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Ⅱ-3

「ね、サカナ、この部屋しらーっと寒い感じするね。気味悪いね」

「でしょ。ああ、良かった! ヤスコが来てくれて!」

 康子が、壁際のオイルヒーターに目を止めた。

「ね、これつけようよ。ここ足下から冷えるよ。もう五月で五月晴れだっていうのに」

「北向きだからかな」

 オイルヒーターのスイッチを入れようと屈み込んだ佐香那が「きゃー!」と声を上げた。大の大人が二人、そこで固まってしまった。

「なに?」

「あー、死んでる!」

「え?」

「ゴキブリ…」

 佐香那の足下に、腹をつきだして乾いているゴキブリの死骸がころがっていた。康子が笑い出し、佐香那も心の芯の方から、笑いが戻ってきたのを感じた。

「あー。久しぶりにたくさん笑ったら、すっきりした!」

「ね、ミクニ君の首があったのって、どこ?」

「ここ。このパソコンの前で、『サカナ、愛してる』って…、言ってた」

 康子は、今度はむっとしていた。

「ね、それって、のろけ?」

「でも、のろけても、もう本人はいないんだから…」

 しんみりしそうな雰囲気を破って、康子がパソコンスイッチを入れた。パソコンが立ち上がるまで康子はぐるりと部屋のなかをゆっくりと見回した。

「それにしても…、ミクニ君って、もろ、オタクだったのね」

 美邦の部屋の壁はほとんど本棚になっていて雑誌などで埋め尽くされていた。そして、数台の機械類も棚の一部を占めている。

「ね、これ…」

 ヤスコがその機器類を探り、一、二台引っ張り出した。

「全部ゲーム機なのね。これって。オタクって感じは滲み出てたけど…」

 康子はその機器類を数えてみた。

「やだ、十種類はあるよ。こんなにゲーム機ってあったっけ? ファミコンとかプレステだけじゃないんだね。ぜんぜん聞いたことないのもあるわ。ひょえー、これ、本棚に、ここは…本じゃなくてゲームだ! こんなにゲームってあるんだね。仕事とはいえ…、さすがね。へえー」

 実際、どの程度の量のゲームが出回っているのか康子は知りもしなかったが、美邦の部屋には、ありとあらゆるゲーム機と、ゲームソフト、そのマニュアル類や攻略本などがそろっているように見えた。

「ずっと気になってたのよ。この部屋の中の物。整理しなくちゃなんないし。でも、この部屋の前まで来るのにも拒否反応があって…」

「さ、見てみるよ」

 康子が自分に言い聞かせるように言って、用意の調ったパソコンの前に座った。

「ね、サカナ、パソコンでもやったら? このままにしておくの宝の持ち腐れだよ。それに、これから働くこと考えてるの? もし考えてるんだったら、少し慣れておいた方がいいよ」

「そうね」

 今度の「そうね」は、かなり元どおりの「そうね」だった。

「この部屋に入るのがいやだったら、パソコンを後でリビングにでも持って行こうか…。それならすぐにできるし、暖かいし…。あたしいるうちに、そういうことやっちゃおうよ」

「そうね」

 ひとつずつ「そうね」と言うたびに、だんだん元の世界に戻って行く…、そんな感じがした。

「ミクニがね、ノートパソコン買ってくれて、メールとかできるようにって。ここのマンションはインターネット対応とか…。だから自分用のパソコンもあるのよ。でも、どうもダメなのあたし。まずスイッチを入れる気がしなくて…。ケイタイだけで充分。それだって使いこなしてないもん」

 用意の整ったパソコンの画面を見て康子が笑い出した。

「ね、ミクニ邦君って、魚オタク?」

「え?」

 と、佐香那は、初めて美邦のパソコンの画面を覗いた。佐香那には興味がなかったし、美邦がおとなしくパソコンをいじっている時間、佐香那は居間で本でも読んでいて、どちらかが気がつくまでじっと時間が積もっていく。そういう時間の過ごし方が二人とも好きだった。

 パソコンの壁紙は海の中、色とりどりのトロピカルフィッシュが泳いでいる図柄だった。そこに並ぶアイコンもトロピカルな魚の形。そして、その中で「サカナ」という名前のついたアイコンが一つ。

「ここまで、サカナ、サカナ…、うんざりね。ねえ、キッチンのタイルだって魚の柄が入ってるよね…」

「そんなに凝ってるとは思ってなかったけど…」

「で? 本当の魚も飼っていたわけ?」

「それはなかったけど…」

「釣りは?」

「うーん、聞いたことないなあ。結婚前に凝ってたのかもしれないけど、結婚してからは一度も釣りになんて出かけたことないもん。ミクニはいつもオフィスとここの往復だけ。帰りにどこかに寄って来るとしたら、パソコンショップか本屋かコンビニ」

「あの身体だもんね」

 言ってから、康子はしまった! という顔をした。でも、佐香那はとがめるふうもなく、

「あれでもけっこうマメに動く人だったのよ。料理はするし、掃除もするし、よけいなことは言わないし。夫の鑑ね…」

「つまり、奥さんのサカナだけで充分ってわけか。ますますうんざりだわ」

「そうそう、ミクニの会社の名前、『オフィス・フィッシュ』だよ。それで、魚つながりですね…、って最初あたしが面接に行った時にミクニが言ったんだから」

「なんだか、できすぎた話よね」

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