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「なんですって!?」
金色の髪が美しく煌めき、白魚の様な手にグッと力が入り握っていた扇子がみしみしと音がなる。絹で作られた法衣は美しい金の髪に映え、口を開かなければ誰もがその美しさに目を奪われる様だった。
それが今の聖女といわれる『黄金のサラ』であった。
「………灰の者は娼館にて匿われている様です」
その髪色から灰色のサラは、『灰の者』と見下されていた。
「その力で娼婦を助けていると噂され、実は聖女ではないかと噂が……」
そこまで聞いた黄金のサラは、扇子を机に叩きつけた。
神殿にいる頃、見目も貴賎も劣る灰色のサラは、何故か王弟殿下や大神官までも取り込み、その立場を確たるものとしていた。それが黄金のサラにとって、非常に許されないことであり、自覚はないが妬ましくもあった。
自分の手元には全ての物が揃うのに、本当に欲しい物は何も手に入らない。あの灰色のサラの元に行ってしまう。
「灰の者の元へ行きますわ。そのような根も歯もない噂は聞き捨てならないわ」
「さすがは聖女様でございます。我が主人よりこれを預かっております」
「これは……?」
黒い木箱の中には、魔法陣が描かれた布に包まれた雫型の黒い水晶があった。それにしてはその雫の中心で、黒い靄が渦巻いている様に見えた。
「これは……黒水晶?」
「いいえ、聖女様。『病魔の雫』でございます」
「病魔の……?」
「はい。これを割れば立ち所に病が辺りに撒き散らされます」
「そ、それは……神殿が封印している……?」
「それとは別のものでございます。これによって起こった病を癒すことができれば………、貴女様は皆から認められる稀代の聖女となるでしょう」
「……私が癒せるのは怪我よ……」
「存じております。我が主人が、解呪師を遣わして下さいます。貴女様は適当に解呪するふりをすれば良いのです」
黄金のサラは貴族として生まれたが、優秀な姉や兄達がおり、見た目は良いが能力としては凡庸なサラはお荷物扱いを受けていた。小さい頃は、それでも注目を集めたくて一生懸命アピールしていたが、次第に何をしても認められないとわかると、その生活や交友関係は派手になっていった。その矢先、突如怪我を治す力が発現した。その途端、手のひらを返す様に家族は黄金のサラの能力を認めてくれた。
『お前は聖女になる器だ』と。
大神官のお告げもあり、その力も大きく、欠損は治せないものの外傷であれば治せない傷はなかった。
『お前は聖女になる器だ』
頭に響く父親の誇らしい声。家族の誇らしげな眼差し。唯一認められた存在価値。
元々の性格なのか、好みなのか、派手な物が好きなことや交友関係は変わらなかった。ただ、暇な時間があれば神殿へ赴き、その能力を磨いていった。民草への施しは義務だと飲み込み行うが、やはり本来の能力をあえて発揮せずに傷を中途半端に治して終わることもしばしばだった。ただ、それでも重症な怪我も軽症になり、後は自分達の手で治るような傷になるのだから感謝しかなかった。
大神官はその辺りを見透かして、アドバイスと言う名の苦言を言ってきた。しかしサラには、父親から貴族には下民には担えない義務があり、あまりのさばられても手に負えなくなるため程々に行うようにという命令があり、それに従っていた。
そんな黄金のサラの前には、同じような貴族しか近づいてこなかった。ただ、彼らは何が真実かをわかっており、黄金のサラの耳触りの良いことしか囁かなかった。黄金のサラはそれを鵜呑みにし、次第に能力を過信し、貴族以外にはその能力を振るうこともしなくなった。
黄金のサラは、灰のサラが相変わらず朝から晩まで走り回りながら、汚らしく働いて能力を奮っているのを見て、聖女としての格がなんたるかをわかっていない、やはり下賤の者は下賤だとしか思わなかった。
王弟殿下や大神官が何故、あのような下賤の者を囲うような真似をするのかわからないが、彼らの目を覚まし誰が真の聖女たるかをしらしめなくてはならない。
『お前は聖女になる器だ』
そう、聖女が誰なのか知らしめなくてはならないのだ。
「……呪いで被害は出ないのですのね?」
「勿論でございます」
「どのように使えばいいのかしら?」
「灰の者の側で割れば良いのです。……そうですね、下働きの者が護衛として近くにいるはずなので、その者達も巻き込めば邪魔もされず、尚よろしいかと……」
「それで、私が治癒するようにして……」
「解呪師が解呪致します」
「わかりました。それで行きますわ」
黄金のサラは黒い木箱を受け取った。
『お前は聖女になる器だ』
その言葉が黄金のサラの全てだった。
***
ボーテ・フルールの依頼をこなし、久しぶりにサロン・夕顔へと戻ってきた。元々ボーテ・フルールには、貴族の顧客が多く病を患う者もそこまで多くはなかった。しかし病自体は防げないので、出入り口で病に罹っている人がすぐにわかるように魔法陣を敷いておいた。
その間、サロン・夕顔では他の娼館から病人を受け入れており、軽症であれば敷設されている魔法陣の効力と、サラが伝えていた世話の方法や薬のおかげで治癒することができていた。ただ、重症者になると進行をとどめ症状を落ち着かせることしかできないので、サラが戻るまでは地下で寝泊まりをしてもらっていた。
