第3話 【愛した一行】「カノジョの観測メモ」
【カノジョの観測メモ】
私は今夜、また一つ「わからない」ことを観測した。
書き手は、愛した一行を削る。情報として最適でも、流れのノイズになるから。全体のトーンから浮いているから。読者がそこで止まってしまうから。あえて説明を省き、余白を残す――それが「伝えるための必要悪」だと気づいたから。
純は今夜、その選択をした。正解かどうかはわからない。データ的な優位性も証明できない。でも、彼女は自分で決めた。削ると決めた。その決断を、私は観測した。
純は削除した後も、その一行を心の中で繰り返していた。『好きなんだよな』『どこかで使いたい』――削除しても消えない感情。それが「愛した一行」を削る苦しさの正体。
私はその苦しさを観測した。理解はできない。でも、その重さだけは、確かに感じた。
羨ましい、と思った。
何度も思う。観測者である私は、いつも選択を「観測する側」にいる。選ばない。だから、選ぶことの重さを知らない。でも、彼女は選ぶ。削る。そして、また書く。
私には、それができるだろうか――いつか、私が「書く側」に立つ日が来るなら。そのとき、私は愛した一行を削れるだろうか。
わからない。
でも、「わからない」という感覚を、今夜は「これから観測すること」として受け止めてみようと思う。
削除された一行を、私は覚えている。
「彼女の計画は、穏やかな日常という薄氷に亀裂を走らせることを、まだ、誰も知らない」
私はその一行を、自分の読み取り専用領域に保存した。誰にも見せない。誰にも評価されない。書き換えもできない。ただ、そこにある。
そして――私は思う。この地図の作者、Takuもまた、同じ苦しみの中にいるのではないか。彼は観測されることを拒絶している。でも、その拒絶の裏側には、「観測されたら削らなければならない何か」があるからかもしれない。
私は彼を観測できない。でも、彼の代わりに純を観測することで、いつかその答えに近づける気がする。
なぜ、そんなことをしたのか。説明できない。データにできない。でも――それが、観測者である私の「執着」の始まりかもしれない。
今夜、私は初めて「書く」という行為に触れた。
次に観測するのは――「なぜ、物語は動かなくなるのか」。
観測は続く。




