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聖女は檻の中で祈る ~守護騎士という名の支配者~  作者: そらのことのは


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第7話 騎士の失墜と聖女の解放

 聖女保護令の通達から、一週間が経った。


 その間、俺は騎士団本部の一室に「待機」を命じられていた。実質的な軟禁だった。外出は制限され、訓練にも出られず、剣にも触れてはいけないと言われた。


 胸元の魔石は、あの日の審理の後、ソーマ法務官の命で取り外された。机の上に置かれたそれは、今はただの青い石に過ぎない。どれだけ魔力を流し込もうとしても、二度と灯ることはなかった。


 俺は、初めて、本当に何も守れない場所にいた。


 守る相手も、守る資格も、もうどこにも残っていない。


 ◇


「カミシロ。総長室だ。来い」


 七日目の朝、扉が開き、上官の一人が無表情にそう告げた。


 騎士団総長室。中に入ると、騎士団総長と、副団長数名が席についていた。部屋の隅には、大神殿の神官と、王宮法務院の書記官も控えている。そして——第一部隊のレオン先輩の姿もあった。


 中心の机には、一通の封書と、一枚の羊皮紙が置かれていた。


「掛けなくていい」


 総長は短く言った。俺は直立の姿勢を保った。


「王宮法務院からの正式な通達は、すでにお前も聞いているな」


「……はい」


「それとは別に、騎士団としての判断を伝える。ユウト・カミシロ。お前の、聖女エリナ・ノーヴァ見習いに対する一連の行為は、王国法に照らしても、騎士団規律に照らしても、決して看過できるものではない」


 淡々とした声だった。怒りも、嘆きもなく、ただ事務的に「事実」だけを告げていた。


「弁明はあるか」


 弁明。三日前の法務院で、俺はすでに全てを話した。俺なりの理屈を、俺なりの「正しさ」を。


 だが今、喉には何も引っかかってこなかった。


「……ありません」


「王国騎士団規定に基づき、ユウト・カミシロに対し、以下の処分を下す。一つ、騎士位を剥奪する。二つ、今後一切の聖職者護衛任務への関与を禁じる。三つ、王都からの永久追放を命ずる」


 騎士位剥奪。永久追放。


 その言葉を、どこか遠くで聞いているような感覚だった。


「……了解しました」


 自分の声が、ひどく小さく聞こえた。


「カミシロ」


 背後から声がした。レオン先輩だった。いつも飄々としている彼の顔から、今日は一切の笑みが消えていた。


「お前が守りたかったのは、ノーヴァじゃない」


 レオンの言葉は、静かだが、鋭い刃のように俺の胸を突いた。


「何の後ろ盾もない五男坊のお前が、唯一『自分は特別だ』と錯覚できる場所。それが、右も左もわからない平民出身の少女の隣だった。


 お前はノーヴァを守っていたんじゃない。ノーヴァに依存されている自分を守っていただけだ。空っぽな自尊心を、彼女に埋めさせていただけだよ」


「……っ!」


「俺たちも、導師たちも、お前の異常性には気づいていた。だが、お前が巧妙に『護衛の義務』という建前を使うから、彼女自身が『証拠』を突きつけるまで手が出せなかったんだ。……吐き気がするよ、お前のその『優しさ』には」


