荒魂の正体 1
持衰の声が徐々に小さくなり、消えたと思ったら、寝息に代わっていた。ベッドにもたれて前後不覚に陥っている少女を見ながら、晴彦は目を細める。意識の限界まで聞かせてくれた持衰の話は、今後の対策として充分に参考となるものだった。
「崇志兄の荒魂の除霊と、持衰さんに憑依した蛇神の魂鎮めと、それから……」
解決のために必要な事項を羅列する。
「どうやって、美耶ちゃんと持衰さんを両方とも残せるか、やな」
崇志に入りこんだ荒魂の正体は聞いた。それが、明日の大祓に力を強めるという理由も。
『タカシ』にはできるだけ教えたくない、とためらう持衰の気持ちも理解できる。
けれど、
「まず、崇志兄には自覚を持ってもらわんと」
晴彦は、持衰の意に反して、崇志にはすべてを話す気でいた。
「崇志兄のことだから、簡単に自分を無視した結論出しそうやけど……。持衰さんが崇志兄のことを何よりも優先したがってるのをわかってくれるといいけどなあ……」
説得の難しそうな青年に対し、思わず溜息がこぼれる。
だが、兄は少年のそんな危惧を一掃した。
「持衰の気持ちはありがたいと思う。俺が荒魂の存在を自覚することで持衰の負担が軽くなるんなら、もちろん、正体を話してもらって構わない」
荒魂の実態は崇志兄にとって聞きたくない相手かもしれんよ、と仄めかしたにもかかわらず、すんなり受け入れようとする彼に、晴彦は拍子抜けした。持衰に騙されるな、あいつの話は信用できない、その程度の反論は覚悟していたからだ。
思わず、同席していた父母に問う。
「崇志兄も中身が入れ替わってしまったんですか?」
「……ずいぶんな言い草だな、おい」
座卓の下で、飛んできた足に脛を蹴られた少年は、顔をしかめて、
「言われても仕方のない態度だったやろ」
と、文句と蹴りを返した。
「入れ替わったのは心がけのほうじゃないかしら」
母が笑って補足するのを、当人の兄は、
「前がよっぽど酷かったみたいなこと言うなよ」
と不満気に否定する。
「実際……」
持衰さんには酷い当たり方やった、と言いかけた晴彦の足を、また反撃が見舞う。
なんでそんなに協力的になったん? と重ねて尋ねたかったが、あまり追及して、また崇志のへそを曲げても厄介だ。少年は適当なところで切りあげることを選んだ。
「じゃあ、崇志兄の気が変わらんうちにさっさと話してしまうことにする。崇志兄にとり憑いてる荒魂の正体は」
そこで、一度 深呼吸をしてから、続ける。
「崇志兄のお母さんや」
数瞬の間のあと、注目を集めた美律子が、慌てて首を振った。
「え? 私……なの、ハルくん?」
「あ、ごめん。そっちじゃないほう」
晴彦は急いで否定した。事故で亡くなったほうのお母さんです、と。
「そうよねえ。安江さんよね」
安堵の溜息をつく母に、
「まあ、安江さんなら」
と父が合意する。
「考えてみれば、他に崇志に祟りそうな人って心当たりないわ」
母の納得に、
「生前の性格って亡くなってからも受け継がれるんだな」
と父も同意する。
一応は神妙な顔をして聞いていた兄は、
「……荒魂が母さんでよかった」
と、不条理さを訴えることもなく、肯定した。
……どういうこと? なんで、みんな、こんなに抵抗なく受け入れるん?
不遇の死者を『祟りの元』などと言えば、どれほどの顰蹙を買うかわからないと予想していた少年は、自分だけが深刻だったという事実に突き当たって、少なからず落ちこんだ。




