第9話「魔法少女はアルコールに強い」
華やかなる初戦を終えて、あたしとこころは魔物の結界から脱出した。全く人のいない夜の街に、2人の影だけがポツンとあった。これじゃ、魔物の結界と大して差がない。
「お疲れ様。じゃあ、これにて解散というわけで」
高校の制服姿に戻る彼女。倒れていたあたしに向けられた、優しい微笑み——それは、鹿乃子を甘やかしている時そのものな表情だった。何を渡久志こころの本当の姿として認識すればいいのか、わからなくなる。
結局なところ、どれもこれも彼女自身以外の何者でもないのだが。
「お疲れ様です。こころ先輩、何か飲みませんか? ジュースでも奢るんで」
「補導されるわよ」
「……まあ、ですよね」
あたしから踏み込まないと、何も変わらない気がする。殺意を仲間意識に変えさせるためには、あたしも彼女にとっての鹿乃子のような立場にいなければならないのだ。そうしないと、処分される。邪魔な部外者という立ち位置じゃダメなのだ。
死ぬとか生きるとかはさておき、彼女にそこまで気を張らせているという事実も、申し訳ないのだ。
「行きつけのバーがあるのだけれど、そこに行くわよ」
こころは唐突に、それが決定事項のように告げた。
「え? 補導されるって話じゃ——」
「バレなきゃ、犯罪も犯罪じゃないわ」
「子供の深夜徘徊も犯罪ってわけじゃないでしょうよ……」
とはいえ、あたしはこころについて行くことにした。誰もいない暗闇の街を歩くなんて、それだけでもにやけてしまう。言葉にしようがない高揚感——普通の青春じゃ味わえないような甘味だ。
道ゆく先の街灯がことごとく切れかけていた。そこまで田舎でもないというのに、行政は何をしている。
「お酒は飲んだことある?」
「……あるわけがないでしょう。あたしは中学生ですよ」
「そうなのね。私はあるわ」
振り向きざまに、フッと微笑してみせる彼女。
マウントのつもりなのだろうか。未成年飲酒とか、他のどんなことよりも格段に誇っちゃいけないことではないのだろうか。
「何よその顔。別にいいのよ、飲んだところで、健康上の影響が出るわけでもないもの。酔うこともない。魔法少女は人間とはわけが違うのよ」
「あぁ、そういう話……」
魔法少女は普通の人間と違う身体構造を持つとかなんとか、ちょうどさっき聞いたことだ。こころは魔法少女を戦士と表現していたが、改めて考えてみると、まるで執行人のようである。人間の負の感情から生まれし魔物と、それを断ち切る執行人の少女たち——言い方を変えてしまえば、ストレス社会の後始末。
そんな彼女たちがどんな気持ちで毎日を過ごしているかなんて、あたしにはわかりっこないことだ。
いつのまにか、目的地にたどり着いていたらしい。「ここよ」と彼女は店の入り口につながる地下への階段を指差した。商店街の入り口から少し先へ行ったところだった。
「ここよって言われても……もう閉店してるじゃないですか」
ドアにかけられたcloseの看板がそれを示していた。まさかすでに閉じている店に突撃して好き勝手するわけでもあるまい。彼女なら絵面が容易に想像できるが……。
「行くわよ」
意思疎通に応じてくれないようだった。一度犯罪に手を染めたならもう変わらないし、やるなら全力でやろうか、なんてアホらしい覚悟をしながらついていくと、ドアの先で、こんな深夜だというのに店内の電気はついていた。
立ち並ぶカウンターと、高そうな酒瓶だらけの棚がみえた。薄暗い雰囲気は、まさにバーである。
あたしは呆然としばらく眺めて、こころに促されると席についた。
「いらっしゃーい。お? そいつ誰?」
少々ドスの効いたような声だった。店の奥から顔を出した彼女に、あたしは肩を窄める。トゲトゲのピアスが両耳についており、片目がボサッとした髪の毛に隠れていた。褐色肌で目つきの鋭いお姉さんだった。
「この子は——まあ、魔法少女みたいなものよ」
「ほーん」
バーテンダーのお姉さんは特に不思議がる様子もなかった。どうやら魔法少女の秘密を知っているらしい——だとすれば、彼女は何者なのだろうか。
「秋草爽。この人は元魔法少女、飯山香穂さんよ」
「元……魔法少女……」
あたしは目を見開いた。
三良さんがそろそろ魔法少女を引退するという話は聞いていたが、まさかすでに引退した魔法少女と出会うことになるとは。
