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Ⅱ-13

「すみません。突然、変な電話して、押しかけて…」

「いやいや…、それより、すごいなあ。クラキさんの手料理なんて…」

 と、恥ずかしそうに、なんでもないふうに、美邦は佐香那を部屋に導いた。

 部屋はこぎれいに片づいていた。今の電話であわてて片づけたという様子ではなかった。

 白を基調とした部屋。シンプルだが趣味のいい備品。クリーム色で柔らかな曲線のソファがまず気に入り、和紙を組み合わせた暖かい色の照明が優しく、静かな雰囲気を醸し出していた。

 それに、観葉植物。コミカルに並ぶサボテンの小さい鉢…。

「がらじゃないでしょ。ぼく、植物が好きなんで…」

 恥ずかしそうに笑う美邦の中には少年の部分が残っていた。

 居間とキッチンはカウンターで区切られており、キッチンのタイルは、ところどころブルーの濃淡で描かれた魚の柄が組み込まれていた。

「かわいい…、ですね。このタイル。珍しいわ」

「それ…。スペイン製なんです。海に近い所で…」

「行かれたんですか?」

「いや…。ぼく、海外旅行なんてしないです。旅行もあんまり…。一緒に行ってくれる人でもいれば別だけど…、出不精だし」

 美邦はキッチンの棚をいくつか開けて見せた。

「あれ…、男一人暮らしだから、あんまり食器類とか、調理するものとか、ないけど…」

 確かに数は少ないけれど、どれも趣味が良く、最低限のものがそろっていた。佐香那は、なんだかうきうきした気分になってきていた。

「あの…、何か手伝いましょうか?」

 雇い主だというのに、偉ぶった感じがしない美邦。それはずっと変わらないのだろう、と佐香那は思った。

 パスタ、サラダなど、ごく簡単な料理をそろえ、白木のダイニングテーブルに向かい合って座った。もう九時を過ぎていた。

「すみません。こんな遅い時間になってしまって」

 佐香那は、自分のしたたかさを隠すように、お茶目に言ってみた。

 美邦は消えそうな声で、

「クラキさんて、お料理、上手なんだな…」

 と、ぽつりと言った。

 それから、二人は寡黙になったが、なにもしゃべらなくても良かった。音楽がなくても、テレビがなくても、しらけるというのではなく、ただそこにいるだけでなんの不思議もない。

 佐香那は安らいだ気分になっていた。

 食器をシンクに運びながら、佐香那は静かに話し始めた。

「こんな変な時間に訪ねて来て、変だと思いませんでした?」

「あ…、いや…」

「実は、お友達の家で料理をしようと思ったんですけど、振られちゃって…、食材は手に持っていたし、ふとミノさんの顔が思い浮かんだんです。ミノさんだったら、一人暮らしだし、忙しい方だから、もしかしたら夕食がまだなんじゃないかなって」

「そうですか…」

 美邦はそう言っただけ。それ以上聞くようすもなく、少し話が途切れた。

「よかったわ。食事がまだで」

「ひどいときは、カップ麺。ちょっと良くてもマックかほかのファストフード、コンビニの弁当くらいで…。身体にはよくないし…、ダイエットしなきゃいけないんだけど…。いやー、こんな食事ができて、ラッキーでした」

「喜んでくださるんだったら、また来ようかな」

 美邦はびっくりして佐香那を見つめた。

「あ、もちろん、おじゃまじゃなかったら」

「あ、そんな」

 片づける佐香那の後ろから、美邦が心配そうに声をかけた。

「食器洗い機ありますから。そこに並べるだけでいいんです。あの…、あとは明日でもぼく、やりますから。いつも二、三日は使ったままで、いよいよ食器がなくなったら動かすんです」

 食器洗浄機はシンクの下、オーブンの隣にあって、美邦がその扉をあけた。

「あら…。じゃあ、並べるくらいはやります。だって、勝手に押し掛けてきて、食べてサヨナラじゃあ、ひどいでしょ」

「そうですか…」

 美邦も手伝って、食器を詰めていく。

 美邦は珈琲を淹れた。

 居間のソファで、二人は少し離れて並んで、座った。

 そのソファはゆったりと佐香那の身体を受け止め、ちょうどいいバネの具合だった。

 佐香那は、もうこのまま帰らなくてもいいと思っていた。

(引き留めて!)

 心の中で叫んだ。

 でも、美邦が引き留めるわけがない。それはわかっていた。

 鶴藤への腹いせから、こんな所に押し掛けている自分が急にみじめに思えた。美邦は佐香那に好意を持ってはいるだろうが、積極的に行動するような人ではなかった。佐香那はなんだか情けなくなってきた。

 佐香那の気持ちは異様に高ぶっており、ぽろりと涙が流れた。

 美邦は、たじろいで、少し困ったような顔になった。

「ごめんなさい。ちょっと…、今日は一人になりたくなかったんです。あの…。もしご迷惑じゃなかったら、帰らなくていいですか?」

 美邦は佐香那の発した言葉の意味がすぐわからない、といった表情をした。

「あ、この、ソファとか…」

「あ、そんな…。」

「ごめんなさい。あたし、とにかく、ここ片づけちゃいます」

 佐香那は自分でもどうしていいかわからず、珈琲カップなどを急に片づけ始めた。

 キッチンの食器洗浄機の中にカップを並べながら、ふと美邦の方を気にすると、美邦の姿は見えなかった。

 洗浄機をかけながら、佐香那はぐるりとキッチンを見渡してみた。

 きれいに片づいている。

 ガス台は四つ。キッチンクロスはブルーを基調にしたチェックで、清潔な感じがした。魚柄のタイルともマッチしている。どことなくユーモラスな魚たち。

 こんな、キッチンで好きな人に料理を作ったら、どんなにいいだろう…、ぼんやりと佐香那は思った。

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