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Ⅲ-1

 佐香那から暑中見舞いが届いたその次の日。康子は、自由が丘に出かけた。簡単な地図が書いてあったので、場所はすぐにわかったのだが、ふと心配になり、まずその喫茶店「アクアリウム」に電話を入れてみた。

「えー? ヤスコ! 反応早かったね! 今どこ? え? 駅? わかる? ほとんどまっすぐよ。住宅街に少し入った所。わかるよね。待ってるから」

 屈託なく喜ぶ佐香那の声を聞いて、康子は少しほっとした。

 かわいい三角屋根の家…。そのとびらの前に出て、佐香那はこっちを見て手を振っていた。民家を改造したらしいその店は庭が入り口になっており、古いメッキの銀色の看板が出ていた。

 康子も手を振った。

「もお! どうしたのよ! 二年よ! お母さんに連絡してもちっとも引っ越し先も教えてくれないし! マジ、頭来てたんだから!」

「ごめん、ごめん!」

 と、佐香那は手を合わせた。

「ね、今お客さん少ないし…。ゆっくり話すから! とにかく入ってみて」

 庭にも二つテーブルがある。中には四人掛けのテーブルが六つ。簡単なカウンター席にもいくつか椅子が並んでいた。

 熱帯魚の泳ぐ水槽が二つ。

 パソコンのディスプレイがいくつか置いてあって、その中でも魚が泳いでいる。

 平日の昼間とあって、学生風のカップルが二組入っているだけだった。

「すみません、ミズサワさん! ちょっと友達とお話ししたいので、お願いしますね」

 三十代くらいの女性のウェイトレスに佐香那は声をかけた。

「近所の奥さんに手伝ってもらってるのよ」

 佐香那は康子に席を勧めると、自分も向かい側に座った。

「会社休んだの?」

「明後日の休みまで待とうと思ったんだけどさ。ちょうど、昨日仕事の区切りがついてたし…、今日、ちょうど良かったのよ」

「そういう時、いつでも来てよ」

「なにが! そういう時よ!」

「ま、怒らないで」

 バイトの主婦が水を持って来て、テーブルに置いた。

「あ、すみません。水沢さん…。この人に例のゼリーを持って来てもらえますか?」

 水沢はカウンターの後ろにあるガラス張りの冷蔵庫からゼリーを取り出して康子の前に運んだ。

「ね、これ、きれいだと思わない?」

それは、パフェ用のグラスの中に、いくつかの色が層になっているゼリーだった。

「虹みたいね」

「ピンポーン! レインボーゼリーよ。夢みたいでしょ?」

「あんた…、大丈夫?」

 康子は自分の頭を指さして見せた。

「リンゴ、オレンジ、カシス、ソーダ、レモン、メロンの味。それが繰り返しで…、虹みたいに分かれてるの。見ただけでいい感じでしょ。食べてみて」

 康子は不服そうに、そのグラスをくるくると回して見た。

「確かにきれいね…」

「味もいいって! とりあえずそれをこの店のウリにしようと思ってるのよ」

 かんねんして、康子はスプーンでそのゼリーの中にスプーンを突き刺した。

「もったいなーい」

「いいのよ。どうせ食べちゃえばお腹の中で一緒になる。で、その線をくずす時ってわりに快感と違う?」

「そうかな…」

「ね。ミズサワさんって、お菓子を作るのも得意なの。でも、このゼリーはあたしの案よ。あと…、いずれ彼女の手作りケーキとかこれから様子を見て増やしていこうと思っているの」

 康子はゼリーを口に運んだ。

「どう?」

「うん。まあ、いけるわね」

「よかった」

「ね、それより、とにかく説明してよ! お母さんにまで口止めして転居先を知らせないってどういうことなの? あんなに親身になって相談にも乗ったのに!」

「ごめん。お笑いだけどね、ただ実家にいただけなのよ」

「うそ!」

「ほんと。だからもし康子が押しかけて来たらバレバレだったわけ。その程度のことしかあたしになんかできっこないんだから」

「あーあ。ほんと、あんたってそういう人よね。けっきょく怒る気にもなれなくなる」

「でも…、音信不通といったって、たった二年じゃない…。それでこうやって再会すれば、もう元通り。二年ぐらい、ほかの友達だったらまったく連絡しないことだってあるでしょ? 二年どころじゃあないわよね。学校卒業した後、会ってない人だっているよね。そうでしょ? ほら、キー子と会った時だって…、十年以上のブランクがあったよね」

「ま。そうだけどさ…」

「たしかに、ヤスコと二年連絡しないなんて、あたしには初めてのことだったけど」

「大袈裟ね」

「そう。音信不通でいるってどういうことなのか…。試してみたかったの。だれも知らない所で、ゼロから始めるって…、どんな気持ちなのかって。ばかみたい。絶対に誰にも連絡しないでいようって心に誓ったはずなんだけど…。あたしにはやっと二年が限度だったわ。実家にいて母が留守の時、電話が鳴っても絶対に受話器は取らないってがんばったけど。それだけでものすごーいストレス! もう、気になっちゃって、出ないってだけでも大変なことだったの」

「ゼロから始めるって、なに、それ?」

「ミクニよ。ミクニはお世話になった北海道のおじさんの所を出たきり、全く連絡もしないでずーっと…。結婚式でさえ連絡しないで…。だれも知らない人の中で最初からやり直したのよ…」

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