Ⅱ-4
康子がその「サカナ」というアイコンをクリックした。
いきなり、佐香那そっくりの魚が現れてしゃべった。
「ミクニお帰り、お疲れさま」
その声は、少女漫画の声優のような、高く、甘ったるい声だった。そして、しゃべった言葉が画面下にも文字となって出てくる。佐香那と康子は思わず顔を見合わせた。
そして、その文字の下に、入力を促すようにカーソルが点滅している。
「なに、これ。なに入力すればいいんだろう」
康子はその点滅のさきに
『疲れた』
と、入力してみた。仕事で使っているとあって、なめらかに素早く文字が打ち込まれた。
「疲れた? どのくらい?」
機械的なアクセントの混ざった声で画面のサカナが答えた。
『めちゃくちゃ』
「たいへんだね。あたしが、いやしてあげるよ!」
ふたりは、また顔を見合わせた。
「ね、これ、やめよう。あたし、ものすごく気色悪い。癒すってのが特にこわい」
と、佐香那が言った。
「そ…、ちょっと興味ありだけど、ま、やめておくか」
康子は、とりあえず、その画面を終わって、「ハリセンボン」という名前の違う魚のマークをクリックした。
また水の中。水色の画面に白い線で模様になっている魚たち。そこに色とりどりの魚のボタンが並んでいるメニュー画面が現れた。
「ここまで徹底してると、あきれるしかないね」
一つ一つのボタンには文字が刻まれている。その文字を康子が読みあげていった。
「『家庭』『菊中・高』『桜女子大』『石井電気』『行田事務所』って…、これ、あんたの…、サカナの年表ってことなのか…」
康子が『菊中・高』というボタンをクリックすると、表が現れて、そこには佐香那の菊野中学、高校時代のイベント…、入学、文化祭、体育祭など…が年代を追って箇条書きに並んでいた。
「やだ! なにこれ?」
「ね、サカナとミクニ君が結婚したのって、一年前だよね」
「まだ十一ヶ月だよ…。亡くなった時までで九ヶ月だよ。結婚したの去年の六月だもん」
佐香那の目にまた涙が溜まって来ていた。言葉を止めるとあふれてくる。二人ともそれに気が付かないふりをして、作業に集中しようとしていた。
次に『家庭』をクリックしてみた。これは、中学入学までの簡単な佐香那の年表になっていた。誕生、花園幼稚園入学、卒業、花園小学校入学、卒業…などなど…と整理されている。
「これ、そんなに詳しくはないけど…、あんたが生まれた時から書いてあるよ。ボタンは『行田事務所』までだね」
「どういうこと?」
「ミクニ君が作ったってことでしょ。そりゃ」
「だけど変よ。だって、ミクニと知り合って一年足らずで結婚して、結婚してからも一年経ってないのよ」
佐香那は、指を折って数え出した。
「全部足しても、一年半よ。その間、学生時代のことなんか聞かれたことも話したこともないよ! そりゃ、なにかの話のついでに話題になったかもしれないけど…、詳しくは話してないよ。だいたい、ミクニって質問なんかしたことないもん」
康子は、ハリセンボンの画面を閉じ、また違うアイコンをクリックした。
「ね、これ『ピカソトリガー』ってアイコン…、ほらアルバムってタイトルの画面が出てきた。わかりやすい…」
やっぱり水の中のようなブルー地の上にいくつか長細い魚の形のボタンが現れた。
「年表のタイトルと似てるね…。で、やっぱ、これよね見たいのは」
と、康子は『菊高 修学旅行』というボタンをクリックしてみた。紺のブレザーにグレー、紺、えんじ色を基調にしたチェックのプリーツスカート、菊野学園の制服を着て数人の女子生徒がピースサインなどしてふざけて写っている写真が現れ、康子がスクロールしていくと、それに続いていくつかの学生代の写真が並んで出てきた。
「げー! あたし、この写真、醜いから捨てたやつだよ! ほら。もろブタだもん」
その数枚の写真の中には康子が写っているものも含まれており、康子は思わず声を上げた。
「こんな写真、見せた覚えないよ!」
「だいいち、デジカメでなんかで写してないよね、この時代。そんなのなかったもんね、あたしたちの高校時代…。ってことは、スキャナーで元の写真を読み込んだってことなのかなあ」
と、康子は部屋の中を確認し、
「その手の機械は全部そろってるわね。あんな、会社にあるみたいなカラーコピーまで! オタクの鑑ね」
と、あきれた。
「ね、他のも見てよ」
「文化祭もあるわよ」
いくつか並んだボタンがあり、それぞれ「文化祭1」「文化祭2」などとタイトルが付いている。
まず「文化祭1」というのを見ると、高二の文化祭のもので、綿飴作りに没頭している佐香那の姿が現れ、
「ちょっと! これ、こんなの、あたしだって持ってないよ!」
と、今度は佐香那が思わず声を上げた。
スクロールしていくとやはりその下にいくつか文化祭の写真が並んで出てくる。校庭で、講堂で佐香那が気が付いてないところを写したものもあり、友達同士で撮った覚えのある写真も並んでいた。




