4話「思いがけない出会い」
アカリちゃんの宿題が無事に終わったところでチャイムが鳴った。
私は自席へ戻り、アカリちゃんを横目に見る。
アカリちゃんが宿題を忘れるなんて、めずらしい。
私に忘れ物に気をつけるようにいったのに、本人が忘れちゃうなんて。
あ、舟をこぎ始めた。
…やっぱり、最近の様子は変だ。
アカリちゃんが気になるものの、自分の心配もしないと。
一時限目は体育だから、更衣室で体育着に着替える必要がある。
下はジャージだからこのままでいいけど、問題は上だ。
シャツを脱いだらフリルとレースでフリフリな恥ずかしいシャツが出てしまう。
体調が悪いと言い張って体育を休む?
いや、アカリちゃんにこれ以上の心配をかけたくない。朝から不安そうだし。
体育着を忘れたとか…
ロッカーに体育着が入っているのがバッチリ見えてる。
そもそも私は下にジャージ履いてるじゃん。
…そうだ、どこかでこっそり着替えよう。
空き教室は施錠されてるし、入れたとしても誰かが来てしまったときの逃げ場がない。
皆が着替え終えて、更衣室に人がいなくなるのを待つ?
いやいや、たぶんアカリちゃんが心配して待っていると思うから、ひとりになれないかもしれない。
誰にも見られず、ひとりになれるところ(+アカリちゃんが入ってこれないところ)…
そうだ、1階隅にある不人気女子トイレの個室だ!
ホームルームが終わり、私はすぐさま行動に移した。
「キサラちゃん、体育の着替えのことなんだけど…」
「ごめんアカリちゃん、ちょっとトイレ行ってくる!先に着替えてて!」
私はそう言うやいなや駆け出した。一瞬でも躊躇すれば、アカリちゃんがついてきてしまう!
駆け出す瞬間、アカリちゃんと目が合った。
なぜか、ほっとした顔をしていた。
ホームルームが終わった後、廊下は生徒で賑わっていた。
生徒の間をくぐりぬけ、ささっと階段を下りたら早足に切り替える。1階には職員室があるから走ると捕まってしまう。私は金髪だから有名だし、誤魔化すこともできないんだよね。
よし、クリヤー!
このまま不人気女子トイレを目指そう。
1階隅にあるトイレ。普段使われる教室から離れたここには、滅多に人が入ってこない。
絶対入ってこない訳ではないが、人の出入りは相当少ないはず。個室に入れれば、ちょっと汚いかもしれないけど、人の目につかずに着替えられる。
1階隅の女子トイレに入る。
あまり使われていないトイレではあるけど、定期的に掃除はされているみたい。
普段使っているトイレよりも清潔感があるかも。
中はひんやりとしている。
…はずなのだが、そこまで寒さを感じないのは、服を重ね着しているから?
さっと見たところ、中には誰もいない様だ。急いで一番奥の個室に入る。
トイレの蓋を閉めて、蓋の上に座る。下のジャージはすでに着ているから、上だけ着替えればいい。
あとはイージーゲームだ。勝った!
シャツのボタンを開けて脱ごうとした瞬間、ボワっと内側から大量のレースとフリルが飛び出てきた。
え、この量がシャツの下に、物理法則を無視してお行儀よく収まっていたの?
…更衣室で着替えなくてよかった。更衣室で爆発してたら説明のしようがない。
フリルとレースを押し込んでジャージを着こむと、やはり着太りすることなく、スリムに収まってしまった。動きにくい感じもなく、体育の授業もこれなら問題なさそう。
着替えていて感じる。絶対に脱がせたくないけど、あまり私を困らせたくない、そんな気遣い。
ここまでくれば確信できる。これが尋常ではないものだと。本物の、魔法少女のドレスかもしれない。
今日一日着ていれば、このドレスがなぜ私から離れないのか、その理由が分かるんじゃないか、そんな予感がした。
明日も脱げないっていうのは勘弁して欲しいけど。
チョーカーが目立たない様に、ジャージのファスナーは上まであげて、首元は見えない様に。これでOK。
ミッションコンプリート!アカリちゃんを心配させる前に、急いで行こう!
