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本日二話目

 地下へ入ろうとすると、そのすぐ側に先程のアナベルという娼婦が立っていた。


「アナベル、どうしたんだい?」

「……サラ、に話があって。ちょっといい?」


 女将に許可をもらい、少し離れた場所へ誘導される。サラは大人しくアナベルの後へついていった。


「……その、さっきはごめん。悪気はなかったんだよ……」

「はい………その、心配……してくれていたんですよね……?」

「ゔ………っぐ……、べ、別にあんたの心配なんか……。ここで死なれたら目覚めが悪いんだよ……」

「私こう見えて丈夫なんです。大丈夫です」


 アナベルは少し目を見開いてサラを見た。そして辛そうに顔を歪めて何かを思い出しているようだった。


「……ここにあたしの友達がいるんだよ。そいつも大丈夫って言って……。でも、結局………。……田舎から出てきたばかりのあたしに優しくしてくれて、色々教えてくれたんだ」


 口を開いては閉じてを繰り返して、何かを言おうとするが言葉が出ないアナベルだった。そんな自分自身に業を煮やしたのか、舌打ちをしてサラの手を握った。


「今日初めて会うあんたにこんなこと言うのは嫌だけど、友達のジュリーを助けてくれたらあたしにできることは何でもするよ!……でも、助けられなくたって構わない、ここはそういう場所だからさ。……ここにいる皆訳ありだし、地下に入らなくたって裏の仕事は沢山ある!」


 アナベルは随分と世話焼きで親切な様だった。公私関係なく、仕事仲間には家族のように親身になり、客の男達には母の様な大らかさで包み込む優しさと絶妙な技が評判となり、ここの娼館でNo.1の座を射止めていた。


 そんなアナベルの優しさにサラも思わず手を握り返し伝えた。


「わかりました。私の力がどの程度効くのかは分かりませんが、精一杯努めさせていただきます」


 サラの温かい手と声に、アナベルはジュリーが戻って来れるかもしれないという思いにかられるが、娼婦達を蝕むこの病は10人に2〜3人は亡くなる病だった。命を落とさずとも酷い後遺症に悩まされる者も少なくなかった。期待しないで待つことが、アナベルのできる精一杯のことだった。


 サラはアナベルに頭を下げて、女将と地下へ降りていった。



***



 地下は薄暗く、所々に設けられた照明が光源となっていた。すえたような匂いと肉の腐ったような匂いが鼻につく。空気もじめじめしており、不快感が増すような場所だった。


「こっちだよ」


 女将が言葉少なに案内してくれる。


 階段を降りて、扉を開くとすぐ廊下に繋がっていた。その廊下からはさらに悪臭が鼻についた。


「換気が良くなくてね。もう少しまともな造りにしたいんだけど、作業してくれるような職人がいなくてね」


 自嘲気味に笑う女将の表情には少疲れも見えた。恐らくは何とかしようと奔走したものの、すべて断られてしまったのだろう。


「階段に近い部屋に軽症者が、奥に行くほど重症者になる。……ここにいる軽症者達が重症者の世話をすることになっている」


 娼館の外へこの病を持ち出すことは禁じられており、それは国からの通達で定められていた。そのため、この病の者達は皆、軽症者が重症者と自分自身の世話をするようになっていた。


 近くの扉を開けば、そこには5人の女達が身を寄せ合ってこちらを見ていた。彼女達は既に世を儚んで泣いて過ごす者が半数、残りは何とか生き残れないかと希望を捨てずに生き残ろうとする者達に分かれていた。


 サラは一番手前にいた女性に近づき、手を取った。そして他の女性達と離れたところへと誘導した。


 彼女は全身が赤い丘疹(きゅうしん)に覆われており、人によっては気持ち悪さをもたらす外見をしていた。


 サラに手を取られた女性は驚いていた。この病になった女性達は、触ったら感染るといわれ接触を避けられていたからだ。顔をあげていると醜いと罵られ、下手に触れると、相手によっては殴る蹴るの暴行により、半死半生の目に遭わされてしまう。


