Ⅱ-16
ちゃんとした朝食を食べ、珍しく新聞を読み、テレビもつけてみた。
「今日は、オカムラさんに会いに行きます」
いつも変わらず微笑んでいる美邦の写真に向かって言うと、手を合わせた。
念のためプラネット・ジェダイに電話を入れると、岡村の出社は十一時すぎになるという。とりあえずプラネット・ジェダイのあるお茶の水まで出て、佐香那は時間をつぶした。
プラネット・ジェダイは駅前の大きいビルにオフィスを構えている。ゲームなどにまったく関心のない佐香那だが、この会社の名前はコマーシャルなどで時々聞いたことがあった。
オフィスの入り口、受付とおぼしき場所に髪を赤く染めた女性が、ヘッドホンをして、パソコンに向かい合って座っていた。
佐香那が近づくとその女性は、パッと立ち上がり。でも、ヘッドホンはそのままで、なんだか音楽に乗ったようなふうで…、赤いワンピースに、赤いストッキングで…。
「あ、三野様ですね。岡村がお待ちしております。お手数ですが、もう一度エレベーターにお乗りになって…、十五階の方にお上がり下さい」
対応はごく普通だった。
岡村は十五階のドアの前、エレベータホールに迎えに出て来ていた。四十歳台くらいの小柄な男で、髪の毛を伸ばして、後ろでひとくくりにしている。Gパンに緑と紺のチェックのボタンダウンのシャツ。それにオレンジ色のネクタイをして、学生服のような深緑のブレザーを着ていた。
結婚式での岡村はどんなだっただろう。確かこんなに髪は長くなかったはずだ…、と佐香那はぼんやり思った。
「あ…、ども。岡村です」
と、差し出した名刺には「代表取締役」と記されていた。だが、町でこの男とすれ違っても、だれも会社の役員だとは思いもしないだろう。
岡村の部屋はワンルームになっていて、ただっ広い。原色を使ったカラフルな部屋。ソファも赤・黄・緑などの風船が大胆にデザインされた派手なものだった。
「どーぞ」
紙コップのコーヒー。オフィスによく入っている自販機の…を勧める。
「いやー。あいつ。ミノ、やりましたよね」
「え?」
「いやー。奥さん。結婚した時からずっと思ってたんです。きれいで。おれ、いや…、わたし、想像を遙かに超えてましたけど…。すんません、いきなりこんな話で。でも、ミノっつーとどうしてもそこに話が行っちゃうもんで」
「あ」
「だいたい、結婚したってことじたい、驚きですよ。おれ…、いやわたし、まだ独身です。あいつも、ずーっと独身かと信じてました」
「はあ」
「あ、タバコ、いいですか?」
いやとも言えず、佐香那は、こくりとうなずいた。
岡村はスパスパとタバコを吸い始めた。
「ミノはねえ、ほんと、付き合い悪かったんですよ。なんか、がむしゃらに働くばっかりで、ぜんぜん遊ばないんですよ。ま、この会社、個人主義の奴の寄せ集めだから…、それでかまわなかったんですけどね」
岡村の話はくるくる変わる。そして、始終動いていて落ち着きがなかった。
「で? 葬式終わったですよね。や、失礼しました。家族だけでひっそりと…、ってことだったもんですから…。あ、でもミヨちゃんに電報たのんだし…、あれ着きましたでしょ?」
「はあ」
「あれ? そのことと関係あったかな? 今日、なんでしたっけ?」
「少し、ミノの仕事についてお聞きしたいんですけど…。対話型のゲームとか、彼、そういうの目指してたってスピーチでおっしゃってましたよね。そういうのとか…、ミノの商品になったゲームとかを見せていただければと思って…」
「ああ、いくつもありますよ。対話型だったら女の子のとかね…、いろいろ」
「え?」
「あ、魚が出てくるのもあります。あれね。あいつ、狙いはいつも、ばっちりなんすよ。ひらめきびんびん来てるっていうか…。バカバカ当たりとってたんすよ。でも、魚のあれ、あれはね、商品にならなかったんですよね。ちょっとの差で、アメリカのね、他の会社から似たようなのが出ちゃってね。日本にもすぐに入って来て…、けっきょくうちのはね、おクラ入りです。別に似ててもいいからって話になって、魚じゃなくてね、例えば違う動物にしようなんて、案は出てたんですよ…。でも、ミノがマネしたと思われるようなのはやりたくないって、突っ張って」
「それは、どういうゲームなんですか?」
「魚にキャラがあってね。いくつか自分でアレンジして選ぶんです。遊び好きのやつ、まじめなやつ、ひょうきんなやつとかね。顔のタイプもいくつかね…。で、いろいろ話していくんですよ。こっちで入力した言葉も学習していって、会話も複雑になっていきます。けっこう哲学的で深いんですよ。これが」
「はあ…」
佐香那には話の内容がまったくつかめず、相づちをうつのが精一杯だった。
「他の会社で出たの見ました? そいつは音声に反応するんすよ。テレビとかでCMやってたから見たことないかな? すげー、シニカルつうか…。それは顔のタイプが一つだし、グロイとこもあって…。卵から育てて、孵すから…、ミノが考えてたのとは違うっていえば違うんです。あいつの考えとしては、もっと深いとこで対話するっていうんで、音声じゃなくてね、文字で打つんすけど…。ま、ハートウォーミングとか、癒しって路線かな。下手な人生相談なんかよりね、ぐっと心にひびくってやつですよ…。会議でもいけるってね、押したんですけどね。ミノが他の動物にしちゃあ意味がないとか言って…。じゃ、内容が同じじゃないんだから、やっぱり魚で行こうってなったけど、もう『絶対ダメ』と言って、ぜんぜん後に引かないんでね。著作権関係でもめたこともあったからか…。会社の方としても、ミノの意向を汲んで…。だって、ミノはとにかく当たり出すから、荒立てたくないしでね」
佐香那にとっては、岡村の話はちんぷんかんぷんで、どこでうなづけばいいのかさえわからなかった。




