第8話「キュアフィオーレってところね⑵」
アキクサスティックをハンマーに変形させる。
「少しでも力を出し渋ってはいけないわ。自らの全てをさらけ出すように、一撃を放つのよ」
「えーえー! わかってますとも!」
胸に熱いものがあった。魔法少女の仲間になって、魔物を退治するその瞬間が、ここまで心躍るものだったとは、想像だにしていなかった。心臓の鼓動で、自らの足跡すらよく聞こえなかった。
一歩一歩、慎重に近づく。
「……うわっ!」
衝撃波が舞う。
クッキーのメカを叩ける範囲に来る前に、あたしは思わずハンマーを振り下ろしてしまった。目の前から、何かが飛び出してきたせいだった。ファンシーな音を立ててメカから排出された生き物を、ハンマーがぺちゃんこにしていた。
ハンマーを持ち上げ、叩いた跡を見やる。白い何かだった。ぐちゃぐちゃになっている。指で掬い取って舐めてみた。柔らかく、甘かった。
「…………これって、もしやマシュマロ?」
「秋草爽、下がりなさい。さもなければ死ぬわよ」
「え?」
スッと顔を上げると、目に映ったのは大量のマシュマロのモンスターたちだった。抱きかかえて眠れそうなほどの大きさのそれらが、ゾロゾロと、さながら工場のように飛び出していた。
即座に逃走の判断がとれなければ、どうなっていたかわからない。あたしは踵を返して走り出していた。するとなんと、視界の先に、全力で退避しているこころの姿があった。思わずずっこけそうになる程の衝撃だった。
アキクサスティックから宝石を外し、軽くする。短距離で一時期才能を認められていたあたしの脚力で、地面の雑草が散るほどに地面を踏み締めて、なんとか彼女に追いつくことができた。
「ちょっとちょっとちょっと! 何のつもりですか!? 逃げるなら逃げるとそう声をかけてくださいよ!」
「うるさいわね、下がりなさいと言ったじゃない。そのまま死ねばよかったのに」
「殺意高すぎませんか!?」
せめて魔物退治中は仲間と認識してほしいものだ。
「本体のあのメカっぽいやつを破壊しなきゃ、あのマシュマロモンスターをいくら倒したところで無駄でしょうね。それに、いくら何でも数が多過ぎる。逃走が最善手だったわ」
走りながら、一瞬だけ後ろを振り向く。一面真っ白だった。あたしの顔面も青白くなってたと思う。
「このまま逃げ続けてどうにかなるものなんですか?」
「なるわけがないでしょう。今、方法を考えているのよ。なんとかならないかなって」
「軽い……!」
長距離でも才能を認められたあたしの脚力でも、永遠に走り続けることはできない。本当にあたしを殺す気なのかもしれない、このこころという女は。
「……って、こころさん……」
「何よ」
視力はいい方だし、こんな絶体絶命な状況で見間違えをするほど、あたしの目は節穴じゃない。
「先に、崖がありませんか……?」
「まあ、そうね」
こころは平然とした顔で、こくりと頷く。
あれ、あたしがおかしいのかこれ。
「落ちませんか……? 落ちたら危なくないですか……?」
「ええ、落ちたら危ないでしょうね。落ちたら、あなたは多分死ぬわね。というか死になさい」
「それが狙いか!?」
「違うわよ。あなたには死んでほしいと思っているけれど、死なせるつもりはあんまりないもの。死ぬならあくまでも、私に関係ない場所で——ね」
あと数メートルで崖から落ちるというところで、こころは走りながら手を前に突き出した。その瞬間、崖の先端から深緑色のツタのようなものが伸び始めた。太めのツタは直線的に前方へ進んでいく。
あたしとこころは、そのツタに続くように上に乗り移って走り続ける。
「……あのマシュマロたちもやっぱりついてきてますね、こころさん。あの本体をぶっ壊す方法を——」
「右に曲がるわよ」
「急に!?」
ツタが進行方向を右へ変える。綺麗な直角が描かれるほどに唐突だった。わりかし本気で人生の終わりを感じたが、何とかあたしは振り落とされず、ツタの上を走り続けられた。しかし、あまり知能がないであろうマシュマロたちは勢いを止められず、ポロポロと落ちていく。
途中からは対応して右に曲がってきたものの、多少は余裕ができた。
「もう一回右へ曲がるわ」
「はっ、はい!」
連続の進路変更は流石に難しくなかった。二度と右に曲がり、目指す先は本体のメカということになるのだろう。本体を破壊するにあたって何が策はあるのか——。
