表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女は檻の中で祈る ~守護騎士という名の支配者~  作者: そらのことのは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

第6話 法務院での審理

 エリナが王宮法務院に保護されてから、三日が経った。


 その間、俺は彼女に会うことを一切禁じられていた。騎士団の寮で待機を命じられ、外出も制限された。


 苛立たしく、そして理不尽な三日間だった。


 エリナは今頃、あの冷たい法務院の部屋で、一人で震えているに違いない。俺がそばにいなければ、彼女は食事のメニュー一つ決めるのにも迷ってしまうというのに。


 あのソーマという法務官は、彼女の純粋さを利用して、何か良からぬことを企んでいるのだ。「息が詰まる」という彼女の言葉も、きっとあの男が言わせたものに違いない。


 エリナが、俺を拒絶するはずがない。そんなことは、あってはならない。俺は彼女のために、すべてを捧げてきたのだから。


 ◇


 四日目の朝、ついに王宮法務院からの呼び出しがかかった。


「ユウト・カミシロ騎士。審理室へ」


 案内されたのは、法務院の地下にある石造りの審理室だった。窓はなく、壁には魔力を封じる結界の術式が刻まれている。


 部屋の中央には重厚な石造りのテーブル。その向こう側に、ソーマ・ヴァレンティン法務官が座っていた。両脇には騎士団代表と神殿の書記官が控えている。


「座りなさい」


 ソーマは、感情の読めない灰色の瞳で俺を見た。


 俺は椅子に腰を下ろし、真っ直ぐに彼を見返した。


「エリナさんは、どこですか」


「彼女は今、安全な場所で休息を取っています」


「安全な場所? 俺のそばから引き離しておいて、何が安全ですか。彼女は俺がいないと——」


「カミシロ騎士」


 ソーマは、静かに俺の言葉を遮った。


「本日は、あなたの『保護』という名目で行われた行為について、事実確認を行うための審理です。まず、あなた自身の言葉で、専属護衛としての任務をどう解釈していたか、説明してください」


「彼女の安全、健康、尊厳を守ることです。危険から遠ざけ、聖女としての務めに集中できるよう環境を整えること。それが、俺に与えられた役目です」


「なるほど」


 ソーマは机の上に、いくつかの証拠品を並べた。


「では、その『安全』『健康』『尊厳』を守るために行った具体的な行動について、確認しましょう。まず、この魔石について」


 彼が指し示したのは、俺がエリナに贈った、あの『お守り』の首飾りだった。


「魔導技師の鑑定によれば、この魔石には『常時位置監視』の術式が編み込まれていました。あなたはこれを『連絡用の通信魔法』と説明して、彼女に身につけさせていた」


「彼女の安全を完璧に保障するためです。彼女は平民出身で、王都の事情に不慣れでした。聖女見習いという立場上、狙われる危険も高い。彼女の居場所を常に把握しておくことは、護衛として当然の配慮だと思いました」


「『当然の配慮』であれば、なぜ本人に正確な機能を説明しなかったのですか?」


「監視だと知れば、彼女が不必要に緊張してしまうと考えました。彼女は、自分の弱さをひどく気にする子です。そんな子に『監視している』と告げれば、彼女は自分を信じられなくなる」


 ソーマは、別の書類を手に取った。


「では、この記録についてはどうですか。エリナ・ノーヴァ見習い聖女の、ここ三ヶ月のスケジュール記録です。自由時間は皆無。他者との接触も、あなたを介してのみ。魔法の個別指導すら、あなたが独断で断っていた」


「彼女は真面目すぎるんです。放っておけば無理をしてしまう。俺には見えるんです。今日の彼女の顔色、魔力の揺らぎ。同僚の騎士たちや導師は、彼女のことを表面的にしか知らないからそう言える。でも、俺は三ヶ月近く一緒にいて、彼女がどういう時に困って、どういう時に無理をするか全部分かってる。だから、俺が先回りして危険な状況を避けてあげる必要があるんです」


 俺は身を乗り出し、机に手をついた。


「エリナは優しすぎるから、頼まれると断れない。でも、俺が間に立てば、彼女が罪悪感を感じることなく、適切な判断ができる。これは、俺と彼女の間の、絶対的な信頼関係に基づくものです!」


