山の神の祟り 1
木立の上の空に雲がかかったようだ。山中の空気がますます濃い闇の色を帯びる。
帰ろうを連発している葉月に、
「ごめん、もうちょっとだけ待って」
と牽制する晴彦にも、何が自分を引き止めるのか理解できていなかった。ただ、『常態』とは違う感覚を強く感じる。
黒い地母神の素材は、汚れてはいるものの、未だに鈍く光る崇高な色を湛えている。通常、こんな藪に打ち捨てられるような神に、高級な石が使われることはない。長いこと開けられた形跡もない石祠に閉じこめられていた神体が、日本で貴重とされてきた黒曜石でできている意味は…。
…たぶん、地母神としての力が強かったせいだ、と少年は結論づけた。そして、その神を地元の人間が敬わなくなった理由を考えた。
「葉月ちゃん、お祖母ちゃんからこの神さんのことをどういうふうに聞いた?」
郷土についての造形が深いと聞いていた葉月の祖母の見解を聞くと、少女は、手持ち無沙汰にふらふらと彷徨っていた歩みを止めて、答えた。
「山の神様って言ってたよ。田の神様が役目を終えて山に帰っていった姿なんだって。だけど、いまはお稲荷さんが山の神様の代わりをするようになったから、もうお参りしなくなったみたい」
「稲荷さんが代わり?」
晴彦の中で、この土地で変遷してきた信仰の道筋が結びついた。
「そっか。伏見から稲荷さんを勧請したときに、もともとあった土地神さんを排除したのか」
「どういう意味?」
蛇の神から目を離さずに呟く少年に、葉月が近づいて尋ねる。
※『勧請』とは本宮(1番元になる神社)から神体(神の御霊)を分けてもらうことです。分祀と同じ。




