第7話「キュアフィオーレってところね」
「起きなさい秋草爽。外に魔物が出ているわ。力を合わせて、一緒に戦いましょう。でも、そのまま死んでくれてもいいわよ。なんなら死になさい」
殺害予告が趣味な少女が、窓の縁に手をかけて顔を出していた。あたしの部屋は2階だった。魔法少女に常識を求めるのは間違っているとはいえ、背筋が凍るような光景だった。
「何よ、固まっちゃって。あなたも私たちの仲間になったのだから、戦ってもらうのは当然よ。今日は研修だと思ってもらえればいいけれど……ああ、安心して。リーダーが引退するまで殺さないというのは、本当だから」
「はあ……」
月光が灯る頃だった。中学生になり生活習慣が乱れ始めたあたしでも流石に床につくような時間帯に、こころは突撃してきた。鍵をかけていたはずなのに、窓が開いている。魔法少女に常識は(以下略)。
「——わかりました。パジャマから着替えるので、少しだけ待ってもらえればなと」
「そんな暇はないわ。魔物によって、今にも罪なき一般人の命が奪われようとしているというに」
真剣な表情だった。
「そ、そうなんですか……?」
「嘘よ。生まれたばかりだから、まだ自らの結界に閉じこもっているわ」
「余計な嘘をつかないでくださいよ……」
あたしは肩をすくめる。
時が止まるかのような衝撃が、どこかへ流れ飛んでいってしまった。なので少しだけ脱力しつつ、あたしはジャージに着替える。こころは窓枠に両肘をついて、あたしの着替えをガン見していた。恥ずかしいということもないが、後ろを向いてほしいなと、願ったりした。
「大人っぽい下着なんか着ちゃって。子供心を失ってはいけないのよ」
願いも虚しく口出しをされるばかりだった。ムスッとした表情と説教をするような口調は、マナー講師を思い出させた。
「さあ、行くわよ。あの武器は持った?」
「はい!!」
「いちいち黒い棒とか武器とか表記するのは面倒だし、そろそろ名前つけておきなさい」
「何の話ですか!?」
さて、魔物退治の始まりである。
こころは窓枠にかけていた手にグッと力を入れて、あたしの家の屋根に飛び移る。サラッとやってのけた。続いて部屋の窓から顔を出したあたしは、屋根への距離を目分量で測ってみる。
「いけるか……?」
足を上げ、窓枠に立つような姿勢になる。両手を伸ばすと、屋根の軒を掴めた。腕にグッと力を入れて、よじ登る。
「遅いわよ秋草爽」
「そんなこと言われたって困りますよ! あたしは魔法少女たちのようには——」
「ついてきなさい」
弁明をさせる気もないらしく、彼女は民家の屋根から屋根へと優雅に飛び移り始めた。一瞬見入ってから、ハッとする。あたしにはもちろんあんな芸当はできない。ハンマーを地面に叩きつけた反動で跳躍する方法もあるが、ここでやるのは近所迷惑が過ぎる。
「あ、そうだ!」
あたしは武器——改め、『アキクサスティック』を取り出す。白い宝石を横向きにはめると、前と同じように剣へ変形した。ミミズに似たあの魔物と戦った後、英子にはしっかりと説明をしてもらった、剣の状態で使える、とある機能を使おうではないか。
あたしは剣を、遠くで小さく見えるこころの方へ向けた。すると、剣はあたしを引っ張るように宙へ舞い、こころへ一心不乱に走り始めた。
暴れ馬のようで、全く制御が効かない。豪快な風があたしの顔に打ち付けられる。
「ちょ、ちょっと待ってぇ! 突き刺しちゃダメぇ!」
思わず目を閉じて叫んだところで、剣は止まった。とある民家の屋根の上で、こころは剣を握りしめ勢いを止めていた。手のひらから血が滲んでいた。
「……叫ばないで。何時だと思っているの?」
ひどく低い声だった。
「ごめんなさい……それより手、大丈夫なんですか……?」
「こんな程度、数分程度で跡形もなくなるわ。魔法少女だからって、変身しなくちゃ力を発揮できないわけでもないしね」
「え? でも、鹿乃子も英子も戦う時は変身してますけど」
「それは、固有の魔術を使うためよ。有馬鹿乃子なら、物体の生成——雪野英子なら、魔力結晶の生成——とかね。サラッと大ジャンプできるのは、変身しなくても身体能力が高いからってこと」
「なるほど……」
戦士であるという彼女の説明の納得感が増す。夢のない話だが、普通の少女が変身して魔法少女になるというセオリーとは違う以上、理にかなっていると言わざるを得ないだろう。
建物の屋根から屋根へと飛び移っていく。仕方がないので、あたしはこころにおんぶされる形になった。
「重いわね。ちゃんとダイエットしてる?」
「ひどい!!」
たわいもない話というより、こころの毒舌に耐えながらのフライトだった。その最中にらあたしは覚悟を固めていた。宝石を外したアキクサスティックを強く握りしめて、何度も頭の中でつぶやく。全てはうまくいく——と。
「ここよ」
なんの変哲のない街の裏路地で降ろされた。そこまで栄えてる街でもないので、夜中になればほとんど人はいない。ましてや裏路地の中である。おばけでも出そうだ、なんて。
こころは路地裏の壁に手を合わせる。そこに何か見えるわけでも、感じられるわけでもなかったあたしは、ただ眺めた。すると、ゲートが開かれる。魔物の結界と現実世界を繋ぐゲートの中には、深淵が広がっていた。