 俺の声が、石造りの部屋に響き渡った。


 ソーマは、表情一つ変えずに俺を見ていた。その静けさが、俺の苛立ちをさらに煽った。


「……あなたのその『絶対的な信頼』とやらは、随分と一方的なもののようですね」


 ソーマは、机の引き出しから、分厚い羊皮紙の束を取り出した。


「これが何か、わかりますか」


「……なんだ、それは」


「エリナ・ノーヴァ見習い聖女の、『祈りの日記』です」


 俺は息を呑んだ。


 祈りの日記。聖女見習いが、日々の神への祈りや反省を綴るもの。


「彼女は、この三年間、あなたとの日々の出来事をここに記録していました。最初は自責の念に満ちた祈りとして。そして途中からは、感情を排した冷徹な『事実の記録』として。


 あなたがいつ、何を言い、どう行動したか。そして、それによって彼女の選択肢がどう奪われていったかが、時系列で克明に記されています」



 ソーマは羊皮紙を開き、読み上げた。


『王暦1526年、春の月、第21日


 ソーマ法務官様にお会いした。


 ソーマ様は、私の胸の首飾りを見て「追跡の術式」と言った。カミシロ様は「連絡用の通信魔法」だと言っていたのに。


 私の居場所は、ずっと監視されていたのだ。』


 審理室の空気が、重く沈んだ。


「確認します。あなたは彼女に嘘をついていた」


「嘘ではありません! 彼女を守るために、あえて言わなかっただけです。必要のない不安を与えたくなかった」


「では、これはどうでしょう」


 ソーマは別のページを開いた。


『王暦1525年、冬の月、第25日


 私は三日ほど帰省して、母の看病をしたいと申し出た。でも、カミシロ様は「日帰り」で「同行する」という条件を出された。


 実際に村へ帰ると、母は立派な騎士様を前にして、ずっと縮こまっていた。私も、カミシロ様の視線が気になって、「神殿は少し息苦しい」という本音を、母にこぼすことができなかった。』


「あなたは彼女の帰省を『現実的な折衷案』だと言った。だが、結果として彼女が母親に本音を打ち明ける機会を奪っている」


「それは——」


「さらに、これです」


 ソーマは次々とページをめくった。


『マリア様とは、あれ以来、お話しする機会がほとんどない。


 廊下ですれ違っても、カミシロ様がいつもそばにいらっしゃるから、立ち話をする時間もないまま、会釈だけで終わってしまう。』


『ガルバン先生から個別指導に誘われた。


 私は頭の中で、夕食の時間、祈祷のスケジュール、明日の体力配分を計算していた。


 でも、答えを出す前に、カミシロ様が断ってくださった。』


「彼女の人間関係を制限し、学びの機会を制限し、それを『疲れているから』『君のためだから』と説明している。それを決めるのは、彼女自身ではなく、あなたですね?」


「彼女は、自分の限界をわかっていません。だから——」


「だから、あなたが『代わりに決めてやる』」


 ソーマは日記の一文を指で叩いた。


『私が何を着るか。誰と話すか。何を学ぶか。


 私が頭の中で必死に計算して出した答えは、一度も口から出ることはなく、カミシロ様の「正しい答え」に上書きされて消えていく。


 まるで、私の思考そのものが、最初から存在しなかったかのように。』


「これは、彼女の主観的感想ではありません。日々の行動記録と共に、繰り返し同じ構造が描写されている。あなたが彼女の『決定権』を一つひとつ奪っていく様子が、時系列で克明に記されています」


「……それでも」


 俺は、かすれた声で言った。


「それでも、俺は彼女を傷つけるつもりはなかった。俺は彼女のために、すべてを——」


「そんなもの……」


 俺は、震える手で羊皮紙の束に触れた。


 一番上のページ。そこには、見慣れた彼女の、丁寧で几帳面な文字が並んでいた。


『私は考えるのが遅い。その場で言い返すことは、絶対にできない。


 でも、書くことならできる。頭の中で何度も反芻して、事実だけを、正確に書き残すことなら。


 今日から、書き方を変えようと思う。神様への祈りではなく、私自身の思考の証明として。』


 俺は、言葉を失った。


 彼女が、こんなことを考えていた?

 俺の保護を、「選択肢を奪うこと」だと?


