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神様、今日も転生者を眺めています  作者: 仲村千夏


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7/20

能力:忘却管理

 ――白。

 すべてが白で塗りつぶされた空間。

 上下も時間もなく、ただ“存在”だけがある。


 その中央に、ひとりの青年が立っていた。

 数時間前、過労で倒れ、命を落としたばかりだ。

 息苦しさも痛みもない。だが、心のどこかで理解していた。

 ――自分は、もう死んだのだと。


「目を覚ましましたか」


 低く落ち着いた声。深く重みがあり、魂へと沈む響きを持つ。

 青年が顔を上げると、そこには人の形をした光が立っていた。


 壮年の男の姿をしている。

 白髪まじりの髪、落ち着いた眼差し。

 その口調は静かで、しかし一言ごとに存在を支配する重みがあった。


「ここは……どこ、ですか?」


「あなたが次の生へ渡るための場。

 私は、その道を定める者――人の世で言うなら“神”と呼ぶでしょうか」


「……神様、ですか」


「うむ。驚くことはない。あなたの魂はまだ濁りきってはいない。

 よって、次の世界で再び生きる資格がある。

 ただし――転生には、一つ“才”を授けねばならぬ」


 神の背後に無数の光が浮かぶ。

 それぞれが文字を結び、《剣聖》《創造》《時間停止》《不死身》――夢物語のような力ばかりだ。


 神は一歩近づき、低く落ち着いた声で告げる。


「我は問う。

 汝、次の生で——何を望む?」


 青年は沈黙した。

 思い浮かぶのは、過去の労働、裏切り、失恋、後悔……。

 もし、それらを消せるなら、もう一度心から笑えるかもしれない。


「……望むのは、心を軽くして生きることです。

 痛みや後悔に縛られず、もう一度やり直したい」


「ふむ」


 神はゆっくりと頷き、掌をかざす。

 そして声に、重みと警告を込めた。


「よかろう。

 汝に授けるは、《忘却管理》。

 己の記憶を司り、選び取る力。

 だが注意せよ。忘れすぎれば人としての重みを失い、留めすぎれば苦痛に縛られる。

 力とは、使いこなす者のみが生かせるものなり」


 青年は小さく息を吐き、覚悟を決める。


「……お願いします。その力を、ください」


 光が弾け、青年の胸に吸い込まれる。

 体が透けて崩れ、やがて白の世界から消えた。


 神は静かに目を閉じ、微笑を浮かべる。


「――さて。彼は何を忘れ、何を覚えて生きるのか。

 これだから、人の魂を見送る仕事はやめられんのだよ」


 白の空間に微かな笑い声だけが響いた。

 威厳と、ほんの少しの人間臭さを併せ持つ、転生神の声だった。


 柔らかな光に包まれ、青年はゆっくりと目を開けた。

 そこは見知らぬ草原。遠くに小川が光を反射し、樹木の葉がそよぐ音が届く。

 すべてが鮮やかで、しかし現実感はどこか曖昧だった。


「ここ……?」


 口をついて出た声に、自分の体の感触が伴わないことに青年は気付く。

 筋肉の重さ、呼吸の確かさ、手のひらの温もり――すべてが、まるで夢の中のようだ。


 胸の奥に、ふわりと光が残る感覚。

 神の手が自分の魂に残したもの――《忘却管理》だ。


(あれが……力……?)


 試すように、青年は小さく目を閉じる。

 思い浮かべるのは、過去の些細な失敗。

 先輩に怒られたこと、親友に裏切られたこと、恋に臆病だった日々。

 胸の奥が重く、疼く。


「……消してみよう」


 意志を集中させると、心の中で“記憶の糸”が揺れる感覚が走った。

 痛みが、苛立ちが、軽く引き抜かれる。

 まるで厚い霧が晴れるように、胸の奥がすっきりとした。


(……軽い……。楽だ……)


 しかし、同時に小さな不安も芽生える。

 忘れるとは、単に消えることではない。

 過去の自分の一部が削られ、形が崩れるような感覚。


 恐る恐る目を開けると、足元の草が鮮やかに光り、空気の匂いが強くなった。

 まるで世界そのものが、記憶に反応しているかのようだった。


「……なるほど。力って、こういう感触か」


 青年は自分の名前を口にしたくなる。

 この世界での、自分だけの名を――


「そうだな、名前を……」


 ふと思いついた音を口に出す。


「ルイ……」


 響きは小さく、しかし胸に確かに刻まれる。

 名前と共に、世界が少し安定した気がした。

 自分という存在が、この異世界に確かに立ったのだと。


 試しに、目の前の石を思い浮かべる。

 ――かつて失った痛みも、恐れも、そこに置いていこう。

 青年は意志を集中させる。


 石が、ゆらりと光り、そしてしっかりと手応えのある形で掌に収まる。

 痛みも重みも消え、石はただの石としてそこにある。

 世界を変えたわけではない。

 ただ、心が整理されたのだ。


「……なるほど。これが、《忘却管理》か」


 軽やかな達成感が胸を満たす。

 だが同時に、脳裏に神の言葉が浮かぶ。


「忘れすぎれば人としての重みを失い、留めすぎれば苦痛に縛られる」


 ――ああ、これが注意点か。

 力は便利だ。だが、使い方を誤れば、自分の魂が崩れる。

 そう考えると、慎重にならざるを得ない。


 ルイは小さく頷いた。

 この力を使いこなすには、感情と記憶、そして判断を一つずつ丁寧に扱わねばならない。

 初めての体験は成功した。だが、それはほんの第一歩に過ぎなかった。


 遠くで鳥が鳴く。風が頬を撫でる。

 異世界の一日目は、静かに始まった。

 そして、ルイの長い旅も、今、ここから動き出す――。


 草原の朝は、透明な光で満ちていた。

 ルイはゆっくりと立ち上がり、力の感覚を確かめる。

 《忘却管理》――まだ半分も使いこなせていないが、可能性を感じていた。


 町に着くと、そこは小さな集落だった。

 人々は慌ただしく動き、誰かが怪我をしているのが見えた。


「大丈夫ですか!」


 ルイは駆け寄る。

 見れば、子供が転んで膝を擦りむき、泣き叫んでいる。

 人々は慌てて子供を慰めるが、痛みに耐えるその顔に影がある。


(よし……消そう)


