第10話「一ヶ月が経って」
一ヶ月前、あたしは魔法少女のお供キャラになった。
こころとお菓子の魔物と戦ったあの初戦から今に至るまで、大体8体ほどの魔物を経験。流石はストレス社会と言うべきか、魔物の発生ペースが早い。
そうして、あたしが英子とこころから出された結論はというと——『いちいち回復させるのがめんどくさい』だった。アキクサスティックの火力は、英子が作ったものとはいえ強力。だが、やはり一般人の体は脆いのだと。毎度毎度ボロボロになるので、最近は痛くても耐える術が身につけられ、小指をタンスの角にぶつけてものたうち回るだけで済むようになった。
ただ、それだけ体を張っても、あたしの行動が果たして鹿乃子のためになっているのかは、わからない。そもそも、あの子のためにやっていることだし。
とにかく、そうして迎えた夏休みである。
季節感がほとんどなかったこの作品にも、夏休みが訪れていた。ちなみに、あたしが魔法少女の秘密を知ったのは、5月の上旬頃。ありきたりな表現だけれど、あっという間に時は過ぎていった。
あたしはそんな夏休みの初日を、とある廃工場に費やしていた。
肉体強化は流石に不可能だとしても、戦闘訓練をしておく必要はやはりあるのだった。今日はこころに魔物退治は任せて、あたしと鹿乃子と英子はトレーニングに赴いていたのである。
「行くよ! さわちゃん!」
黄緑色のドレス姿の鹿乃子があたしの前に立ちはだかる。大量についたリボンから、好きな物を出すことができる。
「よし、こい!」
アキクサスティックを、今回は剣へ変形させていた。英子にはカスのネーミングセンスと言われ、鹿乃子にはもっと何かあったんじゃないのかな——と言われ、あたしは怒り心頭だった。
剣を操るコツは、重心を保つことである。デザインでいえば、サーベルっぽいのだが、あたしは剣道のように重心を取る意識を持っている。
「えぇい!」
鹿乃子はリボンをポンポンと叩き、ハンマーを二つ出現させた。一つを投げてから、もう一つを構えて突撃してくる。
あたしは剣を振り上げ、まずは飛んできたハンマーを斜めに切り落とす。持ち手の部分はあっさりと切れる。勢いが二方向に分けられ、地面にぼとりと落ちる。
それでも勢いを落とさず、鹿乃子はハンマーを、軽々と地面に叩きつけるように打った。落雷のような轟音で耳がキーンとしたが、行動には支障がなかった。あたしは一歩後退していた。真っ直ぐに行ってハンマーで攻撃するくらいしかパターンがないので、流石に読めてきたのである。
剣を振り下ろし、彼女の首元で寸止めした。ここまで、約10秒間——それから2秒ほど沈黙し。
「魔法少女が一般人に負けてどーするってんだよ……」
呆れたような顔をした英子の声が緊張を解いた。廃工場の割れた窓の枠に腕をひっかけ、壁にもたれかかっていた。
「で、でも! さわちゃん速いんだもん!」
「お前の方がもっと速いはずだ。魔法少女は、戦ってこそなんだからな」
「でもぉ……」
鹿乃子は言葉に詰まっていた。勝った側のあたしが申し訳なくなってくる。
「大丈夫! 鹿乃子はあたしが守ってやっから!」
「お前もお前で調子に乗るな」
「すみません!」
そもそも、貰い物の武器で戦っている時点で誉められたものではない。せいぜい同年代の中じゃ飛び抜けているというくらいじゃ、魔法少女には届かないのだ。
と、その時。
「やってるわね〜。私も混ざりたいわ」
廃工場の入り口のドアがギリギリと不協和音を放った。開かれた先には、紙袋を手に持った龍空三良が立っていた。鮮やかなベージュ色が太陽光を反射する。ワイシャツ姿で随分と汗をかいていたが、インナーのおかげか透けていない。流石はおっぱいがデカいだけはある。
「差し入れのお菓子があるのよ。後でみんなで食べましょう」
鹿乃子がパァッと明るい顔になった。
「いいんですか三良さん!? そうだ! 三良さんも一緒に模擬戦やりませんか!?」
「やめておくわ、危ないし。もう戦いはできなさそう。引退する前に一度、秋草さんに能力を紹介しておきたかったけれどね……」
能力と聞き、あたしの記憶がフッと戻ってきた。
「あー! あれ、結局はなんなんですか? 完全に分身の術でしたよね」
初めて会った日、いつのまにか家の外で車が用意されていた。マンションから一緒に降りてきた三良と、用意された車から出てきた三良——後者は影のように消えたのだった。
「私の能力自体は、分身というと、正確には違うのよ。というか、まあ、根本からほとんど違うわ。あの分身は、能力の応用の最果てのようなものでね……」
