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本日二話目
サラはボーテ・フルールにもサロン・夕顔と同じように魔法陣を展開し、軽症者から治療を始めていった。
サロン・夕顔では殆どの者が治療を終えており、サラは顔馴染みになった者たちからお願いされる形で、家族や友人、恋人の病気をちゃちゃっと治していった。いっときは来るもの拒まずでお願いされれば、ちゃちゃっとやってしまっていたが、女将にしぼられてからはコーム、オーバン、ゾエに相談しながら行うようになった。
そして治療を有償とし、無闇矢鱈に治癒しないようにいわれてしまった。
病気になるには何らかの原因があるはずだから、まずそこを探る必要があるというのがコームの話だった。確かに大神官からも「無闇矢鱈に治してはいけない」と何度も注意をされていた。娼館に蔓延るような類の病ならば問題ないが、その人の生活由来の病気ならば、まずそこを何とかしないと治癒してもまた同じ病気になってしまうからだ。
「サラ」
「はい、ありがとうございます。コームさん」
コームの差し出した手を取り、階段を降りていく。
今ではコームにエスコートされるのもお手の物となってしまったサラであった。特に最近では、はぐれてはいけないと手を繋いだり、距離感がいつもよりなかったりと耐え切れるか自信がなくなってきていた。
「……あの、最近距離が近いような気がするのですが……」
「そうか?いつもと変わらないが……」
「私の気のせい……?でしょうか」
前からこの距離感だったか、違うような気がするが、当の本人からは否定されてしまい、他のゾエやオーバンは周囲に気をやっておりこちらの会話には気づいていなさそうだった。
色々と戸惑ったり、わからないことも多いサラではあったが、今現在のこの生活は王城にいた時よりも幸せであった。自分が必要とされ大切にされていると感じているからだ。王城にいた時にも感じたことはあったが、それは主に大神官や昔良く遊んでいた彼と一緒に、色んな魔法の研究をしているときだけだった。妬みや僻みのほうが多く、居心地の悪い思いをしていることの方が多かった。
(あれ?………彼って?)
サラには時々何かを忘れている感覚があった。はっきりとは思い出せず、その内思い出すだろうと考えていたので、そんなに思い悩んではいなかった。
ただ最近、その感覚が短く強くなってきており、胸の奥がモヤモヤするような感覚が出てきていた。
「一旦ここでお昼休憩にしましょう」
ゾエがサラの様子を見ながら周りに声をかけて行く。サラはきりのよいところまで病人に魔法を施して、コームとオーバンに挟まれながら、昼食の準備している一室へと向かう。
客人として迎えられている四人は、ボーテ・フルールの中でも上位貴族や時として王族が使用する、普段は使われない特別室に案内されていた。調度品は光り輝くほど磨かれ、床も埃一つ落ちていないほどだった。
王城にいたであろうサラもこの部屋には驚き、ゾエは物音一つ立てるだけでひどく怯え、逆にコームとオーバンはゆったりと過ごしていた。
そして四人は、用意された昼食を食べ、食後の紅茶とデザートまで振る舞われ、サラはとても良い気分になっていた。オーバンはゾエにこれからの動きを確認したいと言い、少し離れたところで話をしていた。
サラはお茶のお代わりをしようかと手を伸ばしたところ、コームも手を伸ばしており慌てて手を引っ込めていた。
「ああ、ごめんなさい、コームさん。お先にどうぞ」
コームは慌てて手を引っ込めたサラに対してゆっくりと首を振った。
「違う。僕はまだいいがサラはおかわりが欲しいだろう?ほら」
「あ、ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
「僕は娼館の下働きに過ぎない。謝らなくていいし、やって欲しいことは言いつけてくれればいい。勿論オーバンもな」
優しく微笑むコームの顔を直視できず、サラは顔が赤くなっていることを自覚しながら視線を下にずらしていた。
「そ、それでは申し訳なくて………」
「いいんだ。……ん、そうか。オーバンには頼まなくていいか。僕を頼ればいい」
優しく微笑まれると頷きたくなるサラだが、そこは頷かないでコームによって注がれた紅茶を飲むことで返答を避けた。
優しくされたり頼るように言われても、サラにはそういう経験が少なく戸惑うことが多かった。
しかしコームの気遣いや優しさ、労りの言葉に、サラは無自覚ながら少しずつ惹かれてしまっていた。しかし自分が役立たずな元聖女であり、人々から後ろ指を指されていることを気にしてその気持ちに蓋をしていた。淡い恋心を大切に出来るだけ長い間、サロン・夕顔で役に立てればと考えていた。ただ風評被害や自分が皆に迷惑をかけるようであれば、次の働き先を考えなくてはいけないと思い込んでいた。もし働き場所が無ければいっそのこと、誰もいない街で身を売ることも選択肢の一つとして考えていた。女一人で生活するにはこの国はいささか世知辛かったのだ。
「ずっとサロン 夕顔で働くことができればいいんですが……」
「……いつまでも居ればいい」
「………そう、ですね。そうですよね。いつまでも居たいです」