「行くわよ、秋草爽。安心しなさい。死んだとしても、死体は結界に置いていくから、最低でも行方不明になるはず」
「何をどう安心すればいいんだそれは!?」
あたしはこころに続いてゲートに飛び込んでいった。深淵の中を落下して、いつのまにか魔物の結界へ着地していた。アキクサスティックをハンマーに変形し地面を叩くことにより、落下の衝撃を相殺する。あたしはつくづく一般人だ。
「すごい……」
昔観た映画を思い出すような空間だった。草原にはキャンディーの木が生えていて、流れる川はチョコレート。ビスケットやクッキーで構成された家が立ち並ぶ。奥の方で雨が降っているのだが、それもきっとジュースか何かだろう。
横に立つこころの口元によだれが見えた。
「……素晴らしい。惚れ惚れとしてしまうわ」
「されても困るんですよ」
彼女の部屋の内装から可愛いもの好きだとは知っていた。可愛いものが好きで甘いものが好きじゃない人間なんて、やはり存在しないのだろう。
こころさんの察知する気配を頼りに、あたしたちは魔物の本体目指して歩き始めた。
「——魔物って、毎回違う形状で違う結界を作ってて、不思議に思うんですよね。あたしは魔物について、全くわからないんですけど」
「私たち魔法少女ですら、わからないことの方が多いくらいよ。ただ、魔物は人間の負の感情から生み出されるものだってことはわかってる」
あたしは目を丸くする。
「負の感情? 感情ってつまり、気持ちですよね。そんな力があるんですか?」
「ええ。感情には強いエネルギーがあるそうよ。中でも、良い感情より悪い感情の方がエネルギーが高いわ。嫌な記憶の方が頭に残りやすいのは、そっちの方が強いエネルギーを持っているからってこと」
「にわかには信じがたい話ですね……」
負の感情が魔物を生み出すなら、あたしも一体くらい作っていそうで血の気が引いてくる。今でも色々、勝手に蘇ってくる蘇らせたくない記憶たちがあるのだ。
「大勢の人間の負の感情が溜まり続けてようやく一体の魔物が生まれるくらいなのだけれど、最近は昔に比べて数が増えたと聞くわ」
現代人って、ストレスまみれだもんな……。
「で、そうそう。魔物の個性の話だったわね。順当に考えれれば、魔物の性質は、魔物を生み出すエネルギーとなった負の感情に影響される——んでしょうけれど、規則性がなさすぎるのよね」
「よくわかっていないんですか?」
「そうね、研究は進められているらしいけれど——」
こころはいきなり立ち止まった。
「……本体は、おそらくあれね」
「あれって…………何も、いませんけど」
「いや、奥の機械みたいなやつよ。川のチョコレートもそこから流れているようだし」
「あ、本当だ。他の家とは違うみたいですね」
「後で解体して持ち帰りましょう」
「なかなか妙案ですな」
クッキーとビスケット製なので見分けがつかなかったが、メカのような建築物があった。ポンプがいくつか取り付けられていて、そこからチョコレートがドバドバと流れていた。何も出ていないポンプや、怪しげな穴ボコもある。本格的に作動しているわけでは、なさそうだった。
普通に考えれば、こころさんが変身して解決という展開になるだろう。そういえば彼女の衣装は見たことがない、想像が全くできない。
「……でも、あれを壊せば終わりなんてこと、あります? 魔物って感じがしないというか……建築物じゃないですか」
「考えが甘いわね、大福が食べたくなるわ」
それ、もしかして持ちギャグ?
「魔物に決まった形はないわ。感情エネルギーの力なのかは、知らないけれど——」
こころは一歩足を前に出す。その瞬間、彼女の周りがピンク色の光が発される。
「さっさと、ぶっ壊してしまいましょう」
両手を広げて手首の辺りで合わせる。それを上に掲げると、ピンク色の大きなサクラの花が出現した。彼女は飛び跳ね、サクラの花弁に包まれるように、中へ入った。数秒ほど間を空けて、こころは花から飛び出す。すると、すでに変身は完了していた。桃色ベースで白いフリルのついた、王道を感じさせるようなドレスだった。
凛とした顔で着地するこころは、まさに戦士といった雰囲気を纏っていた。
「………………!?」
可愛い衣装だ……ミスマッチすぎる、その黒髪と……!
「魔法少女、キュアフィオーレといったところね」
「こころさん!? 自分で名前つけてるんですか!?」
「こころとは誰? 今の私はキュアフィオーレよ。キュアフィオーレと呼びなさい」
目つきが一気に鋭くなった。地雷だらけだ、この人。
「あ、はい。では……キュアフィオーレさん」
「何かしら?」
ちょっぴり嬉しそうだった。
「自分で名前………………やっぱりなんでもないです」
落ち着くのだあたし。変身した後の名前を別につけても、いいではないか。確かに彼女は高校生で、魔物を退治した翌日も学校に行って勉強をしているのだろうが、誰かに迷惑をかけているわけではない。
無理やり納得して頷く。
「とにかく、あの妙なメカを壊しましょう!」
「ええ。じゃあ、やりなさい秋草爽。私は後ろから様子を伺っているから」
「あたしなんですか……? わざわざ変身したのに」
「つべこべ言わずにやりなさい」
「……はい」




