第5話【届かない理由】揺れる読者、揺れる読み方
この分類は、どこかでうまく機能している。
でも同時に、どこかで確実にズレる。
その違和感の正体を考えると、
一つのことに行き着く。
——人は、そんなに単純ではない。
当たり前のことのようでいて、
実際には見落としがちな前提だった。
「この人は、こういうタイプ」
そう言い切りたくなる気持ちはある。
分類した方が、理解しやすいからだ。
でも、実際の人間は、
そんなふうに固定されていない。
同じ人でも、読むタイミングによって変わる。
疲れている時は、
何も考えずに読めるものを求めるかもしれない。
逆に、余裕がある時は、
重たいテーマにじっくり向き合いたくなるかもしれない。
あるいは、年齢や経験によっても変わる。
昔は気づかなかった登場人物の感情が、
ある時、急に理解できるようになることがある。
それは、自分の中に、
似たような経験が積み重なったからだ。
つまり、人は一つの“タイプ”を持っているのではなく、
いくつもの“状態”を行き来している。
その時々で、どの状態にいるかが変わる。
そう考えると、「Yesの数」というのは、
その人の本質を示しているわけではない。
ただ、その瞬間の「読みのモード」を、
ざっくりと表しているにすぎない。
さらに言えば、
同じ作品でも、読むモードによって見え方が変わる。
物語として楽しむこともできるし、
構造として読み解くこともできる。
感情に寄り添うこともできるし、
一歩引いて観察することもできる。
どの読み方が正しい、ということではない。
ただ、その人が、
その時どのモードで読んでいるか——それだけだ。
ここまで考えて、
ようやく腑に落ちた。
この分類は、間違っているわけではない。
ただ、「人を分類するもの」として使うには、
少し乱暴。
むしろこれは、
人が今、どこにいるのかを示す
「仮の地図」のようなものなのではないか。
完全ではない。
正確でもない。
でも、何もないよりは、少しだけ現在地がわかる。
そういうものだと考えた方が、しっくりくる。
そして、もう一つ気づいたことがある。
自分が書いている作品は、
この地図の中で、かなり偏った場所にあると思っていた。
つまり「7」の領域。
深く考えたい人、
内面を追いたい人、
余韻を求める人に向けて書かれていると思っていた。
「彼女の計画」は、主観的には、「7」と評価する。
しかし、読み手の読むモードや捉え方一つで、内省的な物語が、不倫・監視の物語に変わる。
そして、自分の作品であっても、他の作家の作品との相対比較で並べてみると、結果は違ってみえてきた。
これは、良し悪しの問題ではない。
一方、タイプ「7」だから尖っているとも言いきれない。
そう考えた時、
少しだけ立ち止まった。
分類はできる。
だが、その人が“どう読むか”までは、分類できない。