優しく握り返してくれる手の暖かさを、絶対に忘れない!という気持ちでサラはコームの手を握り返していた。コームは、いつもは添えられるだけの手の柔らかさが、ぎゅうっという音がしそうなくらい握り返されたことに少し驚き、そしてサラの真っ赤な顔に愛しさが込み上げてきた。
「………サラ」
自分を呼ぶ声は甘さを含み、優しく頬を撫でるコームの手は優しかった。親指でサラの唇をなぞられ、耳を触られると、自分が愛されているのではないかと勘違いしそうになってしまいそうだった。
「あ、あの………?」
「……ああ、サラ、君はなんでそんなに可愛らしいんだ……」
頬を両手で包み込まれ、顔を背けようにもどこにも背けることができなかった。だから視線を横にして、オーバンとゾエのほうに助けを求めようとした。
しかし二人は一切、サラとコームのほうをみることはなかった。サラにはわかった。二人が見ようとしてないことに。状況打開するためには、自分が何とかしなくてはならなかった。
「うう、こ、こんなことしている場合では……」
そう言い、コームを押しのけようと両手で胸を押すが全く動くことがなかった。
「……時と場所を選んでいたらいつになるかわからないし、君はあまりにも僕を見ていない」
「も、申し訳ありません」
コームは強い口調で話をしており、サラは怒られているのかと感じて思わず謝ってしまった。ただ、どうして怒られているのかわかっていなかった。
「君は昔から勤勉で真面目で、脇目を振らずに頑張っているのを知っている」
「え?」
「責任感もあって、一度頼まれた仕事は投げ出さずにやり抜こうとする姿は美しい」
「ん?」
「サラは昔から皆に優しさを振り撒きすぎるから、思わず何処かに閉じ込めてしまいたくなる」
「んん?」
サラは思わず驚いてしまった。コームの口調は昔からサラを知ってるかのようなものだったからだ。
「コームさんは私を……」
知っているのですか?、という言葉は出てこなかった。知っていても役立たずな元聖女という噂だろう。それをコームの口から直接確認することも嫌だったし、自分が人々から疎まれているなんて知られたくもなかった。
「火は静謐を、水は清浄を、風は健やかさを、土は安寧を、光は明るさを、闇は安らぎを」
いきなりコームが言い出したのは、属性の基本。だが、これを重要視する人はもうほとんどいない。サラの少ない人間関係の中でも、大神官が呪文のように言っていたくらいだった。
サラの中では、大神官と誰かと一緒に勉強していた時の記憶。皆はさらっと流す基本。大神官だけは口を酸っぱくして教えてくれた。これが属性の全てだと。
「属性の基本。これが全てを表しているって。何度も何度も言われて忘れられなかったし、」
今は地方へ行っている大神官。噂では身体が弱りもう戻ってこれないのではないかと言われている。
「君と一緒に学んだことだから、忘れたくはなかった」
サラは覚えていなかった。ただ大神官が教えてくれた魔法の記憶は残っていた。誰かと一緒に教えてもらっていたことも覚えている。
ズキッ
「うっ……」
「サラ、どうした?」
「あ、……頭が痛い………」
サラは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
ガンガンと頭の内側から響くような痛みが続く。そして内側から何かが溢れ出てくる感じがする。
「あー、呪いが解けるかもしれないね」
「サラ!どうしたの!?」
様子がおかしいと感じたオーバンとゾエは側にきていた。オーバンは落ち着き払っており、ゾエは頭を抱えて蹲るサラに駆け寄っていた。
「部屋で横になろう。ゾエはタオルと水を」
「わかった」
そういうと急いで部屋をでていった。コームはサラを横に抱えて与えられている部屋へ戻る。
「殿下、多分呪いが解けると思う。俺がこんな感じだったから」
「そうか……代わってやりたいが……」
サラは頭を抱えたまま唸っており、額から滝のような汗が噴き出ていた。コームはサラの側から離れずに背中をさすっていた。それが対した慰めにならないことは、サラの様子から察していたが、苦しんでいる様子を見て、ただただ側にいるだけなんてできなかった。
そこへゾエとバルバラがやってきた。
「サラさんは?」
「ここに」
バルバラはベッドの上で苦しんでいる様子のサラを見て息を呑み、医者を連れてくるといい、部屋を飛び出していった。
「一体どうしてしまったのかしら……。やはり働きすぎなのかしら……」
ゾエは事情を知らないため、純粋にサラの体調を心配していた。コームやオーバンのことは訳ありだろうとは思っていそうではあるが、それを表にだすことはなかった。
「コームさん、後は代わりますよ?」
「……いや、俺がやる。教えてくれ」
サラのことが心配で側から離れたくないコームは、ゾエから世話の仕方を教えてもらい慣れない手つきながら懸命に努めた。
そこまで時間がたたずに、唸っていたサラの声がおちつき、全身に入っていた力も抜けて汗もひき始めた。そして眠り始めた頃にバルバラと医者が到着した。落ち着いたところでの診察だったのでこれといった異常は指摘されず、コーム達の話を聞き、頭痛薬と栄養剤を処方された。ただ、続く場合には病気か呪いの可能性があると指摘され、その時にはまた呼ぶように言われた。
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