3話「キサラさんとアカリさん」
「キサラさん、今日は下にジャージ着てるんですね。そういえば1時限目は体育でしたっけ」
私がキサラさんに声をかけると、目を丸くして固まってしまった。
アカリさんはそんなキサラさんを心配した顔で見ている。
私、何か悪いことしたかな?
……
私のクラスには、とんでもない美人がいる。
彼女の名前はキサラさん。
キサラさんは高校に入学したときから目立った存在だった。
高校の入学式のとき。キサラさんは新入生代表の挨拶で生徒の前に姿をあらわした。
私は一番前に座っていたから、キサラさんのことがよく見えた。
美しい立ち姿に、思わず目を奪われる。
長くて綺麗な、艶のある黒髪。
つり目がちだけど、優しそうな瞳。
私はそんな彼女に見惚れてしまった。私だけじゃない。学校中から注目を集めていた。
隣に座っていた小柄の女子なんて、明らかに目がハートになっていた。
しんと静まり返った会場内に綺麗な声が響く。
挨拶を読み終えても、まだ静まり返っている会場にキサラさんがわたわたと焦り出したとき、校長が手をたたき始め、つられて他の人も拍手を始めた。
拍手はなかなか終わらなかった。
あのときのキサラさんの恥ずかしそうな顔は、今でも覚えてる。
彼女は私たちの学校生活の主人公なんだ。
この場にいた誰もが、そう思ったはずだ。
私はキサラさんと同じクラスだった。入学式のときに隣に座っていた女子、アカリさんもいっしょで、2人はすぐに私の友達になってくれた。
女子も男子も皆、キサラさんと話したがった。
キサラさんはクラスメイト全員の名前を入学式の翌日には憶えてきて、話は面白くて。
誰にも優しいキサラさんのことを、嫌いな人はいなかった。
そんな人気者のキサラさんであるが、ゴールデンウィーク明けに金髪、耳にピアスをして教室へ現れた。
早くも、ぐれてしまったのか?あまりの変貌に教室は静まり返った。
すると、アカリさんがキサラさんのもとへ駆け寄った。
「キサラちゃん、すごいかっこいい!でもどうしたの?」
「えへ、驚いた?」
黒髪のときと変わらない笑顔から、彼女の内面はまったく変わっていないことが分かって、教室中の生徒がほっとした。
そういう、完璧さの中に紛れた天然な性格が、彼女の魅力をより一層引き立てるのかもしれない。
中学校で模範的に振舞ってきたキサラさんは、高校では憧れのスタイルにチャレンジしたいと思っていたらしい。
なんでも、枠にはめられるのが嫌みたい。
…その憧れが魔法少女モノの敵幹部らしいのが、意外だったけど。
だから偏差値が高い高校よりも、比較的校則が緩いこの学校が選ばれた。
入学式前には染めたかったけど、学校側からせめて入学式が終わるまで待ってほしい、と頼み込まれたようだ。
金髪、耳ピアス、控えめなメイク。
一気に大人びてしまったキサラさんは、学年を超えて、学校全体の注目の的になった。
もう誰も疑わない。
彼女がこの学校の、主人公なんだって。
じゃあいつも隣にいるアカリさんがヒロインで、私ってお助けキャラ?
…それも面白いかも!
学校生活にも慣れた7月の、夏休みが始まる数日前。痛ましい事件があった。
アカリさんのご両親が車の事故で亡くなったのだ。
アカリさんはそのショックで、学校に来れなくなってしまった。
同時に、キサラさんも学校を休んで。
クラスの元気印の2人が不在で、クラスは沈んだ雰囲気のまま、夏休みに入ってしまった。
……
夏休みが始まってすぐ。
私はアカリさんが心配になり、様子を見に行くことにした。
アカリさんの家には何度か遊びにいったことがある。
道すがら、私はアカリさんのお母さんのことを思い出していた。
アカリさんと似て、小柄で、可愛らしい女性。
クッキーを焼いてくれたり、一緒にゲームもしてくれたり。
気づくと涙が出ていた。
きっとアカリさんは、この何百倍も辛いんだろうな。
アカリさんの家の前について、私は戸惑ってしまった。
思わず手をぎゅっと握りしめてしまう。こんなはずじゃなかったのに。
どんな顔をして会えばいいんだろう。なんて声をかければ。
彼女の友達として、やれることってなんだろう。
アカリさんの家の前でかたまっていると、背後から足音が近づいてきた。
「あれ、ユキさん?」
聞きなれた声にふりかえる。そこにはスーパーの袋をぶら下げた私服姿のキサラさんがいた。
キサラさんはポケットから鍵を取り出すと、慣れた様子で鍵を開けて中へ入った。私にいっしょに入るように手招きをしながら。
「ただいまー」
「おかえり、キサラちゃん」
「待っててね。お昼つくるから。ユキさんも食べる?」
キサラさんは手際よくエプロンをつける。
料理も作れるんだ。すごい。
リビングに入ると、アカリさんが大きな猫のぬいぐるみを抱いてソファーに座っていた。
私の姿に驚いているみたいだった。
「アカリさん、大丈夫?」
「うん、心配させてごめん。だいぶ心の整理がついてきたところ」
アカリさんはキッチンで料理を始めたキサラさんへ視線を向ける。
「私のお母さんとお父さんが死んじゃってから、キサラちゃんがずっとそばにいてくれるの。この家に寝泊まりしてくれて。はじめは、ほうっておいてほしいって怒鳴ったのに。物を投げつけちゃったりしたのに、私をずっと守ってくれて。黙って話を聞いてくれて。いっしょに泣いてくれて」
アカリさんの目から涙がこぼれた。
「キサラちゃんは皆の人気者なのに、私のために、わたしなんかのために、がんばってくれたから。最近ようやく落ち着いてきたんだ」
「アカリちゃんは私の親友でしょ。親友のためならこれくらい、なんてことないって」
両手にお皿をもったキサラさんが笑顔で立っていた。
「親友…親友か。嬉しい、ちんちくりんの私とキサラちゃんが親友だなんて」
みんなでテーブルを囲んで食べた、キサラさん特製の冷製パスタは、とてもやさしい味がした。
その後、アカリさんは近くに住んでいた叔母夫婦と暮らすことになって。
夏休み明けに、キサラさんといっしょに笑顔で登校してきた。
……
二年生になっても、3人とも同じクラスだった。
今、目の前ではキサラさんがアカリさんに数学の宿題を教えている。
机の隣にしゃがみ込んで優しい顔でわかりやすく教えているキサラさんと、うなりながら机に向かって問題を解いているアカリさん。
親友と呼び合う二人の仲が、少し羨ましかった。
…でも校門でふたりを見かけたときの、眉尻が下がって少し不安げなアカリさんと、何かを決意したような、真剣な面持ちのキサラさんの姿が気がかりだった。
だから校門前で、すぐに声をかけれらなかった。
どうか、二人の仲を切り裂くようなことが起きないように。
そう祈るしかできなかった。




