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Ⅱ-24

「ミクニが家出した時っていうのは、どんなふうだったんですか?」

「高校の卒業式の次の日です。東京の大学に進学も決まっていたんです。もしやして大学には行ってるんじゃあないかって、東京に捜しに来たし、新聞に広告なども出しましたが、音信なしです。大学の名簿にはミクニの名前はなかった。他の学校に行ったのかも知れないけど、東京にある全部の大学を捜すなんて…、不可能だから…」

「これ…、ミクニ君が書き置きしたもの…、持ってきました」

 澄子が差し出したのは、ノートの切れ端のような紙だった。

『おじさん、おばさん。長いことほんとうにありがとうございました。どうもすみません。僕は出て行きます。別に不満があるわけではありません。誰も知る人のない所で、人に紛れてみたいのです。最初からやり直してみます。どうぞどうぞ、ゆるして下さい。おじさんとおばさんがしてくださった親切、すべてすべて、忘れません。ほんとうにほんとうにありがとうございました』

 美邦の体型を表すような丸い文字。中字のサインペンでしっかり書かれた文字だった。

 佐香那は胸が詰まり、進藤夫妻もそうだった。

「家に来た時は、ひょろひょろの子で…、事故の後だったし、細かったんですけどね。私が心配して、なにかというと食べさせていたもんだから…。いえね…、私もどうしていいかわからなかったんですよ。そうすることで、自分も何かしてあげてるって、安心したかったんでしょうね。なんかね、ぶくぶくとどんどん太ってしまって…。なんだかね、ミクニ君はいつも静かでおとなしくて、何も話さなかったんですけどね。学校ではいじめられてもいたみたいなんです。言いたくても言えないことすべてを、全部身体の中に、いっぱいいっぱいためこんで、それでよけいに太っていたんだなって、そう思えて…。私に心配させないようにってそういう気遣いもすごく感じました。そこに居るだけで…、優しい子でした」

 澄子はまたしくしくと泣き出した。

 「身体の中にためこんでいる」…、それは佐香那にも実感として伝わった。いつも受け止めるばかりで決して不満などを口にしたことのなかった美邦。

 美邦の優しさを思うと、切なくなった。

 佐香那はごく自然に美邦が火事で亡くなった時の状況をこの夫婦に話した。その時感じたもどかしさをこの夫婦に聞いてもらいたかったのだ。

 二人はそれについては何の感想も述べず、ただただ頷くだけだったが、初めて口に出して人に聞いてもらうということで、佐香那はずいぶんと楽になったように思った。

 進藤夫妻とは駅で別れた。一緒の方向だったが一緒に電車に乗る気がしなかったのだ。進藤夫妻が改札の中に消え、しばらくその後ろ姿を眺め、少しぼんやり立ち尽くし、佐香那は考えた。


 最初からやり直しだ…、と佐香那は思った。

 佐香那は家に戻ると、もう一度公恵に電話してみることにした。

「やだー! もう今さらハラサワ君に会うなんて。高校の三年の時、ちょっとだけつきあってただけだし…、今、どこでどうしてるかもわからないわよ」

「実家の電話番号でいいから。お願い。一緒に行ってとは言わないわ」

「もう、しょうがないなあ…。すぐにはわからないかもしれない…。捜してみるから、こっちからかけ直すわ」

 それから一時間ほどで、公恵から電話がかかってきた。

「あったわよ…」

 そして、純一の実家の電話番号と住所を言うと、

「ね…、どんな風になってたか…、あとで教えてね。写真とか撮ったら見せてよ!」

「やあねえ。写真なんか必要ないもん。撮るわけないじゃない」

「そう…、ま、とにかく近況教えてよ」

 けっこう楽しそうに公恵は言った。

 原沢家に電話するにあたって、佐香那は大学の同級生ということにした。純一は、実家の近くに所帯を構えているということだった。

 仕事をしているとすれば、夕方過ぎに電話した方がいいだろう。少し遅めの方がいいかもしれない。佐香那は九時を待って電話した。

 先方では連れ合いと思われる女性が受話器を取った。佐香那は自分も結婚していることを強調して、

「旧姓、クラキと申します。ハラサワさんとは大学の同級生なんですが…、今度クラス会をすることになりまして…」

 と、切り出した。

「ちょっとお待ちください」

 と純一の妻は言い、

「あなた、電話。ねえこの間も、大学のクラス会って言ってなかった?」

 電話を取り次ぐ不機嫌そうな声が耳に入った。

「ハラサワです」

 すぐ近くにいたらしく、純一はすぐに答えた。

「あ、すみません。あたし、旧姓クラキと申しまして、実は大学の同級生ではないんです」

「ああ…、あそうですか…」

 妻の様子を気にしているのか、純一は曖昧な返事をした。

「実は菊野学園に行っていたんですが…」

「ああ、覚えてますよ」

「え?」

「クラス会ですか?」

 妻に対するカモフラージュか、純一はさりげなく会話を続けようとしていた。

「ええ。ええと、できれば会ってお話をうかがいたいんですが…」

「いいですよ」

「今週中だったら、いつ頃がいいですか」

「いいですよ。言ってください」

 なんだか、変なぐあいだったが、こちらで日時を指定しろという意味だと思い、佐香那は勝手に話を進めることにした。

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