3話「デッドエンド」
『キサラちゃんが死んだ。11月22日 8:18に落下してきた鉄骨に潰されて。』
『私の目の前で死んだ。』
『これまでの未来視では放課後までに命を落としたことはなかった。』
『11月22日、キサラちゃんは死ぬ運命にある。回避できないかもしれない。』
『ごめん、まだ心が壊れている。これ以上考えられない。』
『キリコさんに相談して。』
『過去の私、お願いだから親友の未来を―』
……
昨日は緊張であまり眠れず、めずらしく寝坊したからキサラちゃんと待ち合わせできなかった。
私は俯いて歩いていた。
11月の寒い風が、私の不安を煽る。
今日は11月22日。キサラちゃんが死んでしまう可能性がある日。
死因は把握している。
どちらも放課後。車の事故と、通り魔だ。
学校が終わったら、キサラちゃんと手を繋いで帰る。手は絶対に離さない。
駅で別れたら、魔法少女の力でキサラちゃんを追いかける。
キサラちゃんの家の近くで、キサラちゃんに危険が及ばないか、朝まで見張る。
通り魔だろうと、何があろうとも。
私が守ればいいだけだ。
ふと、前方に顔を向ける。
キサラちゃんだ。
いつ見ても、美人さんだ。
キサラちゃんが私に手を振っている。
私の名前を呼んでいる。
私は嬉しくなって、駆け出した。
頭上から、なにかが破裂するような音と、怒号が聞こえる。
私とキサラちゃんは同時に上を見上げた。
あれは?何かが落ちてくる?
必死な顔をしたキサラちゃんが、離れるように叫びながら、私の方へ走ってくる。
凄まじい衝撃音、
地面が揺れる、
…何かが、キサラちゃんを、圧し潰す。
キサラちゃんの気迫に押されて後ずさりした私は、無傷だった。
ぴしゃりと私の頬に何かがかかる。
震えながら、それを拭う。
赤い液体。キサラちゃんの血。
周囲から悲鳴が聞こえる。
私の身体が崩れ落ちる。
私の意識が暗転する。
……
目が覚める。
頬に触れ、手を見る。
血は、ついていない。
視界が回り、吐き気が込み上げる。
私はトイレに駆け込み、胃の中を吐き出した。
涙が、止まらなかった。
トイレの前にへたり込み、大声で泣いた。
目の前でキサラちゃんが死んでしまったためか、未来の私から激しい感情が流れ込んできた。
視界だけじゃなく、他の感覚も共有した、鮮明な記憶の一部を受け取ってしまった。
11月の寒い風。
キサラちゃんの声、鉄骨のワイヤーが切れる音。
地面から伝わる振動。
そして、頬に触れた血の、生温かい感触。
これまではキサラちゃんの死を、ルーズリーフ上の文字だけで受け取っていた。
受け取った情報に基づいて、対策を立てればいいと、それで大丈夫だと自分に言い聞かせてきた。
今回の未来視で記憶の一部を、キサラちゃんが目の前で死んだときの記憶を受け取ってしまった。
やっと実感が湧いた。キサラちゃんの死の。
……
『アカリちゃん?朝に電話をくれるなんて、珍しいね』
私は我慢できず、キサラちゃんに電話をかけた。
生きている、キサラちゃんの声が聞きたくて。
生きていることを、確認したくて。
「ごめんね、朝早くから。…ちょっとキサラちゃんの声が聞きたくなって」
電話をかけながら、ポロポロと涙がこぼれる。
『うん、アカリちゃんからの電話なら、いつでもウェルカムだよ!そういえば昨日は学校をお休みしてたけど、体調は大丈夫なの?』
キサラちゃんの声を聞けて、ようやく動悸がおさまってきた。
「……。…うん、だいじょうぶ。」
『本当に大丈夫?…無理はしないでね。そうだ!明日、ミサキと映画を観に行くんだけど、体調が良くなったら、アカリちゃんもどう?ちょっと気晴らしにさ』
「映画…?う、うん!行く!ぜったい行く!」
『分かった。じゃあ、待ち合わせ場所はね―』
………
……
…
夕方。
喫茶店で私はキリコさんと向かい合っていた。
「思ったよりも相談早かったね。それで、先代の私に聞きたいことは?」
「…キリコさんは、なんで未来視をできなくなったんですか?」
キリコさんが黙って私を見つめる。
しばらくして、キリコさんがため息をついた。
「アカリちゃん。未来視を使い続けてるでしょ」
「……」
「言わなくても分かる。その思い詰めた目。何かに縋りたい気持ち。…私もいっしょだったから」
「…いっしょ?」
