Ⅱ-10
「笑っちゃうけどさ、あたしの方から声かけたのよ。ハラサワ君に」
「ひょえー! あんた、学生時代、遊んでそうに見えたけど! 地でいってたのね」
「それでも、声かけるまでに一月は迷ったわね。で、『この人しかいない!』って…、まるで少女マンガよね。初めて手をつないだ時なんか、天にも昇るって感じ。ままごとみたいなキスしてさ、かわいいもんよね。今の学生なんか何してるか…。今のマンガは内容もすごいもんよ。上の娘なんか小学四年で、バレンタインデーなんか大変なんだから。学校で禁止になってるのに。手作りチョコレートよ! この先、心配だわ」
「ね、サカナ、あたしたちって、道を誤ったわね。ま、サカナは男にもてたし、結婚もしたんだからいいけどさ…」
「そういえば文化祭の時に、『誘う気なかったのに、着いて来た奴がいて』っていうようなこと言ってたかもね。サカナのこと知ってる子はけっこういたもん。サカナ狙いってことは大いにあるわね。あんた、電車で目立ってたから…」
「いいわねー」
話はどうしても康子と公恵のやりとりになってしまう。佐香那はなにかしきりに考えているふうだった。
「学生時代の写真はあげたことあるの?」
康子は佐香那の代わりに話を続けた。
「それは間違いないわね。文化祭にはカメラ持って来てたし、修学旅行とか、運動会の写真くれって言われたもん。うん、確かにサカナの写ってる写真ってリクエスト、あったよ。他のヤツにたのまれてって言ってたよね…。確か。写真を焼き増ししてばらまいてたことは覚えているけど、誰にどの写真をあげたか、までは覚えていないわ」
「アイドルの生写真とか…聞くよね。男の子って昔からまあ、考えることは同じなんだね」
「卒業アルバムとか、まとめて、ハラサワ君に渡したこともあったから、他にも写真をまとめて、貸してるかもね。今考えれば、ハラサワ君があたしの写真を欲しがるわけないわ。あたしの方がぞっこんだったわけだし…。だれかにたのまれて、ハラサワ君が私を利用したってことは、おおいに考えられるわね」
そこまで言うと、公恵は佐香那の方に向き直った。
「ね、サカナ、こんなこと言うと悪いけど…。あんた、学生時代からずっともてたよね…。その…、ミノさん? その人とはどうして結婚したの?」
康子がその言葉を受け取った。
「でしょ。不思議に思うよね。なんでこんな人とサカナがって…。そりゃ、ミクニ君、いい人だったよ。ま、価値観も人それぞれだから、あたしがどうこう言うこともないけどね…。サカナってけっこう男運悪かったのよ。ミクニ君と付き合う直前まで付き合ってた人はさ、見た目バッチリで良かったんだけど、性格がビンボー」
「ちょっと、康子、人のことそんなふうに言って…」
公恵は佐香那の反応を気にしながら、康子をたしなめた。
「いいのいいの。サカナが自分からこういうこと話すってことはないから。それに本当のことだもん。女癖も悪くてさ、こんなかわいいサカナを蔑ろにして、頭の中ピーマンの変なイケイケ女とくっついたんだから」
佐香那は、下を向いていて、肯定も否定もしなかった。
「ミクニ君はね。ゲームを作ってた人なの。最初はね、大手のゲーム会社ですごく売れたやつ作って、金はざくざく。自由が丘のマンションで一人暮らしてたのよ。3LDK! まるで結婚のために用意してあったみたいに…。今、そのままサカナがそこに住んでるだもん。すごいでしょ。サカナは金目当てで結婚したわけじゃないと思うよ。でも、その付き合ってた男に当てつけで、それに弾みがついたって感じはするよね。ね、サカナ?」
「なんと言われてもしょうがないわ。ツルフジ君を振りきるために利用したようなところはあるかもしれないし…」
話に乗っている二人に比べて佐香那は沈みがちだった。話の切れ目はいつも佐香那が作る。その切れ目を見つけて。夕飯の支度があるからと、四時には公恵は帰ってしまった。残された二人は、市ヶ谷駅の上の喫茶店に入った。
「けっきょく、写真の出所がわかっただけね」
康子が言うと、佐香那は暗い表情で、
「なんか、帰りたくないな…。あのマンション…」
と、上目遣いに康子を見た。
「どういう意味? また泊まれってこと? あたしはあんたと違って働く必要があるんだから、もう付き合ってられないわよ」
「そうだよね…」
「ね、サカナ。もし高校時代からミクニ君があんたのこと思っていたんだったら、もうそれはそれでいいじゃない。そんなに思われることってすごいことよ。もう、本人は亡くなってしまったわけだし。深く考えたり詮索しない方がいいよ。もう、やめよ。こだわったってしかたないじゃない、いまさら…」
「うん…」
「それにさ、そうやって静かに人に思いを寄せるって…、ミクニ君に似合ってるかもよ。そんな気がしてきた…。もしサカナと出会うために本当に仕組んだとしたら、すごいよね。そこまでできる人ってそうそういないわよ。ああ…。あんた、幸せよ。そんなに思われることが一瞬でもあったってことだけでもね」
佐香那は、康子の声をとらえながら、心の中にもやもやと溜まってきた不快感を反芻していた。




