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Ⅱ-14

 後ろを振り返ると、男性用に書かれた料理雑誌がきちんと並んでいた。

「あ、すみません」

 美邦が戻ってきていて、静かにその横に立っていた。

「あ、いやじゃなかったら、ぼくのベッド…、ちゃんと敷布とか変えてあるし、布団も一応客人用のに変えてきましたから、使ってください。ぼく…、女性物持ってないから。これ新品ですから、よかったら使ってください」

 美邦が差し出したのは、まだセロファンの封を開けていないパジャマだった。薄い水色に、カラフルな飛行機、白い雲の柄だった。

「あ、ぼく、この身体でしょ。これ、ゲームの景品見本でもらったんですけど…、普通のサイズで着れないから…、ずっとしまったままだったんです」

「でも、ミノさん…」

「ぼく、ソファで寝ます。畳の間もあるんだけど、ぼく、腹に毛布かけるだけでいいし…。ソファ、ベッドになるんです。ふたつ並べるとぼくでも寝られる。転がり落ちたら床でもオッケーだし。あ、もちろんぼくの部屋は鍵かかりますから、しっかり鍵かけておいて下さい。風呂も鍵かかりますから」

 美邦の顔は真っ赤になっていた。

 風呂場もきちんと片づいており、男一人暮らしとしては、及第点だった。

 夜。佐香那は寝付かれなかった。

 美邦のベッドは身体に合わせて、セミダブルほどもあり、佐香那一人で寝るには広すぎた。佐香那の心臓は、ドキドキと音を立てていた。

 美邦はもう眠っているだろうか。

 佐香那はむっくりと起き出すと、居間を覗き、美邦の身体を捜した。

 居間のソファをつなげて美邦が横たわっていた。なんだかこんもりと盛り上がったその形に、佐香那は微笑した。

 佐香那の気配に気づき、美邦がゆっくりと半身を起こした。

「眠れない?」

 薄暗くてわかるわけないだろうに…、佐香那はこくりと頷いた。

そして、美邦の横にそっと近づき、そのこんもりとした胸に顔を埋めた。

 美邦は明らかに困惑していた。美邦の息が荒くなり、心臓の鼓動が高鳴っているのがわかった。それに連れて佐香那の心臓も呼応しているのがわかった。

 佐香那が美邦の背中に手を回そうとした、その手をそっと取って、美邦が言った。

「ごめん。ぼく、こういう状況に慣れてなくて…。そ、それに、クラキさんに後悔して欲しくないです。会社とかでうまくつきあってるし…。こんな、家にまで来てくれるなんて、夢みたいなことだけど…。だから、大事にしたいです。あしたから、急に会社に来てくれないとか…、そうなったらすごく困るし…」

 美邦は、そっとやさしく、壊れ物を扱うように佐香那を抱きしめた。

「あ、ここ、狭いっしょ。おれ。こんな身体だから」

「少しの間だけ」

 美邦の身体はほかほかだった。太っているせいか人より熱を発している。

「このおうち、一人じゃ寂しいでしょ? だれか、一緒に暮らす人がいた方がいいでしょ?」

「はい」

 実に簡単に美邦は同意した。

「もし、いやじゃなかったら、この家に来てください。別の部屋が良かったら、別の部屋にしてもいいし…」

「一緒がいいです」

 佐香那は次の休日に、勝手に自分の荷物を運びこんだ。寝室は一緒だったが、美邦はもう一つ佐香那用にベッドを入れてくれた。そして、結婚するまで半同棲のように暮らしながら、美邦は決して佐香那の身体に自分から触れることはなかった。

「それが仕組まれたこと?」

 と、佐香那は回想する。そうだったら、もっと待ち受けたような感じがしても良かったのではないか。それに、佐香那は美邦が亡くなった日の状況にもこだわっていた。

 美邦のことを思い出すとじわりと染み出す不快感。それはそのことに関係があった。


 オフィス・フィッシュは美邦の暮らすマンションとは違うマンションの一室に構えられていた。急行で一駅渋谷よりの学芸大駅だ。美邦一人でやっている会社だ。美邦の暮らすマンションにも美邦の仕事部屋はあったのに、なぜ別にオフィスを作ったのだろう。

 康子が言うように、佐香那を迎え入れるためだったのだろうか。

 確かに、派遣の仕事を始めてすぐ、ちょうど佐香那を待っていたようにオフィス・フィッシュからの打診はあった。

 だったら、と佐香那は思う。

 その火事の日。火元となった老人夫妻の部屋は二階で、オフィス・フィッシュは三階で真上ではあったが、三階に燃え移るまでには時間があったはずだ。

出火場所はキッチン。老夫妻の夫の方はほとんど寝たきりの生活で、夫人が夕食後にガス台でお湯を沸かしたまま介護疲れからか、寝入ってしまったらしい。通報があったのが八時少し前で約一時間で火は消し止められた。二階と三階の一部は黒く空虚な焼け跡となった。だが、亡くなったのはその部屋の夫婦と美邦だけである。まだ就寝には早い時間だったからか、他の部屋の人は火が回る前には避難し終わっており、けが人さえ出ていない。

 検分の後で、

「ミノさんは、眠っておられたんではないでしょうか。遺体はまだ焼けておらず、きれいです。一酸化炭素中毒が原因で亡くなられてます」

 と警察官から言われた。

「でも、椅子に座っていたんですよね?」

 と、佐香那は聞き返した。

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