最終話「ふたりの約束」
「こんばんは。キサラちゃん」
アカリちゃんは病室の窓枠に腰かけ、優しく微笑んでいる。
月の光を浴びた魔法少女姿のアカリちゃんはとても素敵で、いつもより大人びて見えて、私は見惚れてしまった。
大量のレースとフリルで彩られたドレスシャツ。
大小さまざまな花の装飾が散りばめられ、ふわりと広がった桃色のフリルスカート。
アカリちゃんの可愛らしさに、何の違和感もなく馴染んでいる。
きっと、アカリちゃんのために作られたオーダーメイドなんだ。
そんなの、私に似合うわけないよね。
「…こんばんは、魔法少女アカリちゃん?」
「間違ってないけど、キサラちゃんに言われると恥ずかしいな」
アカリちゃんがくしゃりと笑う。
見慣れた笑顔。
見間違いじゃない。やっぱり私が好きなアカリちゃんだ。
「…急に姿を消して、ごめんね。キサラちゃんを守り切るには、ああするのが良かったの」
「私を守る?」
アカリちゃんは手に持ったミニステッキをくるくると回す。
あのミニステッキ。事故の後に回収したのだろう。
「そう。キサラちゃんは運命を信じる?」
アカリちゃんから質問を投げかけられる。
運命。
私は嫌いだ。だから運命に抗うみたいに、金髪にしたり、ピアスをつけた。
運命なんて、信じたくない。
「キサラちゃんは運命って言葉、嫌いだったね。そう、絶対の運命なんてない。キサラちゃんは運命を乗り越えられたんだよ?」
「私の…?」
アカリちゃんが病室の壁にかけられた時計に目を向ける。短針は12と1の間を指していた。
「そう。昨日はね、キサラちゃんの運命の分かれ道だった。とても危険な日」
アカリちゃんの瞳から涙が零れる。月の光を浴びた、きらりと光る美しい涙。
「でも、私とキサラちゃんの、かけがえのない思い出が私にヒントをくれた。キサラちゃんを守り切る最後の賭け。…やっと、成功できた」
私の運命。それって、事故のこと?
死?私の?
そこまで考えて、ぞっとする。
そうだ。私は交通事故にあった。ふつうなら、死んでしまうところだ。
でも、無傷だった。
それって、もしかして。
「私が着ていた魔法少女の服って…」
「うん、ごめん。私が無理やり着せたの」
アカリちゃんが首を傾げて、悪戯っぽく笑う。
でも涙は止まっていない。
「このドレスは、キサラちゃんをあらゆる危機から守るための、一度きりの防護。大型トラックに撥ねられても、着用者を守ってくれる。…でも、込めた魔力の量から見て、防護したらドレスは消えちゃうから、すごく心配だった」
「すご…」
「説明できれば良かったんだけど、魔法少女として接触し過ぎると危険だから。ドレスを着せるのが、たぶんギリギリのラインだったの。…朝からドタバタさせちゃったね」
魔法少女なりの掟?あるいは敵がいるのだろうか?
たぶん、詳しくは言うつもりはないんだろう。大事なことは明言を避けている気がする。
いや、でもそんな中でアカリちゃんは、私を助けるためにがんばってくれたんだ。
待って。
……魔法少女として、関与し過ぎてはいけない?
魔法少女として、夜中にひっそりと現れたアカリちゃん。
何かをこらえるように涙を流すアカリちゃん。
あの涙は、私の無事を喜んでいるだけじゃない。別の感情も込められている涙だ。
私はもう一度、コハクさんの言葉を思い出す。
『キサラさん、もし友達と別れるようなことがあれば、私みたいに後悔しないようにして。私は今でもずっと後悔してる。好きって、大好きって、私の気持ちをキリコちゃんへ正直に伝えられなかったこと』
トイレから出たとき、すぐそこにアカリちゃんがいた。
私を探していたのかと思っていたけど、ずっとトイレの外にいたんだろう。私を守るために。
だから、アカリちゃんもコハクさんの言葉を聞いていたのかもしれない。
『キサラちゃんが大変な時は私が守る。だから』
『これからも友達でいてね』
あれは、あの不器用な言葉は。
あの、アカリちゃんらしくない唐突なキスは。
「アカリちゃん、その姿でここに来たのって…」
「うん。そう。あらためて、お別れを言いに来たの。ごめん、どうしても我慢できなくて。…いまは心強い先輩が見守ってくれてるから大丈夫」
私の視界が滲む。嫌だ。
「これからどうなるか、分からないの。これ以上の関与は危険って、先輩に忠告された。私がこれ以上、目立つ行動をすれば、キサラちゃんに危険が及ぶかもしれない」
アカリちゃんの、魔法少女としての凛とした姿はすでになくて。
「自分勝手だけど、私は、私のせいでキサラちゃんを失いたくない。だから、ここでお別れ。危険だから、もう会えないの」
いつか見た、悲しみに暮れるアカリちゃんの姿がそこにあった。
別れるのが嫌なのは、アカリちゃんもいっしょ。
私だけじゃない。
それが分かった私はベッドから離れ、アカリちゃんに歩み寄る。
両手を取ると、アカリちゃんが俯いていた顔を上げる。
涙を流すアカリちゃんと、涙を浮かべる私の視線が交わる。
「お別れじゃないよ。また会おう。これは約束」
私はアカリちゃんの頬に手を当て、静かに唇を重ねる。
アカリちゃんが目を見開いた。
そのまま、アカリちゃんの柔らかい髪を撫でる。
慰めるように、落ち着かせるように、…離れたくないと伝わるように。
アカリちゃんは目を瞑り、目の端から大粒の涙がこぼれる。
私も、この感触を忘れないために目を瞑る。
静かなときが流れる。
互いの唇が震えていることに気づく。
心が通じ合った喜びが、一時の別れの悲しみが、ごちゃ混ぜになる。
あなたのことは、絶対に諦めない。
必ず会いに来て。
唇を押しあてたまま、背中に手を回し、優しく抱きしめた。
顔を離すと、アカリちゃんの顔は真っ赤になっていた。
「指切りの代わり。約束、忘れないでね」
私ももう、我慢できなくて、涙があふれ始めた。
「アカリちゃん。私の中で、あなたはもう親友以上の存在だから。そんな人と別れられない。ちょっと離れるだけ。ね?」
がんばって笑顔を作る。笑顔になっているだろうか。
「私だって、アカリちゃんが好き。こんな悲劇的な、お涙頂戴な終わり方、ぶっこわしてやろう。私とアカリちゃんの仲は、ここで終わりじゃない。まだこの先がある」
私はアカリちゃんをさらに力いっぱい抱きしめる。
アカリちゃんも恐る恐る、抱きしめ返す。
「それが、お昼休みの、私からの答え」
「キサラちゃん…」
どれだけ抱きしめ合っただろう。
私とアカリちゃんは距離を取り、お互いに向き合った。
ふたりとも、泣き顔で、笑顔だ。
「ありがとう、キサラちゃん。…これ、渡していいかな?」
アカリちゃんから手渡されたのは、桃色のチョーカー。でもよく見れば縮んでる?