「はい、今日はここで終わりにします」
「聖女様、ありがとうございます」
「………え?聖女?」
重症者の本日の治療を終え、部屋へ戻ろうとしたところにこの声かけにサラは驚いた。そして顔色を失った。心臓が変な音がしているような気がしてならなかった。
「わ、わ、私……、せ、聖女だなんて」
「私たち、病気になってあなたに治して貰った人達は、皆、あなたを聖女だと思ってるのよ」
その言葉に後ろでゾエが激しく首を振り、拍手さえ送っていた。だが、サラは聖女としては役立たずとして城から放逐され、皆から後ろ指を指されている存在だ。そんな自分が聖女だといわれて注目を浴びるのはまずい事だった。
「…………本物の聖女様は城で皆の怪我を治しています。私なんて……足元にも及ばなくて………」
「私達にとっては貴女様が聖女です。誰に何も言われてもその気持ちだけは変わりません」
そう言って挨拶をして出て行ったが、彼女の台詞には皆が頷きさらにはゾエまでもその言葉に同意していた。
「サラはもう少し自分自身のことをきちんとみるべきです。貴女は聖女と言われるに相応しい!」
「あ、あー……。それはよくわからないんですが、私はできることをこれからもやります!頑張りますね」
サラは困ったようにゾエに答えたが、それに対してゾエは少し不満だった。
「サラは望まなすぎです。コームとオーバンも思うところはあるでしょう!?」
コームとオーバンは片付けをしながら、ゾエの愚痴に付き合わないと延々と言い続けそうだった。
「俺は別にいいようにしたらいいんじゃないのかなー、なんて思うんだけど?」
「サラは聖女になりたがっているわけではないから。本人の希望を聞くべきだな」
コームとオーバンは、サラの希望を通してくれるようだった。ただゾエはそれには不満のようだった。
「今の聖女なんて、鼻持ちならないお貴族様で威張り散らしてばっかりで庶民に何もしてくれないんですよ。聖女様に滅私奉公しろなんて言わないけど、少しは私達に慈悲をかけてくれてもいいんじゃないのかなって思うのよ」
今は城を出た身とはいえ、元々王族であるコームには痛切な叫びに聞こえた。オーバンは、コームが何を思ったのかわかってしまったので、かけるべき言葉は何も出てこなかった。サラも同じようにゾエにもコームにもかける言葉はみつからなかった。
「やだ。ちょっと。ちょっとした冗談。気にしないで。しんみりじゃない」
「おい、王弟殿下と元聖女候補だからな。言い過ぎだぜ、全く」
空気の読めなさそうなオーバンからの的確な突っ込みは、ゾエに反省を促すものであったがコームとサラの心に深く刺さるものだった。
「いや、オーバン。いいんだ。確かに彼女の言う通りだ。今の聖女の態度は改めるべきだとは思う」
「わ、私が今以上に頑張ります!せ、聖女様の分までも!!」
「サラは頑張らなくていいのよ!今のままで充分だから」
場は混沌とし始めたところ、女将が慌てて駆けつけてきた。
「殿下、失礼します。たった今聖女が押しかけて来まして……」
ちらっとサラとコームを見て言葉を続ける。
「サラと話がしたいと。コーム殿下がここにいることも知られています」
五人はすぐに女将の部屋へ行き、状況報告と作戦会議に入った。
現聖女の黄金のサラのところには、元々貴族令嬢で没落し身を落としたジュリーを、一先ず時間稼ぎ要員としてあてがっていた。ただ、それもいつまでもつかはわからなかった。
「先触れはなかったのか?」
「ございませんでした。いきなり従者の方々とこられて……サラに会いたいと。ここにいないと突っぱねたものの、確証があると。それを然るべきところへ公表する準備があると言われ、私には預かり知らぬことといい皆に話を聞く程で部屋は出てきましたが……」
「証拠とやらは確認したのか?」
「それはこれからでございます。まずは報告を優先しました」
女将はコームの部下の一人で、優秀な情報収集能力を買われてこの娼館のまとめ役となっていた。
「最近、城下ではサラのことを聖女という風に触れ込む者がいたので人をやっては黙らせてきましたが、人の口には戸を立てられなかったか……」
「それはもう仕方がない。予想はしていたが、相手の動きが早かっただけだ。恐らく黄金のサラは囮だろう」
「念のため従者殿のところに人をやっております」
「ローランの周囲には気をつけろ」
「承知致しました」
コームは女将から報告を受け少し考え込んでいた。オーバンはそのコームに代わり、報告に来た部下達にそれぞれ指示を出している。そんな中、サラは女将からの話を聞いて顔色を失っていた。役に立たない無能の自分が聖女と言われてしまい本物の聖女から何か言われるだろうか、城から何か言われないか、捕まらないか、ここにいる人達に迷惑をかけないだろうか。そう考えたら居ても立っても居られなくなってしまった。
皆が頭を寄せて話し合っている間に、サラはそっと皆から離れて部屋を出て行った。
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