キリコさんがコーヒーに口をつける。
私もココアを口に含む。だけど、味がしない。
「高校3年のとき。私は参謀の依頼で未来視を使った。なんてことない、5日先の未来視。私は未来の私に接続して、報告書を読めばよかった。…でも私は知ってしまったの。大切な人の死を」
大切な人。キサラちゃんの顔が浮かぶ。
「報告書を読むために視界を共有しているとき、未来の私は電話を取った。しばらくしたら取り乱し始めて、視界が滲んできて、未来の自分が泣いていることに気づいた。それで、報告書の裏に、こう書いたの。『コハクがしんだ』って。…アカリちゃん、あなたも見たのね。大事な人の死の未来を」
私とキリコさんは沈黙する。
キリコさんの瞳から、一筋の涙が流れた。
「これは、未来視の魔法少女の秘密。デッドエンド。未来視を多用した罪と言われている。ごめんなさい、黙っていて」
「デッドエンド…?」
「歴代の未来視の魔法少女がその能力を使えなくなる原因は、そのデッドエンドだと言われている。デッドエンドとは、運命の固定。いくら運命を変えたくても、強制力が働いて変えられなくなるの」
今の私の状況とピタリと重なる。
「私はコハクの死を防ぐためにあらゆる手を使った。毎夜、未来視を使って。でも毎回、失敗した。…それで運命の日を迎えて、私はコハクを、本当に喪ってしまった。それから未来視を使えなくなったの」
キリコさんは涙を拭う。
「未来視の魔法少女の寿命とも言われてる。デッドエンドは唐突に現れる。そして、大事な人を喪うの。…私と深く関わると危険だからと思って、コハクと距離を置いたのに、それでもデッドエンドはコハクを奪った」
「なんで。なんで教えてくれなかったんですか…!?」
「…未来視の魔法少女の掟なの。デッドエンドなんてあると知れば、未来視を使う人はいなくなる。だから、デッドエンドに遭遇した人にだけ、その存在を伝えられる」
「じゃあ、キサラちゃんが死んでしまうのは私のせい…?私が未来視を使いすぎたから?」
キサラちゃんを守りたい、その一心で魔法少女を続けてきた。
もし敵が表の世界に浸食すれば、キサラちゃんにも危険が及ぶかもしれないから。
でもキサラちゃんの死は…私のせいなの?
「私の先代は母親を、先々代は恋人を。デッドエンドは、一番大事に思っている人の命を奪うために、運命を固定する。…それを回避できた魔法少女は、いない」
「そんなことって…」
キリコさんを責められない。キリコさんも大事な人を喪っている。デッドエンドを知らされず。
「待って。アカリちゃんに依頼した未来視の日付はかなり先だったはず。アカリちゃんのデッドエンドはいつ?」
「…11月22日です」
キリコさんが真剣な目で私を見つめる。
「聞いて。私はコハクを喪うまでたったの4日しかなかった。未来視は2回しか使えなかった。……3回目はどうしても眠れなくて、失敗した。でもアカリちゃんは、まだチャンスがある。辛いかもしれない。だけど、未来視を続ければ突破口を見つけられるかもしれない」
そうだ、キサラちゃんの運命の日まで、まだ時間がある。
14日後の未来視で気づくことができたから。
無理をすれば、4回…いや5回は未来視を使える。
「諦めないで、アカリちゃん。私たちの、今までの未来視の魔法少女の無念を晴らして。参謀には私から誤魔化しておく」
「ありがとうございます…。お願い、します…!」
「でも、私はこれ以上、手伝えない。敵の行動が活発化しているし、私とアカリちゃんが連絡を取っていることが参謀に見つかれば、止められるかもしれない。…参謀もデッドエンドの存在は知っているけど、どういうスタンスなのかは分からないから」
「わかりました。いただけた情報だけで、十分です…!ほんとうに、ありがとうございます…!」
「…あと、これを渡しておくね」
手渡されたのは、…薬?
「辛くなると思う。精神安定剤と睡眠薬をいくつか渡しておく。どちらも『薬師の魔法少女』のお手製だから、効果は強力。…日常生活にも影響が出るかもしれない。連日の服用には気を付けて。…デッドエンドを経験した魔法少女は、未来視が怖くて不眠症になりやすいの。私の分を譲ってあげる」
キリコさんが私の頭を撫でる。
「がんばって、アカリちゃん。大切な人を、デッドエンドから守ってあげて」




