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神様、今日も転生者を眺めています  作者: 仲村千夏


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能力:幸福演算

 白光の中、少年が立っていた。

 目には純粋な好奇心と、世界をより良くしたいという意志が宿っている。


「よかろう、汝に問う。望む力は何か?」

 威厳ある声が響く。

 神である私は、今日もひとつの魂に転生の機会を与える。


「……人々の幸福を計算して、最善の形で与えられる力がほしいです」

 少年は少し考え、やがて小さく頷く。

 その瞳には覚悟と希望が混じっている。


「なるほど、《幸福演算》か」

 掌から淡い光が伸び、少年の胸に吸い込まれる。

 瞬間、少年の視界が光で満たされ、心が微かに震えた。


「汝に授けるは《幸福演算》。

 世界の人々の幸福を計算し、最適な結果を導く力だ。

 だが注意せよ——幸福は単純ではない。時に犠牲や選択を伴う。全てを思い通りにはできぬ。」


 少年は小さく頷き、拳を握る。

 胸に芽生えた力は、温かくも重い光だった。


「行け、新しき世界へ。

 幸福を導く者よ、その計算が世界に影響を与えるだろう。

 だが、全てを掌握することは不可能だ——覚えておくがよい」


 光が弾け、少年は消えた。

 私は背もたれに沈み、同僚神に目を向ける。


「さて……どこまで世界を幸せにできるか、楽しみだな」

 同僚神は肩を竦め、コーヒーを一口。

 またひとつ、新しい物語が始まった。


 眩しい光が収まると、少年――リオンは柔らかな土の感触を足に感じた。

 見渡す限り、緑の丘と青い空。遠くに点在する家々の屋根からは、白い煙がゆるやかに立ち昇っている。

 胸の奥に宿る光が、静かに鼓動を打った。


「ここが……異世界……」

 呟いた声が風に溶ける。

 神より授かった力、《幸福演算》。

 人の幸福を“数値”として計算し、最善の形に導く力。


 リオンは深呼吸をして、そっと目を閉じた。

 次の瞬間、視界の裏側に膨大な情報が流れ込んでくる。


 幸福値:村人A=53。村人B=77。老婆=28。子供=61。

 すべての人間の心の状態が、数字と数式として彼の意識に浮かんでいく。

 風の流れ、草の香り、笑い声――その全てが“幸福のデータ”として脈動していた。


「……みんな、少しずつ足りないんだ」

 リオンは光に導かれるように、村の方へ歩き出す。


 最初に目に留まったのは、小さな畑で一人黙々と鍬を振るう老婆だった。

 腰を痛めているのか、動きが重く、顔には疲労と孤独の影が落ちている。

 幸福値:28。


 リオンはしゃがみ込み、彼女の手から鍬を受け取った。

「お手伝いしてもいいですか?」

 驚く老婆に笑いかけながら、彼は心の中で演算を始める。


 ──《幸福演算・起動》。

 老婆の過去、思考、感情を要素として解析。

 幸福を最大化する要因は「記憶の再結合」。


「……なるほど」

 リオンが手をかざすと、淡い光が老婆を包む。

 彼女の脳裏に、亡き孫と過ごした日々の情景が蘇った。

 土の匂い、子供の笑い声、日だまりのぬくもり。


「あら……懐かしい……」

 老婆の目尻に涙が滲む。

 幸福値:28→61。


「よかった……成功だ」

 リオンは安堵の息を漏らしたが、その瞬間、別の数値が僅かに揺らいだ。

 村の中心部、複数の人々の幸福値が微妙に下降している。


「……まさか、誰かを幸せにすると他の誰かが少し不幸になる……?」

 彼は唇を噛んだ。


 それでもリオンは歩みを止めなかった。

 迷子の子供を母親のもとへ導き、商人の誤解を解き、争う青年たちに和解のきっかけを与える。

 そのたびに幸福の光が街に満ち、笑顔が増えていく。


 けれど、リオンの視界には見逃せない「歪み」があった。

 幸福値の上昇に比例して、どこか別の地点に黒い数式が積み上がっていく。


 村の外れ、荒野に近い小屋。

 その場所に、異常値。


 幸福値:−214。


 リオンの脳裏に、低い警告音のようなノイズが響く。

「……これは、何だ?」


 黒い数式は、まるで他人の幸福を吸い取るように波打っていた。

 幸福を分配するたびに、その男の値がさらにマイナスへ沈んでいく。


 リオンは拳を握りしめ、決意を固める。

「行かなきゃ。……放っておけない」


 少年の瞳が、光を宿した。

 幸福を求めるその足取りが、ゆっくりと“負の幸福”へと向かっていく。


 村の外れ、小さな小屋は風に晒されて軋んでいた。

 リオンは胸に手を当て、《幸福演算》を起動する。

 瞬時に、膨大な情報が頭の中に流れ込んだ。


 対象:男・年齢推定三十代前半。

 幸福値:−214。

 感情状態:憎悪、喪失、孤立、諦観。

 過去の因果関係を解析中──


 映像のように、男の記憶がリオンの中に広がる。


 男はかつて村の医者だった。

 病を癒やし、人々を助けてきた。

 だが数年前、ある流行病の治療で判断を誤り、患者の半数を失った。

 人々は彼を責め、家族までが彼を遠ざけた。


「……自分が、幸せにしようとした人たちに……」

 リオンは息を呑む。

 その瞬間、頭の中で幸福値の式が暴れ始めた。


 この男を“幸せ”にするには?

