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Ⅱ-2

「ごめん」

 康子はまだ身近な人を失ったことがない、ということに思い当った。きっと訪ねるには早すぎたのだ。自分こそが何か力になれると勝手に思い込んでいた、その思いやりのなさに嫌気がさした。

「ほんと、ごめん、サカナ…。あなたの気持ちも考えないで、こんなにズケズケ上がり込んで」

 康子も泣きたい気持ちになり、立ち上がった。

「あ、待って!」

 と佐香那もあわてて立ち上がった。

「そ。ヤスコに聞きたいこと、あったんだ。あなた、コンピュータ使えるでしょ。ミクニのコンピュータを見て欲しいの」

 涙を拭い、康子を引き留めようとする佐香那のことがなんだかいじらしく思えて、康子はしゅんとした。

 佐香那は佐香那で、はっきりしない自分に自分でも愛想が尽きてきていた。この康子の訪問をきっかけに、そろそろ動き出しても良い時期かもしれなかった。

「だいじょうぶなの?」

「うん。だいじょうぶ…。だと思う」

「よかった。今日は無駄足にならないのかな…。でも、ちょっと待って」

 気を取り直して動き出そうとしている佐香那を康子は引き留めた。

「あたし、とにかくずごーくお腹減ってるのよ。あんたとどこかでお昼一緒に食べようってひらめいて、そのまま家を飛び出して来たから…、とにかく、ケーキでいいから食べさせて」

「ごめんごめん。そんなんじゃあなくてさ、トーストとレトルトのコーンスープならあるよ。今、あたしが食べてたやつ。せめてそれくらい用意するわ」

 少しずつ、固まったものをほぐして行こう。佐香那は静かに思い始めていた。

「ね、サカナ、知ってる? 今、ゴールデンウィークなんだよ」

「そうね」

 と、微笑んだ佐香那の「そうね」は、さっきの「そうね」とはわずかに違っていた。ほんのり暖かく動き出している自分の心臓に、思わず佐香那は手を当てた。


 佐香那の用意した昼ご飯を康子が食べる間、佐香那は真向かいに座ってじっと見ていた。

「やあね。ただ見てるだけじゃなくて、何か話してよ。そんなに食い入るように見られたら、のど詰まるよ」

「そうね…」

「ミクニ君のコンピューターって、ぜんぜん触ったことないの?」

「うん。コンピューターどころか…、部屋も開けてない。亡くなったすぐ後は、部屋に入って捜し物をしたの。親戚に連絡しようと思って…。だけど、何も見つけられなかった…」

「たしか、家族だけでひっそりと葬儀をすませた…。そんな内容の知らせがきたよね」

「だって、わからなかったのよ。一人も! ミクニの親戚って…」

「結婚したときには、来てたじゃない」

「あの時だけ。それだっておじさん夫婦だけだったでしょ。その人達とも盆暮れのやりとりや、年賀状さえないし。ひょっとしてオフィスの方にはあったのかな…。あのオフィスもそのままになってる。火事で焼け残った物もそのまま置いてあるだけ」

「ミクニ君ってドライだったのかな…」

「前の会社の人には連絡したよ。でも、友達っていうのもさ、わかったのはその会社の人だけ。数人だけなの。大学時代の友人ってのはさ、前の会社の人とダブることもあるらしいんだけど、なんだかはっきりしなくて…。ヤスコが手伝ってくれるって連絡くれたよね。お葬式やなにかの…、でもさ、手伝うことなんてなかったわけなのよ」

「孤独が好きってやつか」

「そうなのかな…」

「お葬式の後、サカナのお母さん、泊まっていらしたんでしょ?」

「そう、で、変な夢を見たのよ」

 佐香那の表情が強ばった。

「そこのリビングの隣の畳の部屋に母と二人で寝てたんだけど…。だって、寝室もミクニが死んでから開けてないのよ。そこに寝るのも気が滅入るし…。で、少し寝入ったころにコンピュータの起動音がしたように思って、起きあがったの。なんか恐くてね。母を起こそうか…、って思ったけど、母も疲れてるだろうなって思ってやめて。

なんかぞーっと背中が寒くて…。とにかく上着を着込んで、一人で起きたの」

「やだー、恐い話? もうちょっと、明るい声で話してよ」

「それがさあ、なんだか自分では夢って感じがしていなくて…、ミクニの部屋を開けたらね…、コンピューターの光りだけぼんやり明るくて…、ミクニの机の上に…、ミクニの首が乗ってたの」

「きもわる! 身体は?」

「首だけ。光りが当たってて、にーって笑って…。きゃーって声あげたら、その声で目覚めた。で、隣の母もびっくりして起きちゃった」

「ぞ~~、だね」

「ね、だから、一人じゃあ開ける気がしなかったのよ。あの部屋。一緒に来てね」

「ゲゲー、だわ」


 美邦の部屋は板張りで、五.八帖という、中途半端な間取りだった。

「夢の中でさ、このノブを掴む感じとか、すごくリアルだったんだよね」

 と言いながら、佐香那はノブに手をかけた。

「ドキドキね」

 康子は佐香那の腕に自分の腕を回し、佐香那はおそるおそる美邦の部屋のドアを開けた。

 たった二ヶ月だが、その間にたまっていた空気。五月前の重く、冷たく、ひからびたような臭いが、部屋から漏れ出て来た。

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