「あんたが何者かはわからないけど、とにかくよろしく」
「あ、はい! 秋草爽と言います! よろしくお願いします……あの、あたし、お酒とか飲めなくて」
「そう。水でも出すよ」
「………………」
正直、ガッカリしました……。
サービス精神はなかったのである。いや、これに関してはあたしの高望みとも思える。ともかく、戦い終わりの冷水は格別だった。体内に氷を突っ込まれたようである。
隣を見てみれば、こころは缶ビールの蓋を開けていた。
「……いや」
ツッコんではいけない、とあたしは口をこらえた。深い意味はないが、ここで何か口を出してしまえば負けのような気がしたのだ。
二人であたしをからかおうとしているに違いがない。
「あちらのお客様からです」
不意に前方から声。定番中の定番のような場面だ。
「ありがとうございます。…………え」
ケーキにはホワイトチョコレートの板が付けられていて、そこには『ハッピーバースデー』と書かれていた。
「こんなものを初対面で送ってきたのはどこのどいつだーっ!!」
あたしは叫んだ。負けである。
香穂は微笑し、片手で、あたしから見て左の方向を指し示す。そこには、当然だが、誰が座っていた。ブッカブカのローブを身にまとっており、まるで特徴が読み取れなかった。
「ちょっとあんた! プレゼントしてくれるのは嬉しいけどそういうの誕生日ケーキでやるもんじゃないでしょ! あたしの誕生日もう過ぎてるんだけど!」
あたしの誕生日が過ぎているという情報は余計だったが、とにかく立ち上がり、彼女に詰めかける。
「……ふぅん。今日は誕生日じゃなかったんだ。運勢がいいからラッキーな出来事があるって、占いでは出たんだけどなぁ」
返答しているようで返答していないような言葉を放つ彼女。ボソボソと喋るので、聞き取りづ辛かった。
「どういう意味だ!」
「言葉通りの意味だよ。もし仮に今日があなたの誕生日で、ぼくが誕生日ケーキを送るという一連の流れが正しく成立していたとすれば、それは間違いなくラッキーな出来事だろう?」
「ラッキーな出来事……? そんなことのために、あたしへ誕生日ケーキを?」
「そんなことなんて言うのはやめてくれ。ちょうど日付が変わって、つまりリセットされて、最初の運試しだ。大事なことなんだよ」
うわ、ちょっとキレてるときの口調だ。
「何を言ってるのか全然わかんないんだけど……」
その時、後ろから肩に手をかけられてあたしは振り向く。こころが特に何も思っていなさそうな無表情で立っていた。
「その子は飯川市西のテリトリーの魔法少女よ」
「飯川市……の、西?」
「ええ。飯川市の魔法少女のテリトリーは二つに分かれているのよ」
「じゃあ、この子も魔法少女ってことなの?」
改めて、姿を観察する。風貌からも言動からも、やはり占いを連想させる。彼女はきっと、未来予知だとか、そういった能力を有しているに違いはないだろう。
「占いは本人の趣味らしいわよ」
「趣味!?」
この世界はあたしの期待を裏切るのが得意らしい。しかも相当楽しんでいると見た。
彼女のローブで隠れた顔が笑っていた。
「えへへ、ぼく、占い師っぽかったかな……?」
「……くさんくさい占い師っぽかったよ」
「…………。それも、また、一つの占い師の形だね」
ひきつった声が返ってくる。結構な失言だったが、優しい人である。思えば初対面でケーキをくれるくらいだし、異物のように扱うのは流石にあたしも非常識が過ぎた。困惑と驚きで頭が支配されていたのかもしれない。
「あたしは秋草爽。今日は誕生日じゃないけれど、このケーキはありがたく頂いておくよ。えっと……お友達にならない?」
声をかけつつ手を伸ばしてみると、ローブの彼女は椅子をクルリと回して向き合ってくる。幼くおとなしそうな顔つきでダイアモンドのように目が輝いていた。
「お友達……お友達って、一緒に背中洗いっことかする」
「友達レベル53くらいだねそれ!」
「え? とにかく、仲のいい人たちって意味だよね?」
そんな、なぜ怒られたんだ、みたいな顔をされても、困る。
「……ぼく、友達になろうなんて言われたの、人生で、これで、2回目だ。初めてじゃ、ないんだけど……」
照れ臭うに彼女は頬をポリポリとかいた。
「霧原昭美……よろしくね」
「うん! よろしく!」
