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Ⅱ-19

 「クラタ サヨリ」という名前が気になって、まずその子を呼んでみることにした。どこかの会社風の藤色のベストスーツを着ていて、金髪というよりは黄色の髪をくるくるにカールしている。

 画面のクラタ サヨリは甘ったる声でしゃべった。

「いらっしゃいませ。エレベーター担当のクラタ サヨリでーす。今年会社に入ったばかりの新人です。慣れないことが多くて、ごめいわくおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

 二、三通りの絵が交互に変わり、動いているように見える。その白い手袋の手の動きはぎこちなかった。今、テレビのコマーシャルで見るゲームの宣伝では、もっと絵柄がアニメーション映画のようにスムーズに動く。一時代古いゲームということは、佐香那にもわかった。

 画面のサヨリはときどきぺこりと頭を下げている。以前、銀行のキャッシュディスペンサーの画面にこんな絵柄があったことを、佐香那は思い出した。

 画面の左下にある「次」という文字をえらび押して進んでゆく。

「三階。下着売り場でございます。ご利用階をお知らせ下さい。上に行きますか? 下に行きますか?」

 ここで上、下という選択肢が与えられる。佐香那は下を選んでみた。画面はほとんど変わらないが、エレベーター嬢は急にぽっと頬を赤らめた。

「あ、お客様、以前にもこのデパートにお越しでしたね。ええ、覚えているんです」

 そして恥ずかしそうに目を伏せた。

「なんだか、昔好きだった人に似てたもので…、こんなことお客様に言うなんて失礼だってわかってます。いけないってわかってるんです」

 画面ががたがたと…、揺れるような動きになる。

「あ、エレベータが!」

 大きな目をくりくりさせて、答える画面上のサヨリは、不安そうな眼差しでじっとこちらを見つめていた。

「あ、扉が開きません! お客様と二人だけになってしまって…。でも、わたし…、じつはちょっとうれしいんです…。あ、お客様、こんなところで…。あ、恥ずかしいから少し向こうを見ていて下さい」

 画面のサカナは大雑把な動きで、ボタンを外しにかかった。

 強引な展開にしらけきり、なんだかその先は見たくなくて、佐香那は「メニュー」というボタンを押した。

 他の女の子を選んでみたが、他の物も似たり寄ったりだった。

 セーラー服姿の女の子は、「キリハラ スズメでーす。たんぽぽ女子高校、一年になりました。あのね、スズメの好きな物は、ココナッツミルクの甘いの。西原パーラーのがおいしいよね」と始まって、公園でいやいやながら胸を露わにする…。

 教師風のもあった。おきまりの黒縁の眼鏡。赤茶色の髪をアップにして、ぴちぴちのクリーム色のスーツを着ている。胸が張り裂けんばかりだ。

 どれもこれも目の中に星がきらきらしている、少女漫画の主人公のようなキャラクター。人間ぽくない。

 佐香那はなんだか空しくなって、ゲームのスイッチをオフにした。

「まったく、何考えてんだろ!」

 佐香那がこの家に押し掛けてきた後、結婚するまでの数ヶ月間、美邦からは決して佐香那に触れようともしなかった。

 初めてこの家に来た夜に美邦が言っていた「後悔して欲しくない」という言葉。佐香那はそれを思い出して、美邦の優しさなのだと自分に言い聞かせていたが…、不安でもあった。

 そんな静かな美邦が頭の中でこんなゲームをたくさん考えている…。佐香那にはどうもそれがぴんとこないのだった。

 一緒に住み始めてからもはっきり意思表示しない美邦に佐香那は時々苛立ちを覚えることもあった。美邦に対してだと、佐香那はいつもかなり強引かつ大胆になれるのだった。

「ミノさん、結婚って考えたことあるんですか?」

 佐香那はある日、はっきりと聞いてみた。

「もちろん」

 迷わずに美邦は言った。

「クラキ、サカナ…さん。あなたが来てくれるんだったら、いつだってオッケーです」

 美邦はもう指輪も用意していた。それはティファニーの指輪で…。

 あまりのあっけなさにあきれる佐香那に、恥ずかしそうに美邦が差し出しながら、

「ぼく、こういうのほんと苦手だから、聞いたことのある店で探してて…。だけど、どこでどう渡していいかわからなくて…」

 と、言った。

 いつもそうだった。けしかけるのは佐香那の方。そして、誘導さえすれば美邦はすんなりそれに答えるのだった。

 その晩だって…、佐香那の方から美邦のベッドに潜り込んだ。そうやって、佐香那から仕掛ければ美邦は反応する。少し不安に思うこともあったが、美邦はいつもどっしりと(体型からして、その表現はピッタリだったが)、佐香那を待ちかまえているようにも見えた。そして、その受け止め方はいつでも揺るぎないと、思えた。

 美邦の懐に顔を埋めていると、ゆったりと気持ちが落ち着き、そのまま静かに眠れる。「ずっとこのままでいい」と、佐香那は心底思ったものだった。

 佐香那は、紙袋を蹴飛ばし、中のゲームが散らばった。

「まるで、ゲームの相手じゃないの! こっちからけしかけて! あなたはそれを待つだけ!」

 佐香那は猛烈に腹が立ち、目から涙がぼろぼろとこぼれた。

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