説明がしづらいようで、言葉に詰まる。
「……変身してみるのが一番わかりやすいか」
「大丈夫なのか?」
英子が口を挟むと、三良はにっこりと笑って、頷いた。
「今日はたっぷり寝たから大丈夫! 魔力もチャージ済み!」
その瞬間、彼女は眩い紅を放った。即座に赤と黒の鮮やかなドレスが形取られる。貴族の令嬢が着ていそうな、高級感あふれるものだった。変身こそスムーズだったが、こころみたいに変身バンクを自分で用意している魔法少女は、やはり少ないのだろう。残念だ。
彼女は抱えるように黒いボールを持っていた。深淵の中で、渦が描かれていた。
「なんですか? その黒いの」
「私の特殊能力よ。特に名前が決まっているわけではないけれど、私たちは龍玉と呼んでいるわ。文字通り、龍の、玉だし」
あたしは目を丸くする。
「龍の……? あたしてっきり、ブラックホール的な何かかとばかり……」
「全然違うわ、そう見えるのはわかるけどね。これは、魔力を溜めることで強力な一撃を放つことができる優れものなのよ」
「リーダーは最強なんだよ。わたしの知ってる魔法少女の中で、一番強い!」
両腕で大きな丸を描くようにしながら、鹿乃子は言う。
「そうだな。元より素質があったんだろう。だが、我らがリーダーはそれだけじゃない。お前、引っかかる点はないか? 分身の術の話はどこにいったかって」
英子の問いかけに、あたしはハッとする。
「確かに! え、どういうこと?」
「魔力の可能性っつーのは無限大なもんでな。リーダーは、自分の能力を応用して、分身を作り出せるようにしたってことなんだよ」
「能力の応用……」
能力を、作り出したというのか。そんなことができてたまるか——いや、できてしまうのか?
三良は龍玉を両手で持ち、前に突き出した。
「えい!」
すると、全く同じドレスを着た三良がピュンッと、そんな音を立てて飛び出してきたのだった。ドレスも、顔も、巨乳も全くもって同じだった。
二人の三良は同時ににっこりと微笑んだ。
「これでわかったでしょう」
「魔法の力は、固定された能力さえ凌駕する」
「この能力を作り出すために、随分と時間がかかったけれど」
「分身があれば仕事をしながらでも魔物を狩れたのよ」
分身と本体の二人が交互に言葉を放った。
あたしは絶句し、言葉が出てこなかった。そんなあたしを見て、三良はうふふと小さく笑った。満足そうな顔だった。
「じゃ、本来の能力も見せてあげるわね」
龍玉を持つ本体の方がそう言って、再び手を前に突き出したところを、英子が静止する。
「おい、気軽に打つんじゃねぇよ。多分その位置からだと、秋草が巻き込まれて死ぬぜ」
「えぇ!?」
「あ、そうね。ごめんなさい」
照れくさそうにウィンクする三良。殺人未遂しておいてなんという笑顔だ。もし今日いるのが英子じゃなくこころだったら、確実にあたしは見捨てられ死んでいたことだろう。背筋を凍らせつつ、英子の鹿乃子の方へ向かった。
「三良さんの技を見るなんて久しぶりっ!」
鹿乃子は目を輝かせていた。三良は衰えて、今はとても戦える状態じゃないという話だった。もしかすると、あたしは今からかなり珍しいものを見ることになるのかもしれない。
「腰抜かしちゃダメだよさわちゃんっ!」
「もうほとんど抜けてどっかいっちゃってる……」
ひょっとしたら、魂が抜けていっちゃってるかもしれない。
「じゃ、行くわよ! そーっれ!」
掛け声と共に、龍玉から、文字通り龍が出てきた。黒い絵の具で塗りつぶされているようで、魔力で作られたものだと、あたしはすぐにわかった。一直線に進んでいき、廃工場の壁に着弾する。耳を貫くような衝撃音と共に、大爆発が起きた。油断したら吹き飛びそうになるほどの風が辺りに放たれる。
気がつく頃には、廃工場の壁に大穴が空くだけではなく、その3m先の地面が更地になっていた。この廃工場は山にあるのだった。大自然が、一部ゴッソリとなくなっていた。
「ざっと、こんなものかしらっ!」
「す、すごい……!!」
あたしは気づくとパチパチと拍手をしていた。
「えっ、もう一ヶ月ほどで引退するって聞いてたんですけど…………こんな大技を打てるのに!?」
あたしは、大きなビームが好きだ。シルバーウィークの火曜日の、祝日に挟まれているからこの日も祝日にしてしまおうという優しさくらい好きだ。思わず叫ぶと、彼女はまたもや照れくさそうに笑う。
「でも、3、40分くらい魔力を溜めないと、打てないのよね。朝早めに起きて、魔力を溜めておいたからいいけれど、分身の操作も最近はままならないし」
