1話「仕事の依頼」
第2章には、一部残酷な描写が含まれます。
『魔法少女は孤独でいることが推奨される。大切な人を失いたくないなら。』
『未来視の魔法少女』である私は、先輩に呼び出された。
私の能力を使って欲しいらしい。
どうやら敵との闘いが重要な局面に差し掛かっていて、作戦の見通しを立てたい様だ。
私が未来視を使えば、先の状況がどうなっているかを把握できる。
重要な局面である今、作戦を遂行することで良い結果を生むか、悪い結果を招くかの検証をしたいのだろう。
だけど未来視は万能ではない。未来視で見た未来と、これから歩む未来は別物になるから。
未来がどれだけ変わってしまうかは、持ち帰った情報の量に左右される。
優良な未来を大きく変えてしまわないようなプロセスは『参謀の魔法少女』が考案した。
私が未来から情報を持ち帰り、『選別の魔法少女』が必要最低限の情報を抽出し、その情報を元に参謀が作戦を修正する。
未来を変える必要がないのであれば、未来の情報を参謀が知らなければ良い。
逆に未来を変えたいのなら、未来の情報を最大限に生かし作戦を再立案すればよい。
でも敵も馬鹿ではない。力技の、なりふり構わない破壊作戦を立て、停滞した現状を変えようとしている。裏の世界を知らない一般人にも被害が出るかもしれない。
私の大事な人にも。
先代の『未来視の魔法少女』である先輩から手渡された依頼書を確認する。
『14日先の未来の最重要情報を持ち帰ること』
14日先の未来。いつもなら長くとも5日先の未来だ。
現時点でそれだけ先の未来を見たとしても、大きな誤差が生まれるだろう。
いかに敵の破壊作戦を警戒しているかが分かる。些細な情報を持ち帰るだけでも、大きく未来が変わる。
私は身を引き締めた。
……
深夜。
帰宅した私は自室へ向かう。
叔母夫婦は私にあまり干渉してこないので、いつ私が帰ってこようと気にしない。
仲が悪いわけではない。逆に、両親の死で傷心していた私に気を使ってくれた優しい人達だ。
自室に入ると静かに扉を閉め、3つの鍵をかける。
収納から取り出したアロマキャンドルをベッド横のミニテーブルに置き、火をともす。
遮光カーテンをしめて、外から部屋の中を完全に見えなくする。アロマキャンドルの明かりだけが、暗い部屋を照らしていた。
14日先の未来視ともなれば、相応の集中力が必要だ。もしかすると失敗するかもしれない。
不安になった私は、部屋の隅に置かれた大きな猫のぬいぐるみをとって抱きしめる。過去の大切な思い出を頭に浮かべる。未来に希望を持つためには、大切な過去が必要だ。
心が落ち着いた私は魔法少女の姿になり、ぬいぐるみを抱いたままベッドに横になった。
アロマキャンドルの横に置かれた写真。私と親友が写っている。掛け替えのない大切な人。
現在を守りたい強い思いが、未来視の精度に関わる。アロマキャンドルの揺らめく光に照らされた親友の顔を見ていると、安心からか緩やかな眠気がやってくる。
私は目を閉じる。
きっと大丈夫、親友の未来は守る。
…
……
………
私の未来視の能力は、正確に表現すれば、指定した未来の自分自身に憑依することだ。
憑依といっても身体の主導権は未来の私にある。過去の私ができるのは視界の共有だけ。
未来の私が目を覚まし、ベッドで横になったままカレンダーに目を向ける。目的の日付に丸がついている。未来への接続に無事成功した様だ。
起きたらすぐにカレンダーに目を向けるのは毎日のルーチン。過去の私が、未来視を成功できているかどうかを確認できる様に。
未来の私はカレンダーから視線を外すと、のろのろと起き上がる。
…朝に強い私にしては珍しい。いつもなら、すっと起き上がるのに。
身体を起こして5分。未来の私は身を起こした状態のまま、動かない。
…体調が悪いのだろうか。
未来の私は、机に置かれた親友とのツーショット写真に目を向けた。
写真は横向きに倒れている。
視界が徐々に滲んでくる。布団に何かが落ちて、ぽつぽつと染みをつくる。
…未来の私は泣いている。
未来の私はどうなっているの?
