7話「覚醒」
ピッ ピッ ピッ
どこからか、無機質な音が聞こえる。
暗い。
ここはどこだろう?
辺りを見回す。
暗闇の世界で、私がただ一人、ぽつんと立っている。
まるで目を瞑っている時のような暗闇なのに、舞台上でスポットライトに当てられているみたいに、自分の身体だけが浮かび上がっているみたいだ。
そして私は魔法少女の格好をしていた。
さっきまで制服だったはずなのに。
右手に握られたミニステッキ。
はめ込まれたジュエルが、ゆっくりと、点滅している。
不安な私を励ますみたいに。
安心させるみたいに。
上を見上げると、白い光が広がってくる。
徐々に、暗闇が晴れていく………
…
……
………
ピッ ピッ ピッ
「うーん…?」
重い瞼を開ける。眩しい。
目が慣れるにつれ、ぼんやりとした視界がだんだんと晴れていく。
そして目に入るのは、天井。そして点滴のパック?
顔を横に向ければ、医療系のドラマでよくみる医療器具。
心電図のコードが私の身体に繋がっていた。
聞こえていた音は心電図の音だったのか。
心電図は規則的に、綺麗な波形を描いている。
それに部屋の内装を見る感じ、病院の病室?
そういえば独特の匂いがするかも。
そのまま反対側に顔を向けると。
目からぼろぼろと涙を流している父さん母さん、そしてミサキの姿。
驚いた顔をして身を乗り出し、私を見ていた。
私はギョッとした。
なにごと!?
「キサラ!大丈夫なのか!?」
「よかった、…本当によかった…!」
「お、お姉ちゃん!痛いところない!?」
「お、おはよう…?」
私は驚きすぎて、訳が分からなすぎて、間抜けにもそれしか言えなかった。
「本当に無事で良かった…!警察から電話があったときは、どうしようかと…」
こんなに泣き腫らした父さんは初めて見る。
私に何があったの?
…
父さんがナースコールを押すと、すぐに医師と看護師がやってきた。
「自分のお名前は分かりますか?」
「…キサラです」
「頭痛や吐き気、めまいは?」
「ない…いや驚いて混乱はしています」
「何があったか、覚えていますか?」
「…私は、交差点で信号を待っていて。信号が青になりました。それで、気づいたら暗闇の中にいて…目が覚めたら、ここにいました」
医師がカルテに何やら書きこむと息をつき、首を傾げた。
「外傷もない。混乱は見られるようですが、意識もはっきりとしています。あのような事故で、これで済んだのは、いや信じられないことですが…」
事故…?
「ねえ、父さん。私に何があったの?」
家族の中で最初に立ち直った父さんに声をかける。いまだに顔は赤いし、目はすごく充血しているけど。
声をかけると、父さんの目からまた涙が流れ始める。
陽気な父さんがここまで取り乱すことって何?
「キサラは、車に撥ねられたんだ」
…
家族全員が落ち着いたころ、病室に警察の人がやってきた。
警察は私を見て目を丸くしている。
私、なにも悪いことしてないよね…?
その後、警察と家族から、私に何があったのかを教えてもらった。
警察からの説明によれば、私は信号を無視したトラックに撥ねられたらしい。
そういえばあのとき、考え事をしていて周りをよく見ていなかった。
信号の音響しか聞いてなかったからね。
事故の目撃者によれば、トラックに勢いよく撥ね飛ばされた私は宙を舞い、ごろごろと10メートルは転がったところで止まったらしい。
即死。
凄まじい衝撃音に驚き、事故を目撃した人は誰もがそう思った。
たまたま近くを通りすがった非番の消防隊員が急いで駆け付けたところ、私はただ気を失っているだけで外傷は見られなかったという。
救急車に乗せられた私は、この病院に運ばれた。
トラックに撥ね飛ばされたと聞いて、医師はすぐにでも手術室へ運べるように準備していたそうだ。
だけど運ばれてきたのは、制服はびりびりに破けているけど見るからに無傷な私。
診察と精密検査をしたところ、内臓の損傷どころか打撲や切り傷もなく、まったくの無傷。
異常といえば、気を失っているだけ。
意識が戻るかどうかが懸念だったらしい。
病室に運ばれ、ベッドに寝かされたところで、連絡を受けた家族が駆け込んだ。
見るからに無傷な私を見て、気が抜けたのか全員が失神したらしい。
まったく、仲の良い家族だ。全員が気絶するなんてね。
医師は笑っていた。
ひと通りの説明を受けて、私は重大なことに気が付いた。
着ている服を確認する。やっぱり、今の私は患者衣を着せられている。
さっと顔が青褪める。
いまだ現実味を感じられない事故よりも、今はこっちの方が気になる。
あのドレスはどこへ?
