3
そしてサラが「サロン 夕顔」に来てから数ヶ月が経った。
サラは、コームとオーバンの下働きの二人と、一番最初に病を癒したゾエという娼婦とともに行動することが多かった。
コームとオーバンはどことなく立ち振る舞いが良く、あまり良い思い出のない王太子殿下を思い出すことも多かったが、それも徐々になくなっていった。
コームは丁寧で優しく時々距離感が近いところもあるが、それを差し引いても頼もしく相談にも乗ってくれていた。オーバンはオーバンで、大雑把なところもあるが面倒見の良い兄貴分で、何かとコームと言い合いはしているが基本は一歩引いて支えているところがあった。不思議な関係性ではあったが、サラには魑魅魍魎が多くいる王城で何年も過ごしていた経験があったので、これ以上深く関わるつもりはなかった。
サラの能力により、軽症者は全員完治した。そして彼らは徐々に仕事へと復帰していった。重症者も少しずつ快方へと向かっているが、何人かは間に合わなかった女性達もいた。そのためサラの心は少し擦り切れてしまいそうになるが、他の助かった者達からの暖かい励ましや感謝の心、いつも側に居てくれるコームやオーバン、ゾエが励ましてくれて、擦り切れそうな心も少しずつ癒すことができていた。
そしてアナベルがサラにお願いをしていたジュリーは重症者であったが、少しずつ良くなっていた。治癒までにはもう少し時間がかかりそうではあるが、アナベルもそしてジュリーもサラに感謝していた。
ただ、病気になってしまった娼婦達は、たとえ病気が完治癒したとしても娼婦には戻れなかった。何故なら客達が、病気になったことを知っているからだ。たとえ娼婦に戻ったとしても、彼女達に客はつくことは二度となかった。だから彼女達は下働きとして残るか、それとも別の仕事を探すかの選択をしなくてはならなかった。これ幸いと別の仕事をする者が四割、恩義を感じていたり借金が残っており残らざるを得ない者が六割といったところだった。サラの側にいるゾエは、恩義と行くところがないという理由で残っていた。
「サラさん、女将さんが呼んでますよ」
「ゾエさん、ありがとうございます」
サラは重傷者の治療に当たっていたが、キリのいいところで切り上げて女将の元へ向かった。下働きのコームとオーバンは後ろから張り付いており、コームはあい変わらずサラをエスコートしたり、そっと肩や腰に触れてきていた。
最初の頃は目線でオーバンに助けを求めていたが、目も合わさず、合っても視線を逸らし、終いには諦めろと口パクで言ってくるので諦めた。ゾエが側についてからはゾエに相談し、ゾエ経由でコームに話をするが、ゾエからは「あれには私の力が及びません」と、匙を投げられてしまった。そのため今では大人しくされるがままになっていた。はっきりとは思い出せないものの、昔こんなことをよくされていたような気がして、少し懐かしさを感じるようになってきていた。
コンコン
「女将さん、サラです。開けていいですか?」
「済まないね。入っておくれ」
女将の部屋に入ると、そこには見知らぬ若くて妖艶という言葉が当てはまる美人がいた。豊かなブロンズ色の髪は艶やかでブルーの瞳も煌めいていた。そして一際存在を放っているのが、その双丘。西瓜ほどの大きさのあるそれは重そうに、その女性の胸にどんと張り付いていた。その谷間はどの谷よりも深く、同性でも二度見してしまう素晴らしいものであった。
「まあ、貴女がサラさんね。初めまして、私はバルバラよ。ボーテ・フルールの元締めよ」
「初めまして。サラです。……そのボーテ・フルールとは……?」
「あら、まだ聞いてないのね?嫌だわ、ここと同じ娼館よ」
ここよりも城に近いところにあるその娼館は、格式高く貴族も利用するという話である。
「それで、その私に何か用……なのでしょうか?」
「ふふ、女将から話を聞いてね。是非「お待ち!私から話をするよ」
「はーい」
バルバラは口を閉じ、出されていた紅茶を静かに飲み始めた。そして女将が静かに話し始めた。
「サラ、あんたのことがどこかから漏れたようだ」
「……っ」
「仕方がない。いつかは漏れるとは思っていたがこんなに早くとは……」
「あの、では早急にここを出たらいいですよね?」
サラは城から出て数ヶ月は経ってはいるが、いまだ役立たずの聖女の噂は何故か下火にならず、むしろ今は城下町に居て自分を追い出した正統な聖女に仇なそうとしていると、以前よりも噂がグレードアップして広まっていたのだった。そんな偽物は許さないと一部の熱狂的な聖女の信奉者や王太子の支援者が偽物狩りをしているとコームやオーバン、ゾエから話を聞いていた。
