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神様、今日も転生者を眺めています  作者: 仲村千夏


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16/20

能力:鑑定

 白く満ちた空間に、ひとりの青年が立っていた。


 年の頃は二十前後。

 痩せた身体に、落ち着かない視線。

 死の直前まで、彼は数字のことばかり考えていた魂だ。


 我は玉座に腰掛け、静かにその魂を見下ろす。


「——我は問う。

 汝、次の生で——何を望む?」


 常套句。

 だが、魂の反応はいつも違う。


 青年は、ほとんど即答だった。


「金です」


 迷いはなかった。


「とにかく、金が欲しい。

 貧乏は嫌だ。底辺も嫌だ。

 金さえあれば、何だって手に入るでしょう?」


 同僚神が、隣で小さく鼻を鳴らす。


「正直だねぇ。最近こういうの多いよ」


 我は咎めもしない。

 願いとは、常に素直なものだ。


「よかろう。

 ならば汝に——《鑑定》を与えよう」


 青年の目が見開かれる。


「鑑定……?

 それって、強いんですか?」


「使い方次第だ」


 我は淡々と告げる。


「物、人、価値、希少性。

 汝の目には“本当の値”が映るようになる」


 光が、魂を包む。


「……それで、金持ちになれますか?」


 最後まで、彼の関心はそこだった。


「なれるかどうかは、汝の歩み次第よ」


 そう言って、我は手を振る。


 青年の魂は、新たな世界へと落ちていった。



 異世界。

 港町の裏路地で、青年は目を覚ました。


 自分の名を、彼はすぐに思い出す。

 ——レオン。


 視界の端に、文字が浮かぶ。


 《木箱:粗悪品/市場価値:銅貨3枚》

 《路上の石:魔力微弱/研磨後価値:銀貨1枚》


「……見える」


 彼は笑った。


 それは、剣も魔法も持たぬ力。

 だが、“金に変わる世界”が見える力だった。


 レオンは働いた。

 いや、稼いだ。


 価値ある物を見抜き、安く仕入れ、高く売る。

 宝石、薬草、古物、土地、人材。


 すべてが数字に変換される。


「この世界、ちょろいな」


 彼の懐は、日に日に重くなっていった。



 水鏡の前で、同僚神が肩をすくめる。


「また出たよ。“金が全て”タイプ」


「欲は原動力だ」


 我は静かに答える。


「問題は——

 その欲が、どこまで世界を見ようとするか、だ」


 鏡の中では、レオンが笑っている。


 その笑顔の裏に、

 まだ彼自身も気づいていない“歪み”を抱えながら。


 物語は、ここから動き出す。


 鑑定の力は、レオンの人生を一変させた。


 最初に変化が現れたのは、市場だった。

 彼は並べられた商品を一瞥するだけで、その「真の価値」を読み取った。宝石の内包物、金属の純度、魔道具の劣化具合、果物の鮮度――それらが、数値と簡潔な評価文として脳裏に浮かぶ。