もしかして見られたのでは…!?
『制服の下に魔法少女のドレスを着た女子高生、無傷の奇跡の生還!』
明日の新聞の見出しが頭に浮かぶ。
「あ、あのぉ…私が着ていたドレ…いや制服はどうなりました?」
おそるおそる警察のお兄さんに聞いてみた。
「ああ、周りの人に肌を見られてないか気になる?大丈夫、野次馬には見られていないよ。制服は破れて、肌着は出ちゃってたみたいだけど、周りの女性たちが壁を作って見えなくしてくれたから。救護に入ってくれた人も現役の消防隊員だから大丈夫だよ。年配の、ベテランの方だから」
見えちゃってたのが、肌着?
制服の下はドレスだったはずだ。
ドレスがボロボロだったとしても、違和感は感じるだろう。
女性であれば尚更だ。
私に気を遣ってくれたのだろうか?
まったく脱げなかったドレスの、呆気ない消失。
うーんと、私は頭を悩ませたが、答えは出なかった。
念のため、三日間の入院をするように医師に勧められた。
家族も心配だというから、入院せざるを得ないな。
でもこんな状況でも、気がかりなのは自分ではなく、アカリちゃんの方だった。
明日は会いに行けそうにない。
アカリちゃんは、大丈夫だろうか。
…
……
………
スマホは手元にない。警察が回収してくれたみたいだから、明日には渡すと言われている。
することも無くて暇だった私は、誰もいない病室で本を読んでいた。
事故の興奮からか、まったく眠くない。
それに何もしないでいると、アカリちゃんのことばかり考えてしまうから。
読んでいる本は、以前にアカリちゃん、ミサキといっしょに観た映画の原作だ。
…あの映画は最悪だった。
勇気はあるけど力不足な主人公と、力はあるけど勇気が出ないヒロイン。
惹かれ合う二人は紆余曲折の果て、主人公は力に覚醒して、ヒロインは勇気をふり絞った。
邪竜を打ち倒すなんて、二人の恋路に比べれば、小石みたいなものだ。
でも、邪竜を倒した後に出されたのは、最悪な二択。
世界の滅亡か、ヒロインの死か。
世界とヒロインを天秤にかけ、葛藤し苦悩する主人公を見かねたヒロインは、自ら死を選ぶ。
無責任だとは思わない。だってヒロインも苦しんでたんだから。
世界は救われたが、ヒロインを失った主人公はどうなるんだろう。
愛する人を喪って、そんな世界で、笑顔で生きていけるのだろうか。
私は納得いかなかった。
観客を感動させるために、原作を捻じ曲げて、脚本家が描いたシナリオ。
それは主人公とヒロインが逃れられない、行き詰まりだった。
原作は結末が違うという。
気になっていた本が、病院の共用本棚に置いてあった。
ぺらりとページをめくる。
主人公が決断を迫られる瞬間だ。
主人公とヒロインはどうやって、運命の行き詰まりを突破するのだろうか。
ふと、病室の窓から流れ込む風を感じる。
本から目を離し窓を見ると、カーテンが揺れ、人影が見える。
目を凝らすと、桃色の魔法少女の姿をしたアカリちゃんがいた。