未来の私がベッドで固まっていると、叔母さんが部屋に入ってきた。
めずらしい。私を気づかって、あまり干渉してこないのに。
叔母さんが何か喋っている。私が共有できるのは視界だけ。話す内容は口の動きから推測するしかない。
『ア―リちゃん、大―夫?』
叔母さんは酷く心配している。もしかしたら、本当に病気なのかもしれない。
未来の私が何か返答したのだろうか、叔母さんは安心した様な、でも悲しそうな顔をして部屋から出た。
未来の私はようやくベッドから立ち上がり、ハンガーにかかった制服を取った。
登校する様だ。少なくとも、病気ではなさそう。
壁に掛けられた時計に目をやる。時刻は9時過ぎ。あきらかに遅刻だ。
未来の私は少しも焦ることなくパジャマから着替え、朝食を食べず、化粧もせずに家を出た。
下を向きながら、重い足取りで通学路を進む未来の私。
いつもは親友といっしょに登校しているのに。
遅刻するなんて、ハズレの未来だ。
周りの景色を見る感じ、破壊痕は無い。少なくとも表の世界に被害は出ていない様だ。
おそらく敵の破壊作戦が失敗に終わったのではないだろうか。悲観するような未来にはなっていないのかもしれない。
最重要情報も「NULL」とだけ書き込まれているかも。
暗号化された、意味のない文字列を記憶するのは疲れるから、そうだといいけど。
…じゃあ未来の私がこれだけ落ち込む理由って、なんだろう。
思い当たることがひとつある。親友とケンカをしてしまったのではないか。
私と親友はケンカをしたことがない。親友が底抜けに優しいから、ケンカに発展しない。
だけど完全にありえない訳じゃないだろう。未来の私がわがままを言って、一方的に責めちゃったりとか。それを気にして、元気がないのかも。
学校で親友と会ったときの、未来の私のリアクションを見れば分かることだろう。
……
学校に到着した。時刻は10時過ぎ。もう2時限目が始まっているはず。
未来の私は自分の教室へ向かった。相変わらず足取りは重い。
何度か階段でつまずいた。
教室の扉を開ける。教師、クラスメイトの視線が集まる。
未来の私は窓際の机に目を向ける。親友の席は空だった。欠席か、残念。
教師に何事か言われながら、未来の私は自席に進む。
友達と目が合う。眉を下げ、心配そうな目をしている。
未来の私は自席に着くと、机に顔を伏せてしまった。視界が闇に閉ざされる。
意識を目的の時間まで落とせば魔力を節約できる。要は早送りみたいなもの。
私にとっては親友と過ごす時間の方が大事だから、魔力の無駄だと分かっていても早送りはあまり使わない。だけど今日は親友がいないし、面白そうじゃない。
残念に思いながら、夜まで意識を落とすことにした。
…
……
………
19時55分、意識が浮上する。
私は毎日、夜20時に送られてくる報告書に目を通している。過去の私が視界を共有してくることを見越して。未来の私の視界を介して、報告書から必要な情報を記憶し持ち帰れば良い。
今回、必要なのは最重要情報。私が理解できないように暗号化されている。意味の理解できない文字列の記憶は大変だ。習得までには時間がかかった。
未来の私は、自分と親友のツーショット写真を眺めている。思い出の、軽井沢の写真。
私は毎日、眺めている。未来視に欠かせない、大切にしたい過去。未来を守りたいという強い意志を持たせてくれる。私の宝物のひとつ。
だけど。
だけど長く眺めすぎだ。とっくに報告書を読み込む時間を過ぎている。
未来の私に対してイラつきを感じ始めたとき、ようやく動きがあった。
机の一番上の引き出しを開け、ルーズリーフを1枚、取り出す。
机にルーズリーフを置く。ペンを取る。
ペン先が震えている。
ルーズリーフに涙が落ちる。
未来の私は、震える手で文字を書き始めた。
『キサラちゃんが死んだ。11月22日 16:45に信号無視の車にひかれて。』
『過去の私、お願いだから親友の未来を変えて。』
第2章は、『完璧な美少女』に恋をする、『自分をモブだと思い込んでいる不器用な少女』の、孤独な戦いの物語です。




