2話「悪夢」
私は飛び起きた。はあはあと、息が荒い。
涙がいくつもこぼれ落ちる。抱きしめていたぬいぐるみに涙の染みが広がる。
キサラちゃんが、私の親友のキサラちゃんが死んだ?
思わぬ情報にショックを受け、未来との接続が切れてしまった。
私は自分に嘘はつかない。未来の自分を疑わないために。
つまり未来でキサラちゃんが死んでいるのは、事実。
私は呆然とした。
…いや、違う。未来視を使って、キサラちゃんの危険が分かったから、良かったんだ。
キサラちゃんに車に注意する様に言う。あるいは一緒に下校して、キサラちゃんの家まで送る。
それでキサラちゃんの死を回避できる。
カーテンを開けると、暗闇だった部屋に光が差した。
静かに燃焼し続けていたアロマキャンドルの火を吹き消し、隣に置かれた写真を手に取る。
キサラちゃんはイルミネーションをバックにして、ダブルピースをしている。
私は隣で無邪気に笑っている。
大丈夫。必ず未来を変える。
キサラちゃんは死なない。
キサラちゃんは死なせない。
机からノートを取り出し、未来の私からのメッセージを記録した。
『11月22日 16:45 車に注意』
手が震えて、キサラちゃんが死ぬ、とは書けなかった。
…
……
………
「おはよ、アカリちゃん」
駅の構内を歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り返れば、そこに明るく笑うキサラちゃんがいた。
「ほんとうに大丈夫?無理しちゃダメだよ」
「ううん、平気だから」
恥ずかしいことにキサラちゃんを目にして、また泣いてしまった。
駅前広場のベンチで、キサラちゃんがハンカチで私の涙を拭いてくれた。
「昨日、怖い夢を見ちゃって」
「どんな夢?」
「…キサラちゃんと離ればなれになる夢。夢だと分かってるけど、キサラちゃんを見たら安心しちゃって。思わず涙が出ちゃったみたい」
泣いたのは夢のせいだ、と説明した。ちょっと幼い感じがして恥ずかしいけど。
でも、そうだ、夢、ただの夢になったんだ。私が未来視を行使したことで、すでに未来は変わっているはず。
あの未来は実現しない。キサラちゃんは、死なない。
私はキサラちゃんに笑顔を向けた。
「やっぱり、アカリちゃんには笑顔が似合うよ」
キサラちゃんは優しく微笑んだ。
…
……
………
夜。
私はいつもの廃工場で先輩に未来視の結果を報告した。未来視に失敗した、と。
それらしい理由も付けた。慣れない遠未来視で大量のノイズが入ってしまった、激しいノイズで報告書を読むことができなかったと。
「次は成功すると思う?」
「今日の夜、再行使します。コツは掴みました。大丈夫だと思います。ただ未来視する日付は固定します。11月24日時点の情報を報告すると伝えてください」
「わかった。あまり無理をしない様に。平穏な未来を迎えられるかどうかは、あなたの未来視にかかっている。皆が頼りにしているから」
先輩はそう言うと姿を消した。
私の未来視は強力である一方、使い勝手が悪い面もある。
まず夜の就寝時にしか使えないこと。私の未来視には、未来の日付を思い浮かべながら就寝し、未来で朝を迎えるという、疑似的な時間連続性を持たせた就寝-起床接続プロセスが不可欠。つまり、1日に1回しか使うことができない。
ふたつめは、未来視を行使する際に消費するエネルギー、魔力の消費が大きいということ。連日使用すると魔力が枯渇してしまう。魔力は魔法少女の生命線であり、ある程度の貯蔵はしておかないと非常時に対応ができなくなる。
今の私は、キサラちゃんが車に轢かれる、という未来を知っている。
未来の私も、もちろんこのことを知っている。
放課後からキサラちゃんが家に着くまで、見守っているはずだ。
無事なキサラちゃんと、未来の学校で会って。
いっしょにお昼を食べて。
放課後もいっしょで。
キサラちゃんと別れて、家に着いたら、ゆっくり報告書を読もう。
……
叔母夫婦が部屋に入れないよう、扉に付けた3つの鍵をかける。鍵の位置は分散させている。部屋へ絶対に誰も入れない安心感が雑念を除く。
ベッドの下から収納ケースを出し、ふたを開ける。中には色とりどりのアロマキャンドルが並べられている。軽井沢旅行のときに立ち寄った工房から、定期的に通販で取り寄せているもの。今日はローズ系の香りを選ぶ。幸せな気持ちになれる様に。
ミニテーブルにアロマキャンドルを置き、火を灯す。アロマキャンドルの隣に、お母さんとお父さんにもらった思い出のオルゴール、キサラちゃんからプレゼントでもらった髪留め、キサラちゃんとのツーショット写真を並べる。視界いっぱいに好きなものを並べることで、幸福感を高める。
遮光カーテンを閉める。これは外から部屋の中を見えなくするのと同時に、部屋の中の光が漏れない様にするため。魔法少女は魔力の高まりで身体が発光してしまうことがある。未来視中に零れる光は外に漏らしたくない。
