Ⅱ-9
「そう。もしかしたら、少し太めだったのかもしれない。でも、学生時代の写真を見たわけじゃないからはっきりとは言えないけど」
と、佐香那が美邦の写真を取り出して見せた。
「これ、亡くなる前の写真」
それは、美邦と佐香那が並んで写っているもので、新婚旅行の北海道で撮った写真だった。美邦の身体は、佐香那を二周り膨らませたくらいの大きさだった。二人はただ並んで棒立ち状態。美邦は仏壇の上にあった写真のようににっこりと笑っており、佐香那は静かに笑っていた。
「えー? こんなに肥満した子はいなかったけどなあ」
と言い切ってから、公恵はバツが悪くなった。
「学生時代は、まだ普通の体型だったのかしら」
と、佐香那が写真を引っ込めた。
「ね、あそこの東郷公園に行ってみない? あそこ、ハラサワ君とよく会った場所なの。どうなってるか、見てみたい」
喫茶店を出ると、三人は母校の前を通って学校の近くにあった公園に行くことにした。
「ここら辺、ずいぶんと変わったわね。昔は、もっと住宅街だったよね。けっこうビルが増えて、オフィスが増えたね」
まず母校の校門前で、またひとしきり、話ははずんだ。
「ね、ね、あんな校舎なかったよね!」
「きれいになってるよね!」
日曜日の学校は静かだった。
「中がどうなってたか…、もうぜんぜん思い出せないね」
「不思議ね、ここで三人そろって過ごしたこともあったんだから」
話は途切れることなく、目的の公園に着いた。
「公園もきれいになったよね。こんな遊具あったかしら」
公恵が言うと、
「あたし、こんな公園に来たの初めて! 六年も通ったのに! デートの必要なかったし…。ああ、いまだに誰もいないってのも、悲しい話よね」
康子が言った。
「中学の帰りにさ、ほら、痴漢とかがいて、大騒ぎとかあったよね」
「それって、この公園だったの?」
たちまち本筋は置き去りにされて、話は横道に脱線して行く。
康子は、佐香那があまり口を挟んでこないことに気がつき、
「ね、そのハラサワ君て、どこの高校?」
と、話を本線に導いた。
「男子校よ。城西って、知ってるでしょ。市ヶ谷の…」
「ああ…。それならミクニ君もやっぱり市ヶ谷で降りてたのかな」
「おかしいなあ。ミクニは確か高校までは北海道だったんだけどなあ」
「でも、あのファイルには、電車でサカナのこと見たって書いてあったよね」
「そうよね…」
「転校したんじゃあないの?」
「そうなのかなあ」
「ハラサワ君とミクニ君が知り合ったのは解放塾っていう塾でしょ。すごいスパルタで進学させるとこだよね。ってことは、高校は違ってたってこともあるし、塾で初めて同じ高校だってわかのかもしれない…」
「そうだけど、もし北海道だったら、どういうことなんだろう。塾だけ東京に通うなんて、変だよね」
「その、ミノさん…、ミクニさんの高校時代のお友達はいないの?」
「うん」
あんまり、あっけなく佐香那が返事したので、二人は思わず顔を見合わせた。
「結婚式の時には確かに来ていたんだけど、その後つき合っている様子はなかったし…。亡くなった時に連絡しようと思っても、名前さえわからなかったの」
康子も公恵も返す言葉を見つけられず、会話に隙間ができた。
「ね、あのベンチに座ろうよ」
日だまりの中にあるベンチを康子が指さし、三人はその後ろに続いた。
「このベンチ、昔もここにあったのよ。場所は同じだわ。でも、きれいになってる」
「そりゃ、十五年もすれば、新しいのにするよね」
「なんか、すごく懐かしい。ハラサワ君、どうしてるんだろ」
公恵が目を潤ませ、佐香那はごそごそとプリントアウトしたファイルを取り出した。
「ハラサワ君のことは、塾で知り合ったとしか書いてないのよ。次は文化祭になってる『サカナちゃんが作った綿飴を食べた。あまい思い出ってとこかな』だって」
「ハラサワ君が仲の良かった友達って?」
「ミズハラ、とかガンジって呼んでた子だよね。たぶん文化祭の時もその二人は来たよ。あと一人か二人、来たのかなあ。でも誰かというのは忘れたし、今、ミノさんの写真を見てもぜんぜん、ピンとは来なかったけどなあ」
「まったく面影もないってことなのかしら…。子供時代の写真とか一枚もないの?」
「うん」
これまた佐香那があまりにもあっさり答えるので、康子と公恵は再び顔を見合わせた。
もともとは、原沢君とどうやって知り合ったの?
「もちろん電車よ。城西って人気あったのよ。あのころ。ミカやトシコといつも狙ってたの。うちら女子校じゃない! 男子とは縁がないもんね。カレシをゲットするのは、通学電車が勝負だったのよ。向こうは男子校だからね…、おたがいに意識してたわよ」
「ミカの宝塚情報もそこらへんから流れたってことで、一応つながることはつながるわね…。それにしても…、あんたたちって進んでたのね…。それに比べて、あたし達は、食べることとマンガの話ばかり。オクテだったよね、サカナ!」




