Ⅱ-21
佐香那は、はっと我に返り、ベッド脇の受話器に手を伸ばした。
「はい、ミノでございます」
「あ、ミノさんですか? ミノミクニさんのミノさん?」
聞き覚えのない、男の声が言った。佐香那は咄嗟に身構えた。
「はあ…、そうですが」
「あ、わたし、ミクニの母の弟の妻のその…、姉の夫で…、シンドウキンジともうします。あの…、北海道から出てきたんです」
その名前には覚えがあった。
「あ、おじさん。おじさんですね?」
「あ、そうです。その…、ミクニが亡くなったって聞いたんですが…」
「はい。そうなんです。そちらにも連絡しようと思って、連絡先を捜したんですけど、ミクニの持ち物の中に手がかりが見つからなくて…、失礼してしまいました」
「あ、…、あなたは、奥さんですか?」
「はあ」
佐香那の心臓は波打っていた。
「あのですね。ミクニの墓参りをしたいんです。できれば、で、できればでいいんですが…。お話も伺いたいんですよ。できればなんですが」
「あ、もちろん」
佐香那はめまぐるしく頭を働かせた。今が何時かもわからない。壁掛けの時計に目を移す。十時。明るいのだから午前ということだ。
昨日が月曜日だったのだから、今は火曜日だろう。
「あの、今どちらからお掛けですか?」
「それが、東京に出てきているんです。本当は、勝手に墓参りだけしてさっさと帰ろうと思ったのですが、そちらさんの連絡先がわかったものですから…、せっかくの機会ですし、どうせならお会いしたいと…」
「こちらの連絡先? ご存じなかったんですか?」
「はあ」
また頭が働いていないのか、やりとりがトンチンカンになっていた。
「えーと、それじゃ今日、いらっしゃいます?」
「ええ、できれば」
美邦の墓のある田無までなら、これから起き出しても二時間あれば着けるだろう。とりあえず、田無の駅で十二時に待ち合わせをし、佐香那は起き出した。
美邦が亡くなったのは突然で、墓などは用意していなかった。佐香那にいろいろ考える余裕などなく、実家の墓がある寺に取りあえず墓を作ったのだった。
受話器を置いてから、美邦のベッドに目をやる。冷たく四角く、いつものようにそこにある。そこに人のいた気配はなかった。
「やっぱり夢か…」
そして、自分の頭に手をやった。熱は少しあるような気もする。
「とにかく、何か食べなくちゃ…。えい!」
佐香那は自分に気合いを入れると、気分を入れ替えた。
墓参りなので、あまり派手な洋服は似合わない。とはいえ、喪服を着るのは大げさだろう。佐香那は濃いグレーのツーピースを出して着替えた。
着替えながら、進藤の顔をはっきり思い出せないことに気がついた。結婚式で会っているはずだが…。それきり会ったこともないのでぼんやりしている。
佐香那は、結婚式の写真を引っ張り出した。
式はごくごく簡単に、披露宴を行ったホテルにある式場で済ませた。お色直しなどない簡素な披露宴だった。
「ぼく…、そういうの苦手だから、本当はしなくてもいいけど、君はやりたいでしょ」
「そうね…、記念だから形だけでも…」
「ぼくは親戚といっても、ぼくを育てた北海道のおじさん夫婦だけだし、あとは学生時代の友達、大学の先輩と、プラネット・ジェダイの人くらいかな…。八人いるかいないかだな…」
結婚式の集合写真を見ると、美邦がまん中で笑っていた。中心で、ひときわ大きい。その隣に佐香那が座り、その二人の両脇に美邦の大学時代の先輩で、美邦をプラネット・ジェダイに引き入れたという遠野とその妻が仲人として座っている。美邦の後ろにおじさん夫婦が立っていた。
太い眉で、だんご鼻のおじさん。がっしりとしている。線の細い、ひょろりとしたおばさんのほうが、少し背が高い。一応、顔はわかる。
「ま、無いよりは、ましか…」
佐香那は、念のためにアルバムを手提げバックに押し込んだ。
田無駅には約束の十分前に着いた。改札を出たところでぐるりと見回すと、不似合いな黒の上下を着た男と、やはり黒のツーピースを着た女がかしこまって立っているのが目に入った。黒を着ているのだからやはり墓参りなのだろうか。そのほかに待ち合わせしているような人はいなかった。
佐香那は念のために売店の方などをうかがい、ざっと歩き回ってみた。そして改札口に向かい、その夫婦と少し離れた所に立った。夫婦の方でもなんとなく佐香那のことを気にしているようで、こそこそと耳打ちしている。
駅のポスターなどを見ながら、佐香那は待った。
どちらに向かう電車から降りてくるのだろう。たぶん、新宿方面から来る電車だとは思うが…。佐香那は写真の顔を思い浮かべながら、改札から出てくる人を見るともなしに見ていた。
数台の電車が去って、改札口には相変わらず、その夫婦と佐香那だけが立っていた。人を捜しているのでお互いに気になる。佐香那が腕時計に目をやると、夫婦連れの男の方がこちらに歩いて来るのがわかった。
「あの、ミノ…、ミノさんの奥さんですか?」
「え? あ、はい、そうですけど…」
「シンドウです」
男はぺこりと頭を下げた。妻の方も佐香那の方に歩いて来ている。




