弘は「謝らなくていいんですよ」と言ってくれた。
「会うのは控えましょうと言いましたが、会わない期間を伸ばして様子を見ましょう。その代わり、メッセージや電話は遠慮せずください。俺もこまめに連絡しますし、蒼次郎さんからの連絡はなるべくその場で応じるようにします。電話は着信履歴があったら早めに折り返すようにします」
そこまでしなくても、と思うが、炎上して不安な気持ちのいま、自分を気遣ってくれる直弘の気持ちがありがたい。
それから直弘は言葉通り、蒼次郎がメッセージを送るとすぐに返信をくれる。いまのところ、早い時は数分で、遅くても一時間以内には返信や折り返しの電話がくる。無職とはいえ、真面目にハローワークに行っている直弘に負担がかかっているのはわかっているが、直弘に「不安を溜めてしまうほうが怖いです」と言われたので、不安な気持ちは素直にメッセージや電話で伝えるようにしている。
蒼次郎はスマートホンを置いた。今日はもう、直弘からのメッセージを確認する以外はスマートホンを見ない方がいい。
ネットに書かれていることを見ない方がいいとわかっているのに、つい気になってSNSですみれについて投稿している内容をいくつも見てしまった。
炎上するとSNSで目に入りやすいのは否定的な意見だとわかっている。自分のリスナー全員に否定されたわけではないとわかっているのに、気が重い。
――心身の健康のためにも、SNSを見るのをやめよう。それだけじゃなくて、ネットそのものから離れよう。
そう決意し、その日は直弘が来るまで動画配信サービスで映画を観ることにした。去年公開された人気作を選んだが全く集中できず、たまたま家にあったポップコーンをかみ砕きながらなんとか最初から最後まで観た。