最後に、部屋の隅に置かれた大きな猫のぬいぐるみを取り、抱きしめる。キサラちゃんがクレーンゲームで取って、私にプレゼントしてくれた大切なもの。
未来視を始める準備を終え、魔法少女の姿になる。
花の様な装飾の付いた、ふわりと広がった桃色のスカート。
全体がレースとフリルで彩られたドレスシャツ。
桃色のチョーカー。
私はぬいぐるみを抱いたまま、ベッドに横になった。
いつもの様に、アロマキャンドルに照らされたキサラちゃんの顔を見つめる。
それでも感じる胸のざわめき。
今日は、寝入るのに時間がかかりそう。
…
……
………
【未来視ー2】
未来の私が静かに目を覚ます。
顔を横に向ける。
カレンダーの24日に丸がついている。接続は成功。
未来の私はのろのろと起き上がる。
ベッドから這い出て、机に座る。
嫌な予感がする。やめて。
机の一番上の引き出しを開け、ルーズリーフを1枚、取り出す。
机にルーズリーフを置く。ペンを取る。
ペン先が震えている。
ルーズリーフに涙が落ちる。
未来の私は、震える手で文字を書き始めた。
『先に伝える。ショックで接続は絶対切らないで』
『キサラちゃんが死んだ。11月22日 19:32に、ミサキちゃんを庇って、通り魔に腹部を刺されて』
『いっしょに下校して家まで見守ったのに。車の事故は回避したのに』
『ここで未来視はやめないで!我慢して』
『今夜20時に報告書を読む。内容を先輩に伝えて』
『未来視を使い続けても怪しまれない様に。まだ私には未来視が必要なはず』
『20時まで意識を落として、魔力を節約して。私は休む』
メッセージを書き終えると、未来の私は椅子から立ちあがり、再度ベッドに潜り込んだ。
視界が闇に包まれる。目をつむったみたいだ。
眠れるはずなんて、ないのに。
……
夜20時。
未来の私は報告書の最重要情報を開く。
紙には『NULL』とだけ記載されていた。
未来の私はルーズリーフに文字を書き始める。
『未来の私の悲しみを無駄にしないで』
『過去の私、お願いだから親友の未来を変えて』
………
……
…
私は身を起こす。顔中が濡れている。
…涙だ。
寝ている間も、ずっと泣いていたんだ。
車の事故は回避したはず。
なのに、キサラちゃんが、また死んだ。
今度は通り魔に刺されて…?
アロマキャンドルの火で照らされた暗室に、嗚咽だけが流れた。
とても学校に行ける気分ではなかった。
叔母には体調が悪いと説明し、学校は休むことにした。
実際、私の顔色は悪い。
私は机からノートを取り出し、今回の未来視で手に入れた情報を書き足す。
『11月22日 16:45 車に注意』
『11月22日 19:32 通り魔』
今回の未来視では車の事故は回避できている。未来の私からのメッセージにも確かにそう書かれていた。一日に2回も死の危険がある可能性は限りなく低いけど、ゼロではない。
キサラちゃんの命の危険があるのは、放課後以降の時間だ。キサラちゃんが眠るまで、いや朝を迎えるまで、ずっと見守ろう。もしまだ危険があるのだとしても。魔法少女の私が側にいて未然に防げば、絶対に大丈夫だから。
…まずは今夜、先輩に報告をあげよう。
その後、未来視を行う。キサラちゃんの無事を見届けるまで、安心できないから。
魔力が枯渇したって、構うもんか。
…
……
………
「未来の最重要情報をお伝えします。内容は『NULL』」
「了解。参謀にそう伝える。…顔色が悪い様だけど、大丈夫?」
「はい。2週間も先の未来視は初めてだったので、疲労が溜まったようです」
「そう。参謀から依頼される未来視は、当面無いだろうから、ゆっくり休んで」
その場を去ろうとした先輩が、もう一度私へ振り向いた。
「何かあったら相談して。先代の未来視使いとして、相談に乗ってあげるから」
先輩が、いつもの振る舞いから一転して、頼りがいのありそうなお姉さんに変貌した。
いつもはきりっとした目つきが、今は優しく目尻が下がっている。
「先輩、そんな優しい喋り方できるんですか?」
「まあこっちが素?今はプライベートタイムだから、キリコさんって呼んでね。魔法少女って、二面性がある人、多いよ?いつも可愛いアカリちゃんが思いつめた顔してるから心配なの。だからね、これは覚えておいて」
先輩、いやキリコさんは私に顔を近づける。
「未来視の魔法少女は未来を選べる。良い未来も、悪い未来も。でも変えられない未来もある。…深みに嵌らないように。もし行き詰まったら、私に教えて」
……
帰宅後、未来視の準備にとりかかった。
いつもの様に未来視をする環境を作って。
…とても眠れるような状態じゃないから、市販の睡眠薬を飲んで。
いつもの様にアロマキャンドルに照らされた写真を見つめながら、長い時間をかけて、やっと眠りについた。