三良はドレス姿から、ワイシャツ姿へ戻る。
「英子さんとこころさんには前に話したんだけど、ちょっと早めに引退しておこうと思うのよ。具体的に言うと、明日でスパッとやめちゃおうかなって。だから今日ここへ来たの」
「え?」
鹿乃子の腑抜けた声が響いた。
とりあえず、あたしは情報を整理する。
「えっと……確か、今から一ヶ月後くらいに結婚式があって、それまでは続けようとしてたんでしたよね」
「そうなんだけれど、無理に戦いに参加して、怪我でもしたらやっぱり不味いのよ」
さっきの技を見てからだと、どうも納得しきれない——だが、切なさを纏う笑顔は、嘘をついていなかった。
「俺としても、説得した甲斐があったぜ。体に傷跡が残ってたら、色々と困るだろうしな。新婚ほやほやの夫婦が、お互いの服の下を見せ合わず生活するなん——」
「やめろ英子てめぇ!」
バッと英子の口を手で塞ぐ。
「も……もうやめちゃうんですか……? わたし、三良さんがいたからこんなに頑張れたのに……」
トボトボと鹿乃子が三良の元へ歩いていく。知らないし知ることもできない彼女たちの思い出が、そこにはあるのたまろう、とあたしは思った。三良は、そっと鹿乃子を抱き寄せる。
「悲しまないで。私は魔法少女じゃなくなるけれど、時間があったら、また差し入れでも持ってきてあげるわ」
「三良さん……」
「こころさんに英子さんがいるもの。きっと大丈夫よ。みんなで力を合わせて、頑張って」
「…………はい」
「そうだ! 差し入れに持ってきたケーキをそろそろ食べましょう! 朝イチで駅前のお店に並んで買ってきたのよ!」
パシんと手を叩き、空気を切り替える。食べようと言われても、この廃工場でケーキを食べられそうな場所はなかった。ほとんどの設備が片付けられていて、初めて来た時、何かの倉庫かと勘違いしたくらいだった。
どうするのかと思えば、英子が小粒の白い宝石をいくつか取り出して床に置いた。
「鹿乃子! ハンマー!」
「あ、はい!」
ドレスのリボンを軽く叩きハンマーを生成すると、大きな動きで、地面の宝石を叩き潰した。その瞬間、宝石が変形し、鹿乃子は反動で軽く吹っ飛ばされる。たちまち、透き通る氷のようなテーブルとチェアーのセットが作られていたのだった。
「はぁ〜すっごい……」
素直に感嘆の声が漏れてしまう。
三良は廃工場の出口のシャッター付近に置いていたらしき袋を取ってきた。大きな箱から、ショートケーキ、チョコレートケーキ……で、名前がわからないケーキ。とにかく人数分の4つが机に置かれた。
あたしたちは宝石の椅子に腰掛ける。ちょっと冷たかった。
「こころのやつ、後で悔しがるだろうな〜。俺たちがこんな、並ばないと買えないケーキを食ってるなんてよ」
ニシシと笑う英子。
「ちゃんとこころさんの分も買ってあるのよ。みんなが食べれるように、全部で8つ」
「8つ?」
あたしと鹿乃子が目を丸くする。二つ目を食べたい人でじゃんけんでもするのだろうか、給食の個数物が想定より多く余った時みたいに。
「他のテリトリーの魔法少女にお裾分けするのよ。私たちは飯川市東テリトリー。西テリトリーのみんなに、引退の挨拶をしなくちゃだし」
「そうなんですか……律儀なんですねぇ」
当然といえば当然なのだろうが。
西テリトリーといえば、霧原昭美を思い出す。あの子とは、今でも、時たまあのバー(名前はマジーアだと最近知った)で会い話している。あの子がするスピリチュアルな話を、真剣半分面白半分で聞いてやっているだけなのだが、仲はいい。
今度、西テリトリーのリーダーに合わせてやると初対面の時に言っていたが、結局、会えてはいない。
と、ローブに隠れてなかなか見えないあの子の素顔を想像していた、その時だった。
「失礼します。あぁ、やはりここにいましたか。よかったです」
廃工場のシャッターから声が聞こえてきた。一つ一つの言葉をハッキリと発音する、生徒会長向きの声だった。目を向けると、そこには三つの影。その中には、霧原昭美もいた。即座にあたしは、堂々と胸を張って話す彼女が、西テリトリーのリーダーであると確信する。
「お久しぶりです、龍空さんに、有馬さんに、雪野さんに——なるほど、あなたが秋草さんみたいてますね。渡久志さんはいらっしゃらないようですが、まあ、いいでしょう」
順番に顔を確認する。レーザービームが出てそうな眼力だった。
「お茶会中のところ悪いですが、お話しするべき——否、お話ししなくてはならないことがあったので、参りました」
彼女はそう宣言するのだった。