「名前を教えて下さい」

「……あの……名前、ですか?」

「はい、私はサラと言います」

「……サラ……。聖女様と同じ名前ですね………。私はゾエといいます」

「ゾエ……。良い名前ですね。病に打ち勝つ生命力を。ゾエ、貴女を癒しましょう」


 ゾエはサラに握られた手から暖かい風を感じ、それが全身に広がっていった。それと同時に顔や身体に生じていた丘疹(きゅうしん)が消えていくのが目に見えた。


「え……。え?…………えぇ!?」

「今日一日別室で様子を見て、問題なければ元の生活に戻っても大丈夫です」

「あ、ありが、ありがとう……ございます……」


 ゾエは女将がつれてきていた下働きによって、階上の別室へと連れて行かれた。ゾエは何度も後ろ髪をひかれるように振り返っていた。


「軽症者であれば、一日二人程度、重症の方だと症状にもよりますが、一人に一週間から一ヶ月ほどかと……」

「上々さ!腕の立つ下働きを二人つけよう。必要なものはあるかい?」

「まずは彼らに清潔な衣類と身体を清めるお湯を」

「わかったよ。オーバン、頼むよ!後は……で、こ、コームも、よろしく………」


 少しそわそわしたように言うと女将は、サラの言っていた必要な物を取りに他の下働きの者たちと部屋を出た。


 サラ達三人も一旦部屋を出た。


 サラは、改めて自分に付くことになった男性陣の顔を見た。オーバンは金髪碧眼の見た目の良い男性だった。コームはマホガニー色の髪とエメラルド色の瞳、これもまた人目を惹く顔立ちをしていた。


「初めまして、サラ。俺はオーバンだ。ここでは下働きや用心棒みたいなことをしている。んで、隣にいるのが……」

「……僕はコームだ。よろしく」


 オーバンは手を出してきたので、それを握手で返し、コームはサラの顔をじっと見ながら頭をそっと撫でた。サラは何故頭を撫でられたのかわからず、頭を押さえ顔が赤くならないように、ひたすら心の中で神への祈りを繰り返し唱えていた。


「ねえ、答えづらかったらいいんだけど……、サラはもしかして聖女見習いだった?」


 オーバンに問われ、サラはぐっとつまってしまった。だが隠しても仕方がなかった。サラという名前は、すでに聖女ということはこの国の皆が知っていることであった。


「……あまり触れ回らないで欲しいのですが、そうでした。ただ……最近城からでたんです……」

「……そうか。城の生活は慣れないと大変だろ?嫌な奴らしかいないからな」

「……良い人もいました」

「そうか?あんな魔窟にいたら良い奴らもモンスターになりそうだけどな」

「……お城に勤めたことがあるのですか?」


 肩をすくめてオーバンが言う。


「ああ、近衛騎士やってたんだ」

「まあ!とても強かったのですね!」

「強いんだけど、俺が担当していた主人のほうが強かったんだよ。もう自信なくしちゃうよな」

「オーバン!!」


 昔からの話に花が咲きそうになっていたところ、もう一人の下働きのコームがオーバンの名前をやや強く叫ぶ。


「んだよ、別に良いだろうが」

「駄目だ。……どうなるか分からないだろう」

「大丈夫だろうが。実際俺だっ「オーバン!!!」


 まったくといいたい雰囲気を醸し出しながら、コームという名の下働きはオーバンに小言を言い始めた。オーバンはそれをへぃへぃと聞き流していたが、一通り言い終えたコームはサラの方へ振り返り、そして跪いた。


「先程から申し訳なかった。……こちらの都合で我々のことを話すことができないんだ。オーバンの言ったことは忘れて欲しい」


 申し訳なさそうにコームは話しているが、サラは男性からこんなに丁寧に接してくれたことがなかったので、恐縮してしまうばかりだった。


「あ、あの私のことはどうか気になさらずに。詳しい話は聞かなくても大丈夫ですから」


 サラはコームに立って欲しいことを伝えた。コームは立ち上がる前に、サラの手を取りその甲に口付けをした。


「んなっ!?」

「貴女の優しさに感謝を」


 サラは城に上がる前も上がった後も、若い男性に対しての免疫はなく非常に不得手だった。サラが相手をしていた男性といえば、幼い男の子や城にいた老齢の大神官としか接していなかった。コームやオーバンのように親しく接してくれる男性は殆どおらず、倦厭されたり悪意を向けられることが多かった。さらにいうなら、金髪のサラの信奉者達に嫌がらせを受ける毎日であった。