手を握ってコクリと頷く昭美に対して、あたしはニッコリと笑って、そう答えるのだった。
「……あ、じゃあ、ケーキは360円ね」
「へ?」
「本当は460円だけど、おまけで割引するから」
せめて半額にしようよ……。
「そのケーキは売れ残りだ。代金はいらない」
仕方がないので払おうとポッケから財布を取り出そうとしたところで、バーテンダーの香穂が口を挟んだ。オシャレバーの売れ残りバースデーケーキという、前代未聞のパワーワードである。
「昼はお菓子とか売ってんだよね、この店。あそこでグッスリしてるやつが、ウチのパティシエ」
人差し指の先には、カウンターに突っ伏して小さく寝息を立てている女性がいた。白色のコックコートに身を包む彼女は、深海のようなブルーの髪をしていた。穏やかな顔だった。
香穂は彼女へ寄り、カウンターへ手を伸ばし、頭をそっと撫でた。
「夜のここは、迷える少女たちの憩いの場ってこと。秋草ちゃんだっけ? あんたはどうやら魔法少女じゃないようだけれど、あの渡久志が許すだけのことはあるんだろう。好きな時に来ればいい、水なら出してやる」
「ノンアルコールカクテルとかないんですか……?」
「お酒以外は飲料水しかないんだわ」
「そうですか……」
あたしは肩をすくめた。
戦いを終えた魔法少女たちはここへ寄り、羽を休めているのだという。魔法少女としての役目をやり切った者だからこそ、彼女たちの壮絶な日々を受け止められるのかもしれない。あたしの知らない裏側の世界は、想像よりもはるかに、矛盾のない美しい巡回を描いているのだった。
「あ、そろそろぼく、帰らなきゃ」
昭美はのっそりと立ち上がり、出口へ向かう。
「今度、ぼくらのリーダーに会わせてあげるよ。クセの強い人だけど、気が合うんじゃないかな」
「うん、楽しみにしてる!」
クセの強い人は最近得意になった。こころよりも突拍子のないやつはそうそういないし、英子よりも暴力的なやつもそうそういない。
ドアが閉まるまで、あたしは手を振っていた。
「私にもケーキを頂戴。鹿乃子のために持って帰るわ」
こころはいつのまにか席に戻っていた。缶ビールは飲み切っていた。大人は酔うためにお酒を飲んでいる節があると聞くのだが、酔うことのない彼女は、何のためにお酒を飲んでいるのだろうか。
満足気に香穂は頷いた。
「いいよ、持っていきな。たくさんの人に食べてもらった方が、こいつも喜ぶ。パティシエの鑑だぜ」
「感謝するわ、蒼井さんにもよろしくね」
カウンターで寝ているパティシエさんの名前だろうか。蒼井さんというのか。一応、覚えておこう。
「それじゃあ、私もここらあたりで——」
こころも帰るらしい。一人で夜の街を歩くのは流石にはばかられるし、途中までついて行くとしよう。
「あ、そうそう。上物を仕入れてきたんだよ。ちょっくら東北まで行ってきてな」
言葉を遮るようにして香穂は呟いた。
「……何ですって」
なんか、きな臭くなってきた。これから酒臭くなりそうだし。
それから香穂はこころを手招きすると、耳元で何か囁いた。盗み聞きできるのなんてあたしくらいなのに、なぜこっそりと話す必要があるのか。
こころは少し思案して、カウンターに再び座る。
「秋草爽、私の隣に座りなさい。魔法少女でもないあなたを夜の街に放り投げるわけにもいかないもの」
「やっぱ帰らないんですか……しょうがないですね。付き合いますよ」
ため息をついて、こころの隣に腰を下ろした。
香穂は奥から瓶の日本酒を取り出す。ラベルに何か書かれていたが、よく読めなかった。難解な漢字が、タッチの荒さで更に難解になっていた。
「あんたも飲むか、人間さん」
「冗談でもダメですよ。未成年飲酒って、成長に影響が出るとかいいますし」
「そうか。珍しい物なのにな〜」
残念そうな顔をして、香穂はグラスを二つ取り出す。こころと、自分用だろうか。あたしは、まだ飲み切ってなかった水を口に含む。すでにぬるくなっていた。
「魔法少女の夜は長いわよ。枯渇した睡眠時間は、学校の授業中にでも補充するといいわ」
「付き合うのは今日だけですからね。あたし、こう見えてもかなり成績いいんですから!」
「嘘おっしゃい」
「嘘じゃないし!」
その夜は、初めて魔法少女のお供として魔物を退治したことと、初めて徹夜をしたこと——二つの意味で、あたしの記念夜になるのだった。