 最も効率的な演算結果は──“他者の不幸”を吸収し、均衡を取ること。


「そんなの、できない……!」

 リオンの心が拒絶する。

 しかし《幸福演算》は冷徹に答えを示し続けた。


 “幸福とは、差分である。”

 “誰かが満たされると、誰かが欠ける。”

 “世界全体の幸福総量は一定である。”


「そんなはず、ない!」

 リオンは頭を抱えた。

 光の演算式が暴走し、周囲の空気が歪む。

 幸福値が急速に振動し、村全体の幸福が揺れ動いた。


 泣く子供、言い争う商人、倒れる老婆。

 彼が施した“幸福”が、今度は“均衡”として崩れ始めていた。


「やめろっ……止まってくれ!」

 叫びと共に、リオンは男の小屋の扉を開け放った。


 中では、男が静かに微笑んでいた。

「来たか。……お前が“幸福の均衡”を崩したんだな」


 リオンの身体が震えた。

「あなたは……この状況を知ってるの?」


 男は首を横に振る。

「知らない。でも、わかる。幸福なんて、誰かが不幸になることでしか生まれない」


 リオンは言葉を失った。

 その瞬間、《幸福演算》が再び反応する。

 演算結果:

 ――“この男を救うには、誰かの幸福を奪う必要がある。”


「……そんな選択、できるわけない」

 リオンの声が震えた。


 しかし次の瞬間、村の幸福値が一斉に下がり始めた。

 誰かが笑えば、別の誰かが泣く。

 少年が希望を与えた分だけ、世界は静かに疲弊していく。


 リオンは歯を食いしばった。

「それでも……俺は、信じたい。

 “みんなが幸せになれる”世界を……俺が、計算してみせる!」


 両手を掲げ、全ての幸福値を再演算する。

 だがその数式の奥で、神々の観測窓が静かに開いた。


 ◇


「おや……動いたな」

 私――神は軽く眉を上げた。

 演算式の神界スクリーンに、光と闇がせめぎ合っている。

 同僚神が苦笑を浮かべ、コーヒーを啜る。


「またか。君の転生者は、理想を信じすぎるんだ」

「それが面白いのさ。……“幸福”とは、果たして総和なのか、それとも連鎖なのか」


 私は静かに呟いた。

 リオンという名の少年が、まだ答えのない方程式に挑み続けている。


 世界は、光と影の境界で揺れていた。


 リオンは村の中央に立ち、全ての幸福値を同時に演算していた。

 空には数式が浮かび、地には光の線が走る。

 まるで世界そのものが、巨大な方程式になったかのようだった。


「このままじゃ……誰も救えない……」

 額から汗が落ちる。

 《幸福演算》が導き出す答えはいつも、冷たく均衡している。

 誰かを救えば、誰かが沈む。

 幸福の総和はゼロ。


 ――その均衡を破らない限り、真の幸福は訪れない。


 リオンは深く息を吸い込み、最後の演算を始めた。

 村人一人ひとりの記憶、想い、喪失、願い。

 そして自分自身の幸福値も、その数列の中に加える。


「……俺の幸福を、全部……渡す」


 瞬間、世界が白く弾けた。

 光が村を包み、泣いていた子供が笑い出す。

 争っていた青年たちが互いの手を取り、老婆の顔に穏やかな笑みが戻る。

 幸福値が、均衡を破って上昇していく。


 ただ一人――リオンの数値だけが、静かにゼロへと落ちていった。


 ◇


 私はその様子を上から見下ろしながら、静かに息を吐いた。

「ほう……自身を“変数”に組み込んだか」


 同僚神が眉をひそめる。

「自己犠牲で演算を完了させた……? それはもはや幸福ではないだろう」


「そうでもないさ」

 私は笑った。

「彼は“他者の幸福を見届ける”ことを幸福と定義した。

 つまり、演算上は矛盾していない。むしろ完璧な計算だ」


 神界のモニターには、静かに笑うリオンの姿が映っていた。

 風が頬を撫で、村人たちの笑い声が彼を包む。

 幸福値は穏やかに安定していた。


「これが……俺の出した答えです」

 リオンは空を見上げ、微笑んだ。

 その身体は光に溶けていく。

 まるで計算式の最後の一行が、静かに消えるように。


 ◇


「消えたな」

「……そうだな」

 同僚神は小さく息をつく。

「君の転生者は、いつもギリギリの線を歩く。だが、これは成功と言えるのか?」


「さあな。幸福とは定義できるものではない。

 だが――あの村が今、静かに笑っている。それで充分だろう」


 私は椅子の背に深く沈み込み、薄く笑った。

「《幸福演算》、か。あれはやはり“解けない方程式”だな」


 同僚神は苦笑しながらカップを置く。

「さて、次の転生者はどんな希望を語るかね」


「ふふ……それも、見届けるのが我々の仕事だ」


 光の彼方で、新たな魂の声が響く。

 ――「あなたなら、どんなスキルをくれますか?」


 私は微笑み、再び威厳を帯びた声で答える。


「よかろう、汝に問う。望む力は何か――」


 今日もまた、転生の神様はお仕事中である。

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