「……これは、掘り出し物だ」


 安価な値札が付けられた石を買い占め、裏通りの鑑定商に持ち込む。結果は、希少な魔力結晶。

 その日、レオンは一月分の労働賃金を、一度の取引で稼いだ。


 次の日も、その次の日も同じだった。

 彼は外れを引かない。失敗をしない。

 商人たちは彼を「目利きの天才」と呼び、次第に特別な情報を持ち込むようになる。


 やがてレオンは、自ら店を持った。


 看板には大きくこう掲げた。


 ――高価買取・真贋保証。


 鑑定の力は、ここで真価を発揮した。

 彼の店で「本物」とされた品は、どこへ出しても高値で売れた。

 逆に「偽物」と断じられた品は、どんなに見栄えがよくとも価値を失った。


 レオンは利益を積み上げ、屋敷を構え、使用人を雇い、服装も言葉遣いも変わっていった。


 だが、その繁栄の裏で、静かな歪みが生まれていた。


 かつて彼が通っていた市場では、露店商が次々と姿を消した。

 レオンの鑑定により、「安く仕入れて高く売る」余地がなくなったからだ。


「全部、あいつのせいだ」


 そんな声が、酒場や裏路地で囁かれるようになる。


 レオン自身は気にも留めなかった。

 自分はただ、正しい価値を見抜いているだけだ。

 努力せず、勘に頼り、曖昧な商いをしていた者たちが淘汰されただけ――そう思っていた。


 だが、街の空気は確実に変わっていた。


 彼の店の前を通る人々は、視線を逸らす。

 貧しい者が持ち込んだ品に、容赦なく「価値なし」と告げる彼の態度が、いつしか冷酷だと受け取られるようになっていた。


 鑑定の力は「正しさ」しか示さない。

 だが、人は必ずしも正しさを望まない。


 レオンは金を稼ぎ続けた。

 それと同時に、知らぬ間に、街から居場所を失っていった。


 この時点で、彼はまだ気づいていなかった。

 鑑定できるのは「物」だけであり、「人の感情」や「恨み」は、数値では見えないということに。


 運命は、静かに、しかし確実にレオンの背後へと近づいていた。


 レオンの富は、もはや個人の成功の域を越えていた。


 彼の店が扱う品は、街の相場そのものを左右した。

 レオンが「価値あり」と言えば価格は跳ね上がり、「価値なし」と断じられれば市場から消えた。


 それは秩序であり、同時に支配だった。


 職人たちは彼の鑑定を恐れ、商人たちは彼の顔色を窺った。

 誰もが彼の評価を必要としながら、誰一人として彼を好きではなかった。


 ある日、街の鍛冶組合が正式に抗議を申し入れた。


「近頃、うちの製品が“質が不安定”と評価されている。

 あれでは信用が落ちる」


 レオンは、書類から顔を上げることもなく答えた。


「事実です。

 素材の配合にばらつきがある。品質管理を見直すべきでしょう」


「だが、それを公に言われては——」


「鑑定結果を偽れと?」


 その一言で、交渉は終わった。


 正しさは、常に彼の側にあった。

 だが正しさは、人を救うとは限らない。


 翌週、街の職人区で暴動が起きた。

 直接の原因は賃下げだったが、引き金になったのは、レオンの鑑定書が貼り出されたことだった。


 紙に書かれた冷淡な評価文が、怒りに油を注いだ。


「価値がないって、紙切れ一枚で言いやがって!」


「人の人生を数値で決めるな!」


 レオンの屋敷の周囲には、次第に護衛が置かれるようになった。

 夜には石が投げ込まれ、壁に汚い言葉が書かれた。


 それでもレオンは、やり方を変えなかった。


 変える理由がなかったのだ。


 彼は善悪ではなく、利益と効率で世界を見ていた。

 鑑定の力が示す“最適解”をなぞっているだけ——そう信じていた。


 だが、街は彼を「公平な鑑定士」ではなく、「すべてを見透かす冷酷な支配者」として見るようになっていた。


 そして、ある夜。


 酒場の奥、灯りの届かぬ席で、数人の男が集まった。


「……もう限界だ」


「あいつがいる限り、俺たちは這い上がれない」


「神はあいつに力を与えたかもしれんが……」


 短い沈黙のあと、誰かが言った。


「——人は、神じゃない」


 決断は静かに下された。


 報酬は、街の底辺にいる者たちからかき集められた。

 失業した職人、潰れた商人、怒りを抱えた者たち。


 それは正義でも革命でもなかった。

 ただの、行き場のない感情の集合体だった。


 その夜、レオンは自室で帳簿をつけていた。


 数字は完璧だった。

 利益は右肩上がりで、来月の収支予測も問題ない。


 彼は気づかなかった。


 扉の外で、足音が止まったことを。

 鑑定では測れないものが、すぐそこまで来ていることを。


 刃が振るわれたのは、音もなく、ためらいもなく——だった。


 レオンは最後まで、抵抗しなかった。

 否、できなかったのかもしれない。


 背後に立つ気配を、彼は鑑定できなかった。

 それが「価値」でも「危険度」でもなく、ただの決意だったからだ。


 床に倒れ伏した彼の目は、まだ開いていた。

 視線の先には、帳簿があった。

 数字は正確で、計算は間違っていない。


 それでも——。


 命という項目だけが、そこには存在しなかった。


 *


 神々の部屋は、珍しく静まり返っていた。


 水面のような鏡に映るのは、冷え切った石床と、動かぬ青年の姿。

 壮年の神は腕を組み、長く、長くそれを見つめていた。


「……終わったか」


 同僚神が、湯気の抜けた茶を見下ろしながら呟く。


「稼いだなぁ。

 才能としては、間違いなく当たりだ」


「鑑定は世界を照らす力だ」


 壮年の神は静かに言う。


「だが、照らしすぎれば影もまた、濃くなる」


 同僚神は肩をすくめた。


「彼は“価値”しか見なかった。

 人を、数字に置き換え続けた」


「それもまた選択だ」


 神は否定しなかった。

 肯定もしなかった。


「我は力を与えただけ。

 その使い道を決めたのは、彼自身だ」


 鏡の中で、夜明けが訪れる。

 街は何事もなかったかのように動き始める。


 市場は混乱し、相場は荒れ、

 人々はレオンの死を惜しむ者と、安堵する者に分かれた。


 だが時間は流れ、やがて彼の名は、

 「かつていた凄腕の鑑定士」という曖昧な記憶へと薄れていく。


 同僚神がぽつりと言った。


「金は稼げても、好かれるかどうかは……鑑定できなかったね」


「人の心は、最も価値が測れぬものだからな」


 壮年の神は、そっと鏡から目を逸らした。


 次の魂が、すでに扉の前で待っている。


 ——我は問う。


 その声は、再び荘厳さを取り戻す。


「汝、次の生で——何を望む?」


 神は今日も、転生者を眺めている。

 成功も、失敗も、等しく一つの物語として。


 静かに。

 淡々と。

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