トイレのドアに手を伸ばしたところで、
「ぁ、あのぉ、どなたかいらっしゃるんですか?」
誰もいないと思っていた隣の個室から声を掛けられた。
えぇ…
……
彼女は3年生のコハクさん、というらしい。
話を聞くに、彼女は友達がいなくて、時折このトイレで寂しくて一人泣いているという。
「…陰気で気持ち悪いと、よく言われました。でも私には、支えてくれる、守ってくれる友達がいました。彼女は私の光でした。彼女がいたからこそ、頑張れた。でも、家庭の事情で彼女は転校してしまったんです。」
押し殺すような泣き声が聞こえる。友達と別れたときのことを思い出しているのかもしれない。
「彼女は心配な顔をしていました。私を一人にして大丈夫か、不安だったみたいです。私は、大丈夫、平気。私は生まれ変われるから、と伝えたんです。…心配させたくなくて」
もし同じ立場だったら、私はどうなるだろう。アカリちゃんと離れることになったら。
想像してみる。隣にアカリちゃんがいない生活。
毎日メッセージのやり取りはできる。だけど学校生活から色が失われてしまうのは、必然だ。
それに耐えられるの?
そんなの、耐えられるわけない。
「それから私は孤立してしまいました。結局、変われなかったんです。友達に嘘をついてしまいました」
隣の個室からは啜り泣く声が聞こえる。
ドレスがバレないように駆け込んだこの不人気なトイレで、たまたま隣り合わせになったのも不思議な縁に感じた。
コハクさんのために、友達と離れてしまった悲しみに溺れているコハクさんを救うために、何かしてあげなきゃ。
「見返そう。大丈夫、まだ、いや人間はいつでも変われるよ。私が友達になって、メイクを教えてあげる。まずは見た目の印象を変えて、みんなをビックリさせよう!私だって金髪にイメチェンしたら、超絶模範生が不良になったって心配されたんだから!」
そう声をかけると、微かな笑い声が聞こえた。
「ありがとう。キサラさんのその気持ち、嬉しい。キサラさんにも、大切な友達がいるの?」
「うん、いるよ。コハクさんの友達みたいな、素敵な友達」
アカリちゃん。最近ずっと、不安そうな顔、何かを怖がる目をしている。
何が彼女をそうさせるのか、聞こう。
軽井沢旅行に誘って目一杯、いっしょに遊ぼう。
「キサラさん、もし友達と別れるようなことがあれば、私みたいに後悔しないようにして。私は今でもずっと後悔してる。好きって、大好きって、私の気持ちをキリコちゃんへ正直に伝えられなかったこと」
コハクさんの啜り泣く声は止まった。悩みが晴れたような、軽やかな声になった。
「また会えたら、そのときはメイク教えてね。魔法少女のキサラさん」
私は荷物をまとめて個室を出た。
隣の個室に目をやると、「故障中」と張り紙がされていた。
静かにドアを開ける。思った通り、そこには誰もいない。
…生まれて初めて、幽霊と会ったかもしれない。
でも、私が感じたのは怖さではなく、安堵だった。
いつまでも一人泣き続ける彼女を慰められて、励ませて良かったと。
コハクさんは私を魔法少女と呼んだ。
魔法少女は、この世ならざるものとも触れ合える存在なのかもしれない。
でも、私は魔法少女じゃない。ただドレスを着ているだけだ。
もしかしたら、このドレスは着用するだけで霊感を高めてくれるのかもしれない。
「今度はメイク道具、持ってくるね」
コハクさんとも会えたのはドレスのおかげだと、確かに感じた私は、この迷惑なドレスに初めて感謝した。
トイレを出ると、アカリちゃんが立っていた。私を見ると、ほっとしたような顔になった。
「キサラちゃん、こんなところにいたの?急に駆け出すから心配で探しちゃったよ!」
「ご、ごめん。急にお腹痛くなっちゃって、恥ずかしいからここまで来ちゃった」
苦笑いする私に、アカリちゃんは頬を膨らませてプンスカしている。
そうか、アカリちゃんは悪夢を見ていると朝に言っていた。私と離ればなれになる夢。
急に駆け出して姿を消した私に、心配したのかもしれない。夢と同じことになるのではないかと。
そう考えると、アカリちゃんには酷いことをしてしまった。
アカリちゃんの服装を見ると、制服のままだ。私を探すのに夢中で着替え忘れたのかな?
「ところでアカリちゃん、着替えは?」
「…あー!!」
廊下にアカリちゃんの声が響く。廊下を歩いていた生徒がギョッとしていた。
アカリちゃんが口を押さえて、小声でごめん、と言った。
「いっしょに更衣室行ってあげる。急いで着替えよ?」
私にとって、アカリちゃんは親友。
でも、コハクさんの後悔の気持ちを聞いて、気づかされた。
もしアカリちゃんと急に別れることになったら、私は冷静でいられるの?
そのときに私がアカリちゃんに伝えたいことって何?
…この気持ちは、親友でおさまるものなの?
アカリちゃんといっしょに駆け足で更衣室へ向かう。途中で教師に走らない様に注意されて、思わずアカリちゃんと顔を見合わせて苦笑いしてしまった。
この楽しい日々が、ずっと続きますように。