「私はとっても似合うと思ってたんだけど、キサラちゃんは恥ずかしそうだったから。…ブレスレットとして持っておいてくれる?大丈夫、今度は留め具をつけたから。…これは私とキサラちゃんを繋ぐ絆」
アカリちゃんが私の手首にブレスレットをつける。よく見れば、小さなジュエルがついている。
「それはこの子からの餞別。楽しかったみたいだよ。妹さんによろしく、だって」
ミニステッキがピカピカと点滅する。
…君もずっと、私を守ってくれてたんだね。ありがとう。
私達は黙って見つめ合う。
相手の顔を目に焼き付けるように。
「じゃあ、私は行かなきゃ」
「うん」
「またね、キサラちゃん」
「うん。またね、アカリちゃん」
涙を拭うと、そこにアカリちゃんはいなかった。
開いた窓と、風に揺れるカーテン。
窓から顔を出して月を眺める。
とても綺麗な、月だった。
…
……
………
夕方。
警察から手渡された無傷のスマホで、私はユキさんと電話で話していた。
スマホとミニステッキを同じバッグに入れていたから、ミニステッキがオマケで守ってくれたのかもしれない。
『……ほんとうにキサラさんが無事で良かった。学校でキサラさんが交通事故にあったって説明されたとき、大騒ぎになっちゃって』
「うん。ごめんね。みんなに心配かけて」
『ううん、いいの。…そういえば、キサラさんが奇跡の金髪女子高生って、ニュースでやってたよ!あんな大型のトラックに撥ねられて、無傷だったなんて』
「…きっと女神様に助けられたんだよ。あるいは天使」
『神様じゃなくて女神様なのがキサラさんらしいね』
『そういえば、アカリさんが転校してしまったの。急な用事なんだって。…十分にお別れも言えなかったのが残念。キサラさんはアカリさんと会った?』
「うん。今日お見舞いに来てくれたよ。…約束もしたし、贈り物ももらえた。また今度、会おうって」
『よかった!キサラさんとアカリさんは親友だもんね!』
「…ううん、それ以上だよ」
『え!?それはどういう?詳しく…!』
その後、ユキさんの追及はしつこかった。
…
……
………
クリスマス。
私はひとりで軽井沢にいた。
とくに観光をするわけでもなく、公園をぶらぶらして、疲れたらカフェでお茶をして。
いろいろと考えた。
アカリちゃんのこと。
魔法少女ってなんだろうとか。
なぜ運命を知っていたのかとか。
でも、私に詳しい事情を教えないことが、私を守ることにつながるんだろう。
…これ以上の詮索は、やめよう。
たぶん、アカリちゃんもそれを望んでると思うから。
そして日が落ち、イルミネーションが点灯した。
今年の軽井沢も寒い。
厚着の人が目立つ。
私は木に寄りかかりながらイルミネーションを眺めた。
演出を派手にしたと雑誌で読んだのに、去年より褪せて見えるのは、なんでだろう。
ふと前のカップルを見ると、恋人に自分のコートを掛けているところだった。
コートを掛けてもらった方は「ありがとう」と言い、
掛けた方は「よかった。大丈夫、自分は寒くないから」と言いつつ、少し震えている。
去年のクリスマス、私はアカリちゃんに、コートを掛けてあげた。
震えるアカリちゃんを寒さから守ってあげたくて。
アカリちゃんは私に、魔法少女のドレスを着せてくれた。
私を『運命』から守るために。
形は違えど、込められた想いはいっしょだ。
『あなたを守りたい』って。
それが嬉しい。
雪が降り始める。
子供がはしゃぎ出し、カップルは身体を寄せ合う。
私は手首のブレスレットを撫でる。
小さなジュエルが、それに応えるように輝いた気がする。
…まだアカリちゃんは私を守ってくれている。
きっとアカリちゃんも、このイルミネーションをどこかで見ている。
アカリちゃんとまた会える日が、待ち遠しい。
これで1章は終了です。ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。嬉しいです。
次話から、『第二章 デッドエンド 魔法少女』が始まります。視点が変わることで物語の見え方が大きく変わりますので、引き続きお楽しみいただければ幸いです。




