蛇神 対 稲荷神 3
東西に長い住宅街は、北側の丘陵に位置する稲荷へのアクセスを容易にしていた。家々の間の細い路地を、とにかく北上すると、やがて雑木林に覆われた広大な敷地に突き当たる。
「突き当たったら西やったな」
左に目を転じると、枯れ草の積もる地面の先が舗装路と直結していた。その道路が稲荷神社の鳥居まで続いているらしい。
総本山である伏見稲荷から分祀されたというだけあって、神社はそれなりの格を持っているようだ。晴彦が歩いている脇の林の中にも『境内につき関係者以外立入禁止』の立て看板がある。ずいぶんと範囲が大きい。
「この稲荷さんが来たせいで、蛇神が祀られなくなったんだもんなあ…」
でも、少年の心は複雑だった。
「山の神なんて、民間信仰みたいなもんやし。稲荷さんと併用して残してもよかったんと違うかな…」
わざわざ、古来からの神を廃することに、なにか意味があったのだろうか。
「それとも、稲荷さんが嫌がったんかな。自分の他に力の強い神がいること」
ふと、神仏習合で稲荷に含められた仏、殺戮を好む荼吉尼天の存在を思い出す。彼女も祟るという性質を持っていた。眷属である狐を使い、人間の精神の闇につけ入って破滅に導く。狐憑きなどという現象が現代でもまことしやかに信じられているのは、過去の日本において、もっとも恐れられた憑依の1つだったからだ。