 すでに頭の中で唱えていた神への祈りが、見事に消え去り顔が真っ赤になってしまった。


「うわ、うわー!サラちゃん真っ赤だよ!ちょっと大丈夫?コーム!謝れよ!!」

「う?え?は、はい!私は大丈夫でしゅ!……です!あ、えと、そう準備しないと!!」


 女将達の準備が整う前にサラも少し準備をしようと考えていたが、コームのおかげで全て頭が真っ白になってしまっていた。


「サラ、申し訳ない。過剰な接触だったか」

「あ、あ、その、だ、大丈夫です。あ、準備!そう!準備をします」

「……サラちゃん、2回目だよ」


 サラはあえて二人に背を向けて…真っ白になった頭を整理し始める。


 サラは怪我を治すことはできないが、病を癒すことができる。風の精霊の力を借りて、人の身体に外と中をつなぐ流れを作り、それを利用して、身体の中にある澱みを外へと弾く方法である。ただ、この地下のように空気が澱み、外に弾いてもまた中に戻ってきそうな場合もあり、その時にはまず周りの環境を整えるところから始めないと効果が減弱してしまうのであった。人数も多く、外の流れを作らないと軽症者は力任せでなんとかなっても、重症者を助けることはできないと考えていた。


「魔法陣展開」


 手のひらサイズの魔法陣が次第に大きくなり、地下を全て覆うほどの大きさになっていった。そしてそれは地下の床や壁に溶け込むようにして馴染んでいった。


 城から持ち出してきた自身の魔道具、ミスリルの腕輪をシャン、と鳴らした。


 すると地下にサラが得意とする魔法陣が起動し、流れを作り始める。サラの作った魔法陣には清涼な風が流れる魔法が大元にあり、そこに光と聖の属性をわずかに組み込んでいる陣であった。僅かな隙間を利用して外との空気の流れを作り出し、その流れの中光と聖の属性が満遍なく滞ることなく回る仕組みを作り上げていた。隙間は崩さないように補強魔法を足し、風の魔法には指向性を持たせていた。


「うわぁ、なんか地下なのに地下じゃないみたいだ」


 オーバンの感想の通りで、まるで草原にいる爽やかさがあった。コームもほぅと感心していた。部屋からも空気が変わったことを知った何人かが、部屋からこちらの様子を覗き見ていた。


「元々、病を治すだけの力だったのですが、大神官様や……友人の助力でここまでできるようになったのです」


 少し頬が赤くなりはにかみながら、サラは自分自身の力だけではないと伝えた。


 そこへ女将達が戻り、先程とは空気の変わった地下に驚いていた。


「サラがやったのかい!?……なんだか高原にいるようだよ」

「澱みを無くして空気をきれいにするところから始めています。病人の方々もきれいに清潔を保ち、まず気持ちを持ち上げて病気に向き合ってもらいたいと思っています」


 城にいた間に大神官に請われ、病人を何人もみてきた。その中には病気と向き合えず、心を病んでしまい病気を治しても心が持ち直さず、結局亡くなってしまった人、一度病気を治してもまた同じ病気にかかってしまい、さらに悪化してしまう人、家族間でうつしてしまい、体力のない者達から力尽きてしまったり、急速に症状が悪化したりと多くのことをサラはみてきた。大神官も同じように心を痛め、三人で頭を悩ませ魔法陣をより良く改良してきたのだった。


(あれ……。三人?)


 ふと何かを思い出しそうになったが、またすぐ記憶の彼方へと消えていった。時々何かを忘れてしまっているような気がするのだが、サラには何のことだかわからなかった。その内思い出すだろうとも思っていたので、気に止むこともしなかった。


「お湯ありがとうございます。軽症の方々からきれいにしていきます」


 お手伝いお願いします、とコームとオーバンに頭を下げて、サラは地下にいる人達に声をかけながらお湯で身体をふきあげ、きれいな衣類を着せていった。

 




読んでくれてありがとうございます。

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