山の神の祟り 2
祠から神体を下ろし、隙間に積もった泥を爪でこそげ落としながら、晴彦は説明を重ねた。
「たぶんやけど、この土地はかなり昔から人が住んでいた場所じゃないかな。それこそ弥生期のころから。稲作に支えられた住人が心の拠り所としたのが、石積さんのとこに残ってる田の神や、この山の神さんいう存在だった」
「でも晴くん、さっき、この神様のことを地母神って言わなかった?」
『山の神』という単語にすんなりすり替えた晴彦に、葉月は不信の目を向ける。少年は苦笑して答えた。
「地母神は1番古い信仰だったって言ったでしょ。それが分身して田の神や道祖神に変化したんだろうって。だったら、田の神が山に帰った姿の山の神も地母神と同一の存在と違う?」
「あ、そっか」
あっさり疑念を取り下げる少女。
「じゃあ、今度からこの神様は山の神様で統一ね。いろいろ名前があると混乱しちゃう」
晴彦が恐れげもなく触れる神体に、葉月も警戒心を解いたようだ。そろそろと、ではあるが手を近づける。
「うん、わかった」
承諾した晴彦は、
「でも、触るのはどうかと思うよ。この神さんがまだ効力を失ってないとしたら、女の子にはあんまりありがたくないやろうし」
出産の神さんは子作りを促す神さんでもあるからさ、と続けた。
「…どうしてそういうことがさらっと言えちゃうのかなあ…」
晴彦のことを異性と認識している葉月は、また俯いて、
「ばか」
と罵った。
「…神さんの性質を教えただけやし」
少年は、また困った表情で頭を掻く。
「…話、戻すけど」
背を向けた少女に遠慮がちに話しかけると、葉月はしぶしぶと言った感じで向き直った。
「うん、山の神様が、それから?」
「こういうものは、普通、そこらへんの石で作ってあるもんなんや。大きな石とか変わった形の石自体に魂があると考えられてたから。それにちょっと細工して神さんとしての体裁を整えたわけ」
「…晴くんって、もっと神様に対して信心深いのかと思ってたけど、意外にドライなんだね」
自身が仏の超常力に憧れ、創作活動をしている葉月には、晴彦の感性がひどく乾いたものに感じられてしまう。
「信心はあるよ。でも、それ以上に、信心を持った人たちの時代背景を考えることが好きなん」
少年は笑う。
「じゃあ、十二神将大好きなあたしにも興味持ってくれる?」
すかさず少女が斬りこむと、今度は顔をしかめて、
「それ、信心と違うやん。仏さんを超人に仕立ててるだけでしょ?」
と反論が来た。言葉に詰まって黙る。
晴彦が、少し表情を引き締めながら、蛇の顔のあたりを指で拭った。
「この山の神さん、素材が違うでしょ。黒曜石だと思うんやけど、この石を使った神体で蛇の形をしてるものって、オレ、見たことない」
「それってどういう意味?」
珍しいご神体、というだけの説明とは思えない真剣な態度の晴彦に、葉月も思わず続きを促す。
「黒曜石…も含む『黒』いう色は、武器や武器を作る鉄に好まれて使われた表現なんだ。富国強兵…己が力をつけて敵を追い払う、みたいなね」
「ふうん。…で?」
まだよくわからない少女は、簡単に答えて先を急がせた。
「予想やけど、神さんや仏さんにこの色を使うのは、『退魔』の意味を持たせたんじゃないかな。この土地に入りこんできた『魔』、要するに『敵』を追っ払う役目を担わせた」
「それならわかるっ!」
十二神将も仏の世界を守るために戦う退魔の戦人たちだ。葉月には馴染んだ感覚だった。
「それじゃあ、この山の神様は、田の神様として、この土地に入りこもうとした魔物を追い払ってきたわけだね」
「そう。たぶん、この土地は他の土地より米の収穫に恵まれていたんだと思う。『魔』に入りこまれて不作にでも陥ったら、被害が大きかったんやろうな。だから、特別な石を使って守護神である山の神、田の神の力を強めた」
「じゃあ…」
『守護神』などというキーワードを出されて、フル活動しはじめた神仏ファンタジー愛好家の少女の脳は、そこで奇妙なことに気づいた。
「…その大きな力を持った神様が、封印されちゃってるいまの状況って、どうなっちゃうの?」
「…祟り神に変化したかもしれん」
晴彦は沈んだ表情で手の中の『神だったもの』に目を落とした。