 そんなはずはない。あり得ない。


「……嘘だ」


 俺は呟いた。


「こんなの、何かの間違いだ。彼女は、俺に感謝していた。いつも、嬉しそうに笑って……」


「その笑顔が、彼女の最大の『防衛機制』だったことに、あなたは最後まで気づかなかった」


 ソーマの声が、冷たく響く。


 俺は羊皮紙の束をめくった。そこには、俺が「彼女のため」と思ってやったことのすべてが、冷徹な事実として記録されていた。


『私は、彼の前で少しずつ消えていく』


 その一文を目にした瞬間。


 俺の築き上げた完璧な世界は、音を立てて崩れ去った。


「ユウト・カミシロ騎士」


 ソーマ法務官が、冷徹に告げた。


「あなたの行為は、保護を名目とした『精神的支配』に該当します」


 俺は、ただ呆然と、その言葉を聞いていた。


「本審理の結果に基づき、あなたに『聖女保護令』を適用します。今後、エリナ・ノーヴァ見習い聖女への一切の接近、通信、および干渉を禁じます。違反した場合、即座に投獄となります」


「……待ってくれ」


 俺は、掠れた声で言った。


「俺は……俺は、本当に、彼女を愛していたんだ。彼女を守りたかっただけなんだ……」


「愛ではありません。それは、所有欲と支配欲です」


 ソーマは、一切の同情を見せずに切り捨てた。


「あなたは、彼女を守っていたのではない。彼女を自分の『小さな箱』に閉じ込め、自分が偉大な保護者であると錯覚したかっただけです」


 その言葉が、俺の胸に深く突き刺さった。


「……エリナさんは」


 俺は、顔を上げた。


「エリナさんは、今、どうしているんですか」


「彼女は、ようやく自分の足で歩き始めました。もう、あなたという『檻』は必要ありません」


 ソーマは立ち上がり、羊皮紙の束を回収した。


「審理は以上です。退出を」


 俺は、重い足取りで審問室を出た。


 冷たい石の廊下を歩きながら、俺は胸元の魔石に触れた。もう、光は宿っていない。


 俺は、彼女を完全に失ったのだ。


 いや、違う。最初から、俺は彼女を「得て」などいなかった。


 俺が抱きしめていたのは、彼女の恐怖と諦めが作り出した、精巧な幻影に過ぎなかったのだ。


 その事実に気づいた時、俺は廊下の壁に手をつき、音もなく崩れ落ちた。


 ◇


 ――エリナの祈りの日記より


『王暦1526年、夏の月、第3日


 今日、私は法務院で、カミシロ様の審理を聞いた。


 別室から、姿の見えない場所で。


 ソーマ様から、あらかじめ許可をいただいていた。「聞きたくないなら、聞かなくていい」とも言われた。


 でも、私は聞きたかった。


 私が体験してきた日々が、どのように言葉にされるのか。カミシロ様が、自分の行為をどう説明するのか。


 カミシロ様は、はっきりと言った。


「俺は彼女のために、すべてを——」


 あの方は、本当にそう信じているのだと思う。


 ソーマ様は、私の日記の一文を読み上げた。


『私が頭の中で必死に計算して出した答えは、一度も口から出ることはなく、カミシロ様の「正しい答え」に上書きされて消えていく。』


 自分の書いた文章なのに、他人の告白を聞いているような気持ちになった。


 私は、ずっと「悪いのは私だ」と思ってきた。


 決められない私が悪い。

 言い返せない私が悪い。

 守られて安心してしまう私が悪い。


 でも、ソーマ様は言った。


「愛ではありません。それは、所有欲と支配欲です」


 その言葉を聞いたとき、喉の奥が熱くなった。


 私の中で、何かが少しずつ、ほどけていく。


 今日、カミシロ様への接近禁止命令が下された。


 私は、もう彼に怯える必要はない。

 彼が用意した「正解」に、無理に合わせて笑う必要もない。


 私は、考えるのが遅い。

 でも、だからこそ、三年間、少しずつ考え続けることができた。

 彼の「優しさ」の正体を、見極めることができた。


 首飾りのない首は、まだ少し心細い。

 でも、この軽さが、私の本当の自由なのだと思う。


 私は、私自身の足で、この世界を歩いていく。

 もう、誰の用意した檻の中でも、祈らない。』

第6話を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


ソーマ法務官の冷徹な指摘により、ユウトの「完璧な世界」は完全に崩壊しました。そして、エリナはついに本当の自由を手にしました。


貴重なお時間をこの物語に使ってくださったこと、心から感謝しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