 軽蔑しきったレオンの視線に、俺は返す言葉を見つけられなかった。


 俺は、騎士の証であるマントと徽章を机の上に置き、無言で部屋を退出した。


 ◇


 荷物をまとめるのに、時間はかからなかった。元々、カミシロ家から持ってきた財産など何もない。数着の平服と、少しの路銀だけを鞄に詰める。


 机の上には、あの青い魔石が転がっていた。もう光を失った、ただの冷たい石。


 俺はそれを手に取ろうとして——やめた。もう、この石が彼女の居場所を教えてくれることは、二度とないのだ。


 寮を出て、王都の正門へと向かう。誰一人として、俺を見送る者はいなかった。当然だ。俺は「聖女を精神的に支配し、私物化しようとした罪人」なのだから。


 正門へ続く大通りの途中、大神殿の中庭が見える場所を通った。俺は無意識に足を止め、鉄柵越しに、かつて俺が支配していた「完璧な世界」を覗き込んだ。


 初夏の陽射しが降り注ぐ中庭。噴水のそばに、白い聖女見習いの衣装を着た少女がいた。


 エリナだった。


 彼女の隣には、マリア・フェルナンド。そして、少し離れた場所には、新しい護衛と思われる女性騎士が、適切な距離を保って立っている。


「ねえエリナ、この後の座学、一緒に図書室で予習しない?」


 マリアの声が、風に乗って微かに聞こえた。


 エリナは、すぐに返事をしなかった。視線を少しだけ宙に泳がせ、瞬きをする。頭の中で、スケジュールの確認や、自分の体調、その後の予定を計算しているのだろう。


 三秒、四秒、五秒。


 俺なら、ここで「彼女は疲れているから」と答えを代行していただろう。彼女を迷わせないために。彼女を困らせないために。


 だが、マリアも、新しい女性騎士も、何も言わなかった。ただ穏やかに微笑みながら、エリナが自分自身の言葉を見つけるのを、静かに待っていた。


 やがて、エリナは顔を上げ、マリアを真っ直ぐに見た。


「……うん。一緒に行きたい。でも、その前に少しだけ、中庭を歩いてもいいかな。風が、とても気持ちいいから」


「もちろん! 付き合うわ」


 マリアが笑い、エリナも笑った。


 その笑顔は、俺の隣で見せていた「完璧な角度の、防衛のための微笑み」ではなかった。少し不器用で、でも、心からの純粋な喜びに満ちた、年相応の少女の笑顔だった。


 彼女の首元には、銀の鎖はもうない。代わりに、少し色褪せた青いリボンが、初夏の風にふわりと揺れていた。


 俺の喉の奥から、乾いた音が漏れた。


 彼女は、俺がいなくても笑えるのだ。俺がいなくても、自分で考え、自分で選び、自分の足で歩いていけるのだ。


 俺が「彼女のため」と言い聞かせて奪っていたものは、彼女がこの世界で息をするための、大切な時間だった。


 俺は、鉄柵からゆっくりと手を離した。もう、俺が彼女の視界に入るべきではない。


 俺は背を向け、王都の門へと歩き出した。二度と、この街に戻ることはない。


 カミシロ子爵家の五男。領地もなく、騎士位も失った、何者でもないただの男。それが、俺の本当の姿だった。


 結局、俺が一番知らなかったのは、彼女ではなく、このどうしようもなく空っぽな自分自身の姿だったのだ。


 ◇


 ――エリナの祈りの日記より


『王暦1526年、夏の月、第30日


 カミシロ様が王都を去ってから、もうすぐ一ヶ月が経つ。


 私の新しい護衛には、カレン様という女性騎士が就いてくださった。カレン様は、私に何も強制しない。


「私はあなたの盾ですが、あなたの頭脳ではありません。どうしたいかは、ご自身で決めてください。私はそれに従い、お守りします」


 最初にそう言われた時、私は少しだけ戸惑った。自分で決めることは、まだ少しだけ怖い。間違えてしまうかもしれないから。


 でも、私が答えを出すのにどれだけ時間がかかっても、カレン様も、マリア様も、ガルバン先生も、誰も私を急かさない。「ゆっくりでいいよ」と言って、私の言葉を待ってくれる。


 待ってもらえるということが、こんなにも温かくて、安心するものだとは知らなかった。


 最近、ご飯が美味しく感じるようになった。ぶかぶかだった衣装も、少しずつ体に合うようになってきた。魔法の調子も、驚くほど良い。浄化の光は、以前よりもずっと澄んでいて、温かい。


 鏡の前で、笑顔の練習をする必要もなくなった。嬉しい時に笑い、悲しい時に泣き、迷った時に黙る。そんな当たり前のことが、今はとても愛おしい。


 私は、考えるのが遅い。でも、それは決して悪いことではないのだと、ソーマ様が教えてくれた。


「深く考えられるということは、それだけ他者の痛みに寄り添えるということです。それは、聖女にとって最も大切な資質ですよ」


 その言葉を胸に刻んで、私はこれからも、私のペースで歩いていこうと思う。自分の頭で考え、自分の言葉で話し、自分の足で、この広い世界を。


 今日で、この祈りの記録は「証拠」としての役目を終える。


 明日からは、また本来の「祈りの日記」に戻そう。私を助けてくれた人たちへの感謝と、これからの私の成長を、神様にご報告するために。


 首元で揺れる、母の青いリボンに触れる。とても、息がしやすい。


 空は青く、どこまでも高く澄み渡っている。


 私は、私自身の足で、この世界を歩いていく。もう、誰の用意した檻の中でも、祈らない。


 でも、自分で選んだこの場所でなら、何度でも祈りたいと思う。』


『聖女は檻の中で祈る ~守護騎士という名の支配者~』

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


「君のため」という言葉が持つ暴力性と、そこからの解放を描いたこの物語。ユウトは最後まで自分の何が間違っていたのか完全には理解できなかったかもしれませんが、「自分がいなくても彼女は幸せである」という事実を突きつけられることが、彼にとって最大の現実だったのだと思います。


そしてエリナは、自分の「考えるのが遅い」という性質を否定せず、それを受け入れてくれる人たちと共に、新しい一歩を踏み出しました。


重く息苦しい展開が続きましたが、最後までお付き合いいただいた読者の皆様の存在が、執筆の大きな支えとなりました。


あなたの貴重なお時間をこの物語に分けてくださり、心から感謝申し上げます。

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