崖のところまで戻ってきた。するとこころはツタの伸ばす方向を少し上向きにし、地面への合流を避けた。それもそのはずである。マシュマロのモンスターに、草原のほとんどが埋め尽くされていたからだった。見えるのは、キャンディの木々だけ。あまりにも量が多過ぎるせいで、崖の端っこにあるツタのスタート地点が詰まっていた。
それから、走り続けて、ようやく本体が見えてきた。もはや気力で走っていたあたしに対して、こころは息一つ切らしていなかった。
あたしはアキクサスティックに宝石をはめ、ハンマーの状態にする。
「一撃で仕留められる?」
「わかりませんけど……やります!」
「その心意気よ。死ぬ気でやりなさい。そして死になさい」
「ブレないですね……」
もう少しでハンマーをぶつけられそうな距離まできたところで、本体のメカはマシュマロの生産をストップした。何が起こるのかと思えば、形状が変わり、内側から筒状の何かが出てきた。それは、あたしたちの方へ向いた。
判断がつかないまま、大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせる。ハンマーを叩きつけ、本体をぶっ壊すイメージトレーニングを数秒で完了させた。
その時だった。ひうん——なんて音が聞こえた。
「なっ……!!」
唐突に出てきた筒状の正体は大砲だった。水色の砲弾が直線的に打ち上げられ、あたしたちの少し後ろあたりのツタに直撃し、破壊する。物理法則に従って、ツタは落下していく。足元がいきなり頼りなくなり、内臓が浮き上がるようだった。
抵抗ができなかった。自分はここで死ぬのか——なんて考える暇もなかった。ただただあたしは、困惑して、当惑して、目を見開くばかりだった。
地面に体がつくコンマ0.1秒。
「言ったでしょう。死なせるつもりはないって——」
意識がスッと戻ってくる。落下していなかった。こころはツタを腕から伸ばしてキャンディーの木に飛ばし、勢いをつけてあたしの手を掴み取っていたのだった。遠心力の力で、空中ブランコのように、キャンディーの木を中心として公転し始める。すぐ近くに本体があったものの、動き続けているので、今度は砲弾を当てられないようだった。
「秋草爽。マシュマロたちが本体を守ろうと群がっているわ。肉壁を作られる前にケリをつけないと。ハンマーを手放さず持っていたあなたを讃えて、ここは譲ってあげる。投げるから、あとはうまくやりなさい」
「投げるんですか!?」
「喰らいなさい、秋草アタック!」
「なんですかその技はーっ!!」
遠心力のままに投げ出されたあたしは、ハンマーを強く握って、狙いを定めた。着弾の寸前に、両腕を後ろに引っ張って力を溜めると、メカに一撃をお見舞いした。だるま落としのようなスイングは猛烈な火力を持って直撃する。爆発するようにクッキーとビスケットが四散し、衝撃波が舞った。
あたしは凄まじい反動を受けた。ハンマーの与えたインパクトと逆方向に吹き飛ばされた。幸い、本体の崩壊により本物の人形と化したマシュマロのモンスターたちが、消滅する寸前だったものの、クッションとなり、死ぬことはなかった。
死ぬことは——なかった。
「うぐ……っ」
マシュマロのモンスターが存在を失い、地面に撃ち込まれたあたしの体は草原にポツリと置かれる形になった。横向きに倒れていた。意識が朦朧としており、視界の端っこで、草が赤く染まっていた。
ストンッとハイヒールの音が聞こえた。
「死んでる?」
「……なんとか、生きてます」
「あらそう、残念ね。助けなくちゃいけないじゃない」
こころがそう言った途端、視界がピンク色に包まれた。仰向けになってみると、どうやら今あたしは、花の中で寝転んでいるようだった。倒れている場所が黄色い円状だったことが何よりの証明だった。
「植物を操ったり生成したり——私の能力はこんなところだけれど、できることは意外と多いくてね。ヒーラーとして、右に出るものはいないくらいだと自負しているわ。一緒に戦うのが私でよかったわね」
全身の痛みが引いていく。土埃の汚れや血も消えており、元々なかったかとすら思える仕上がりだった。
あたしは立ち上がる。
「お手柄だったわね。いい墓を建ててあげるわ」
こころは花のような優しい微笑みを浮かべるのだった。