自分がここにいるといずれかは迷惑がかかると思いつつも、なかなか決心がつかずにいた。ただもうそんなことを言っている場合ではないと思い、次の当てはないものの、早急に出ないといけないとサラは考えていた。
「ん?いや、あー、違う。ここは大丈夫だからいつまででもいてくれて構わない。……病気を癒すことだ」
「あ、そちらの方ですね。……良かった……」
「良くはないが、………頼まれて無報酬で治癒していると聞いたが?」
サラはこれまでも無報酬で治癒をしていたので、何故それで女将に睨まれるのかが分からなかった。
「頼まれたので……ちゃちゃっと」
「ちゃちゃっと……ね。とりあえずその話は長くなるからまた後でにするが、今後は私に話を通すように」
「はい……」
女将は一度大きく息を吐き、紅茶を一気に飲み干した。
「ここのバルバラが経営するボーテ・フルールにも治癒のために出向いて欲しいと話があった」
「勿論、お金は払うわ」
親指と人差し指で円を作り、にっこりと微笑む。バルバラは今では一線を退いているものの、その微笑みは悪魔の微笑みといわれ、その微笑みを見るだけで男達がこぞってお金を落とすといわれる微笑みであった。
「ボーテ・フルールは貴族にも縁があるし、中には落ちぶれてしまった貴族令嬢も働いているという。恩を売っても損はないが、決めるのはサラだ。どうする?」
「貴女の事情は何となくわかっているから、無理にとはいわないし、何日かおきでも構わないのよ。どう?」
サラは出来れば出向きたいと思っているが、外に出るのは少し勇気がいることだった。自分の顔を知ってる人に会いたくなかったし、この場所をばれるのは女将や他のみんなに迷惑がかかってしまうと考えた。
色んなことを天秤にかけてきちんと理由を伝えた上で断ろうと考えていたところ、肩に手が置かれた。
「サラ、良ければ僕が協力をしよう」
「……コームさん?協力?」
「……魔法が使える。姿を隠すなり移動手段を考えるなり、手段は幾つもある。どうする?」
姿を隠せるなら安心して通えるし、移動手段も何かあるならより安心できる。それならバルバラの依頼に応えても良いかもしれないと思い直した。
「わかりました。できる限りのことをしようと思います。よろしくお願いします」
「サラさん、ありがとう。ボーテ・フルールは貴女の味方よ」
そして女将とバルバラ、何故かコームも加わり話を詰めていった。
当事者であるサラは置いてきぼりではあったが、その後、女将からちゃちゃっと治癒した件についてこってりしぼられ、不用意に依頼を受けず、何かあれば女将やコーム、オーバン、ゾエに相談するということを約束させられた。コームとオーバンにも、そこからサラのことがもれるかもしれないといわれ、力の使い過ぎも良くないとやんわり嗜められて、サラは少し落ち込んでしまった。
***
「あいつが生きているのか!?」
王城の一室にある執務室で人払いをした王太子は、貴族の私兵の一人からの報告に思わず声を荒げていた。
「恐らくですが、ずっと潜んでいたものと」
「……そうか、くそっ……」
「いかがいたしましょうか」
「決まってるだろう。父上の御世に憂いは残したくない。我が同胞達に声をかけてくれ」
「御意」
そういうと私兵の一人が音もなく扉から外へと向かっていった。
彼らは王太子派と言われる貴族達に声をかけるのだろう。私兵も彼らから王太子へと提供されたものでもあった。
「あー…………、疲れるな」
王太子はそのまま、椅子に深く腰を掛けて背もたれによしかかる。目を閉じると昔のことが思い出される。
自分の父親である国王の弟。国王とは歳が離れており、息子である王太子の方が歳が近く、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。
そんな時に大神官のお告げがあり、聖女候補の女の子達も遊びの輪に加わっていった。
その中でも特に灰色の髪の女の子は、王弟と仲が良さそうでよく二人でつるんでいるのを見ていた。王太子は、それ以外の聖女候補達に囲まれることも多く、王弟とは次第に距離が離れていった。それでも小さい頃は王弟とつるむことが楽しく、聖女候補達の目を盗んではよく三人で遊ぶこともあった。