 ルイは意識を集中させ、痛みの記憶を“抜く”――

 すると子供の顔から涙は消え、笑顔が戻る。

 周囲の大人も安堵の表情になった。


「……うまくいった」


 その瞬間、胸の奥がぞくりとした。

 忘れさせることはできた。しかし、自分の中の何かも一緒に消えていく感覚。

 達成感の裏に、かすかな空虚が残った。


 集落を歩くうちに、次々と小さなお願いごとが舞い込む。

 失くしたものを取り戻す手助け、悲しみを消す手助け……

 便利だ、強力だ、しかし――胸の奥で、警告が鳴る。


(忘れすぎてはいないか……?)


 昼を過ぎたころ、ルイは一人の老婆と出会った。

 数日前に夫を亡くしたばかりだという。悲嘆に暮れるその表情を見て、ルイは咄嗟に力を使った。


「……悲しみを、少しだけ和らげます」


 心に集中し、記憶の一部を抜く――

 老婆は泣きやみ、微笑みを浮かべる。

 だが、次の瞬間、ルイの胸に重さが押し寄せた。


(……やりすぎた……?)


 消した記憶は、悲しみだけでなく、彼女が夫と過ごした楽しい時間の一部も削っていた。

 その瞬間、老婆の瞳には空虚が宿る。

 喜びも痛みも、等しく失われたのだ。


 ルイは慌てて力を戻そうとする。

 しかし、《忘却管理》は消したものを完全に戻すことはできない。

 自分の判断で選び取った記憶は、二度と元には戻らないのだ。


「……っ……!」


 胸が締め付けられる。力を使えば救える、しかし使い方を誤れば傷つける――

 初めて、真のリスクを目の当たりにした。


 その夜、草原に戻ったルイは、空を見上げた。

 星々は静かに瞬き、風が頬を撫でる。


(力は……便利だ。でも……慎重に使わねば)


 胸の奥で、神の声が響くように思えた。


「忘れすぎれば人としての重みを失い、留めすぎれば苦痛に縛られる――

 力とは、使いこなす者のみが生かせるものなり」


 ルイは拳を握り、決意を新たにした。

 便利さの陰にある責任――それを背負いながら、旅は続く。

 力の限界と向き合う初めての一日が、こうして終わった。


 ルイは再び草原の丘に立っていた。

 あの日、老婆の記憶を削ってしまった苦い経験から、彼は力の使い方を学んでいた。


 《忘却管理》――

 便利で恐ろしい力。しかし、恐れるだけでは何も救えない。

 だからこそ、彼は“選択”した。

 救うべきものと、触れぬものを、胸の中で慎重に天秤にかける。


 ある日、村に戦火が迫った。

 子供たちは怯え、大人たちは逃げ惑う。

 混乱の中、ルイは記憶の波を慎重に扱い、恐怖を和らげる。

 消すのではない、心の重荷を整理して支えるのだ。


 子供たちは安心して泣き止み、村人たちは前に進む勇気を取り戻す。

 その目には、空虚はない。

 悲しみも痛みもあるが、それを受け止める心が残っていた。


(……これなら、力を生かせる)


 ルイは静かに息を吐いた。力は万能ではない。

 しかし、責任を持って選び取り、心を込めれば、確かに世界を支える手助けになる。


 夕暮れ、丘の上に腰を下ろす。

 遠くで小川が光を反射し、風が頬を撫でる。

 力の重さを知った今、彼は初めて自分の意志で生きる実感を得ていた。


 ⸻


 天界の観測室。


 水鏡の前に座る神は、微かに笑みを浮かべていた。

 その隣で、同僚の神がコーヒーを啜る。


「《忘却管理》の子か。あれは危ういねぇ」


「うむ。最初は失敗した。大切な記憶まで削ってしまった」

 神は水鏡に映るルイの姿を眺める。

 丘の上で、静かに空を見上げる青年。胸の奥には、経験と覚悟が刻まれている。


「でも、今はどうだい?」


「自らの意志で選び取り、心を込めて力を扱っている。

 悲しみを和らげつつ、空虚を生じさせずに支えることができている」


 同僚の神は、肩を竦め、笑うようにコーヒーを啜る。


「ふーん。人間らしい学習だねぇ。最初は無鉄砲でも、段々と分かってくる。

 ……まあ、そこが面白いんだろうけど」


「力は与えられた者のものだが、最終的に生かすも殺すも本人次第。

 今回の青年は、己の責任を理解しつつ使った。

 だから、救えたのだろう」


 神は水鏡に手をかざし、微かな光を波紋のように揺らした。

 ルイの背中が、光の中で静かに輝く。


「――次は誰を、どんな力で送ろうか」

 水鏡に新たな光が映る。まだ見ぬ魂が、次の世界へと落ちていく。


 同僚の神はコーヒーを啜り、淡々と呟く。


「さて、また楽しませてもらおうかね」


 威厳と、少し人間臭い余裕を併せ持つ二人の神は、今日も転生者の物語を眺めていた。

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