Ⅱ-6
康子は、美邦の「思い出」というファイルの一部をプリントアウトしてみることにした。
一枚ずつプリンターから吐き出される紙を、二人は、無気力に見つめた。
そのどんよりした空気に、一喝入れるように、チャイムが鳴った。
「寿司だ!」
時計を見ると、もう六時。
「ケーキもまだ残ってる!」
康子がプリントアウトされた紙束を持って、二人はキッチンに移動した。寿司を食べてからは、二人で手分けしてファイルを読んでいった。
「ミクニ君とあんたって一つ違いだよね。サカナが高二の時に初めて名前がわかったっていうんだから、ミクニ君は高校三年ってことよね。総武線で四駅一緒になるって書いてあったけど…、サカナがまだ平井に住んでた頃だから、ミクニ君は秋葉原で乗り換えてきたってことになるよね。ミクニ君本人については何処で乗るとか、どこで降りるとかぜんぜんわかんないし、どこに住んでたかについてもこのあたりにはぜんぜん書いてないよ。その間、ミクニ君らしき人からコンタクトなかったの?」
「全く、記憶なし」
「そうなるとストーカーというのも、ちょっと違うわよね。結婚までしてたのに、まったくその気配も見せないなんて…」
「変よね…」
「ね、ミクニ君の若い頃の写真とか、見たことあるの?」
「それが、ぜんぜん」
「高校時代、体型、どうだったのかな?」
佐香那が康子のことをじろりと睨んだ。
「肥満ってこと?」
「そ。そういう特徴があったらさ、つけ回されたら気がつくんじゃないかしら」
「それがさ、ミクニが亡くなって思ったんだけど、あたし、ミクニのことなんにも知らないのよ。さっきも言ったけど、親戚に会ったのも結婚式の時、それだっておじさん夫婦二人だけ。だって、ミクニは十代で両親を亡くしておじさん夫婦に育てられたということで…。もう完全に独立してたんだから。結婚式の時、あまりその辺は詳しく言わなかったけれど…、おじさんも簡単なスピーチをしれくれたの」
「そのおじさん達には、その時一度しか、挨拶してないのか…」
「そう。ミクニが亡くなって連絡したかったのに…。それさえわからなくて、情けなかったわ」
「写真は?」
「結婚式のはあるわよ。でも、みんなで撮ったやつだからね。うちの親戚は多かったし。友達も、私の方がぜんぜん多かったし。ミクニの友人って…、高校時代の友人と大学時代とので五、六人くらい来てたのかな。仕事の関係の知人も合わせて全部で十人いたかなあ? 育てのおじさんって人に、今町ですれ違ってもわからないわ。きっと」
「完全な当てつけ結婚だもんね」
と、康子は言い捨て、佐香那はちょっとむっとした。
「そういう言い方、やめてよ」
「だってそうじゃない。ツルフジ君とうまく行かなくなって、すぐだったじゃない。だれだって、ミクニ君とあんたが釣り合ってるなんて思ってなかった。なにも、あんな…」
「デブ?」
「ま、そういう言い方、よくないけど、とにかく、びっくりだったよ。みんな。そりゃ、金は持ってたけどね」
佐香那はそれに答えず、ファイルに目を戻した。康子もバツが悪くなったのか、また二人はそれぞれにファイルを読んでいった。
「あんた、宝塚なんか見に行ったことあるの?」
「そう。高校の時にミカって子がいたでしょ。ちょっとだけ仲がいい時があって…、ミカがファンで…、絶対おもしろいって言うから…二回だけつきあって行ったのよ。でも、たった二回だよ! そんなこと書いてあるの? なんで知ってるんだろう」
「だからさ、誰かがキーポイントになってるんだよ!」
「でもミカってことはないよ。だって、そのあと、ぷっつりだもん」
「もしかして、あの子、ニシガキという名字だった? あんたに気があったんじゃない?」
「ミカ? なんで?」
「だって、宝塚。で、あの子なんかちょっとボーイッシュだったよね」
「ちょっと、やめてよ!」
「とにかく、あんた目立ったのよ。電車で声かけられるくらいだし。男にも女にももてたよね。下級生にも人気あったし。あーあ、世の中って不公平よね」
「うーん」
と、佐香那は、完全に否定はしなかった。
「ね、サカナ。このあたり怪しいよ。『解放塾で菊高の子とつきあっている奴を見つけた。原沢純一というキザな奴。原田公恵という子とつき合っている。サカナちゃんの同級生だ。仲がいいってほどでもないらしいが、そんなに遠い関係でもないらしい。ちょうどいい距離かもな。中学の写真をゲット!』…、これ、キー子のことだ」
「キー子って、今、何してるんだろう」
「電話わかるかなあ?」
「実家だったらわかるよね、きっと」
と、二人が同時に壁掛け時計に目をやった。時間は午前二時を過ぎていた。
「ね、寝よ」
康子が行った。
「もう、朝風呂でいいや」
「そうだね、続きは明日だね。じゃ、畳の部屋に布団敷くわ。あの…、寝室にベッドもあるけど…、ミクニが死んでから、一度も使ってないから、あれ、いずれ処分しなくちゃね」