次第に遊ぶ時間よりも学ぶ時間が多くなってきた時には、聖女候補達の数も絞られてきて5人いるかいないかであった。その中には勿論、王弟と仲の良い灰色の髪のサラがいた。孤児院の出身だという灰色のサラは、よく他の聖女候補達に仕事を押し付けられていた。灰色のサラはそれを文句もいわずもくもくとこなしていた。時々王弟も手伝っており、それがさらに他の聖女候補達との軋轢を生んでいた。
王太子はそんな光景を見ながら、灰色のサラと王弟をばかにしていた。馬鹿正直に答えずに適当にあしらえば良いのに、そんなことをせずにいる二人が愚かしく思えた。
そんな時自分を支援している貴族から声がかかった。
「あの二人は実は貴方の命を狙っている」
だから殺される前に殺してしまえという。
馬鹿馬鹿しくて腹を抱えて笑いたかった。
あの愚かな二人にそんなことできるはずがない。人は皆良い存在だと心の底から思っているような奴らだ。殺す位なら自分達が殺されることを選択しそうな奴らだ。
だから自分は選択した。
「覚悟はできている」
何度も口にださないと決意が揺るぎそうになる。恐怖で足元が崩れそうになる。一度手を出した以上引けはしなかった。
オレールも思い通りに動いてくれた。
後は事が動くのを待つばかり。
「後もう少し」
そしたらきっと楽になるはず。もっと楽に息ができるようになるだろう、そう思い続けながらゆっくりと目を閉じた。
***
「サラが全く気が付かない」
「殿下……。ここで始めて会った時には『バレたらどうする!距離感保て!!』なーんていっていたのに」
「まさか、ここまで呪いが深いなんて……。あんなに仲良くしていたんだ!」
「それは呪いをかけた王太子殿下に文句を言って下さーい」
「……………ローラン……」
オーバンは、コームが頭を抱えてブツブツ言い始めたのをいつものことかと思いながら流していた。
コームは元々、王弟としての地位がありながら、その能力の高さから王弟派なる派閥ができてしまい、王太子との継承権争いにつながりかねないと頭を悩ませていた。その中で、王太子が自身の派閥にいる貴族から唆されたのか、あるいは自ら話を持ちかけたのか、王弟であるコームに呪いをかけた。
城全体に王弟という存在を限りなく薄くする呪い。
『貴方の存在が城の皆から消える呪いだ。………さっさと城から出て行くがいい』
オーバンはコームの近衛としてその場にいたため、その記憶から王弟であるコームのことを忘れることとなった。ただしオーバンは、魔法への抵抗力がとても高く、その呪いも時間の経過とともに自然に解けていったのだった。コームが城から出ていった後、すぐに隊長に事情を説明し特別業務としてコームの元へと馳せ参じたのだった。
そしてサロン・夕顔は、コーム肝入りの諜報部隊の隠れ蓑だった。娼婦の一部は契約をし情報を集め、それを女将へ集約しそこから幾つか経てコームの元へと情報がいくようになっていた。そのため、コームが隠れる場所としてそこを選択したのだった。彼はサラや王太子の動向に気になり、城から遠く離れる事ができなかった。
「俺でもニ、三日かかったんですからね。しばらくかかるんじゃないんですか?」
「オーバンの魔法抵抗はちょっとおかしいんだ。あれをニ、三日で無効化するって……」
「ニ、三日かかってしまったのは痛かったですね」
「僕のことは一人でどうとでもなるんだ。だいたい王太子と仲良くしていたつもりだったのにな」
「王太子殿下も色々としがらみがあったんでしょうよ。殿下と同じですよ」
「変なこと考えてなければいいが……。オレールと連絡はとれるよな?」
「勿論です。サラちゃんもオレールから連絡もらいましたからね」
それを聞きコームは筆をとった。簡単に要件のみを書いたそれをオーバンに渡した。
「じゃあこれをオレールに。ローランが馬鹿なことをしないように」
一度裏切られたはずだが、コームはローランを信じていた。ローランが本当は優しく気が弱く可愛い甥っ子だと信じていた。歳はそんなに違わないが、忙しい兄に代わり自分がローランを守り、導いてきたと思っていた。それは城から離れた今も変わらなかった。オーバンからは散々言われたが、こればかりは譲れなかった。
「よし!時と場所をあまり考えず、サラを甘やかそうか」
「ほどほどにお願いしますねー。ゾエちゃんに怒られるの何故か俺なんですからね?」
ゾエは最初の内は、距離が近いとコームに面と向かって注意をしていたが、全く効果がなかったので、方向転換を図ったのだった。ただ、それも功を奏していなかった。
そして二人はいつものようにサラの元へ向かっていった。




