6話「運命の日」
アカリちゃんからのキス、そして早退という事態が続いて。
私はずっと、上の空だった。
午後の授業は集中できなくて、教師の話はまったく耳に入らない。
今の私にとっては思考の邪魔、雑音でしかない。
席から外を眺めていると、それを咎めるように教師が私を指名した。
私はさっと黒板を眺め、座ったまま答える。
私は今、人生最大の難問にぶち当たっているのに。
それに比べればこんな数学の問題、楽勝だ。
…魔法少女のテンプレ展開とか、ドレスのこととか、もうどうでも良い。
今、私が気にしているのはアカリちゃんのことだけ。
何度も何度も、アカリちゃんの思いつめた目、話した言葉を思い出す。
そして、初めてのキス。
あのときは、柔らかい感触を頬に感じただけだった。
でも思い出せば、胸の奥からじんわりと、暖かい気持ちが湧いてくる。
唇をあてられた場所から、だんだんと熱が広がってくる。
身体が火照ってくる。
そんな風に感じた。
その後も、ずっとそんな感じだったから、いつの間にか外もオレンジ色に染まっていた。
周りを見れば、ホームルームも終わっているみたいだ。
帰りの挨拶に、あわてて立ち上がる。
礼をしながら、アカリちゃんの席を見る。
やっぱり、いない。
……
バッグに荷物を詰めていると、心配した顔のユキさんが近づいてきた。
…ユキさんにも迷惑かけちゃってるな。
本当に、ごめん。
「キサラさん、アカリちゃんのこと、心配してる?」
「…うん」
ユキさんがアカリちゃんの席に目を向ける。
「アカリさんがね、ちょっと様子がおかしいなとは、私も朝から思っていたの。早退するときに声をかけたら、大丈夫って。不安そうな顔をして、ぜんぜん大丈夫そうじゃなかったのに」
ユキさんが視線を落とす。アカリちゃんを心配しているのは、私だけじゃない。
ユキさんは顔を上げ、にこりと笑った。
「アカリさんを元気づけられるのは、キサラさんだけ。大丈夫、ふたりは親友なんだから」
「…そうだね。ありがとう、ユキさん。アカリちゃんと話してみるよ」
「どういたしまして。じゃあ、また明日。いつもの、二人の元気な顔、見せてね?」
ユキさんは小さく手を振ると、席に戻っていった。
励ましてくれて、本当にありがとう。ユキさん。
……
「キサラちゃーん、これから私たちファミレスに行くんだけど、いっしょにどう?」
「…うーん、ごめん。また今度。誘ってくれてありがとね!」
友達からの誘いを断る。
折角のお誘いなのに、ごめんね。
でも頭の中がアカリちゃんのことでいっぱいなんだ。
暗い顔、皆には見せられない。
私はバッグを手にし、めずらしく一人で帰ることにした。
……
帰り道、いつもなら隣にはアカリちゃんがいる。
別路線だから、改札をくぐったところでお別れするのが、当たり前だった。
『またね!アカリちゃん』
『うん。またねキサラちゃん』
そう言って、お互いに小さく手を振って。
でも今日は当たり前、じゃない。
だって隣にアカリちゃんは、いないから。
何度か電話をかけてみた。
だけどアカリちゃんは出ない。
心配のメッセージも送ってみたけど、
『私は大丈夫。驚かせてごめん!』とだけ返ってきた。
『私に黙ってどこかに行かないでね』、
そうメッセージを送ろうとして、でもそれが現実になったらどうしようか怖くなって、送信せずに消してしまった。
大きな交差点で、信号が変わるのを待つ。
俯きながら、ぐるぐると同じようなことを考え込む。
考えれば考えるほど、アカリちゃんへの心配が、どんどん増してくる。
私も早退して、アカリちゃんを追いかければ良かった。
後悔で頭が痛くなる。
だって体育館裏でアカリちゃんと見つめ合ったとき。
思い詰めた目。覚悟を決めた様な強い感情が伝わってきた。
何かをこらえるような。
何度だって思い出される、あのキスと涙。
私は頬を撫でる。
まるで私に何かを残したくて、勇気をふり絞って、アカリちゃんらしくない行動をしたみたいで。
…そして、トイレでのコハクさんとの会話を思い出す。
『キサラさん、もし友達と別れるようなことがあれば、私みたいに後悔しないようにして。私は今でもずっと後悔してる。好きって、大好きって、私の気持ちをキリコちゃんへ正直に伝えられなかったこと』
あの会話が、今の状況と重なってしまう。
…私は、後悔したくない。
私は、アカリちゃんとまだ別れたくない。
まだ気持ちも、伝えられてない。
あのときは驚いて言えなかったけど。
はっきりと言葉にして伝えよう。
とっても恥ずかしくて、頬が火照っちゃうけど。
私の本心。好きだって。
私は、スマホに映し出されたツーショット写真を見つめる。
本当に楽しそうなアカリちゃんの笑顔。
写真のアカリちゃんの顔を、指で撫でる。
私が、アカリちゃんを守りたい。
親友の、いや私にとって一番大事な人の、アカリちゃんを。
カッコー カッコー
信号が青になったようだ。
足を一歩、前に踏み出す。
明日、話そう。
何か悩みがあるのか。
私にしてほしいことはないか。
学校に来なかったら、早退して、会いに行こう。
嫌がられても、きっと気持ちをぶつければ分かってくれる。
落ち込んでたら、隣で励ませばいい。
軽井沢旅行のお誘いも、まだできてない。
そして、私も応えよう。
アカリちゃんと、たぶん気持ちはいっしょだよって。
そうしよう。
…なんだか、気持ちが軽くなった気がする。
私は顔を上げた。
目の前に迫る閃光。
…そして視界が暗転した。




